激動の2022年、心に残ったダンス公演 / 出来事10選
1)ウクライナ国立バレエ(旧キエフ・バレエ)の不屈の活動
2月22日に「Evenings on a farmstead near Dikanka」を上演、2月24日のロシア軍による侵攻のため劇場は閉鎖されるも6月3日に公演を再開した。同劇場のオペラは2月23日の「Natalka Poltavka」が侵攻前の最終公演、5月21日に公演再開。
7月15日〜8月9日には選抜メンバーが来日し、16会場で「キエフ・バレエ・ガラ2022」と銘打ったプログラムを披露。バレエ団としては12月17日から30日にかけて、11会場で『ドン・キホーテ』全幕を上演した。例年の日本公演に増して、ダンサーの熱量の高いことに気圧された。
7月5日には、「キエフ・バレエ支援チャリティー BALLET GALA in TOKYO」(芸術監督:草刈民代)が昭和女子大学人見記念講堂で開催された。キエフ・バレエからはアンナ・ムロムツェワとニキータ・スハルコフが参加、同団で1946年に初演された『森の詩』全幕(振付:ワフタング・ウロンスキー、音楽:ミハイル・スコルリスキー)より、森の妖精マフカと青年ルカーシュが踊る終盤のパ・ド・ドゥを踊った。眼前の情景と、報道やネット上で目にした、侵攻により失われたウクライナの美しい風景が重なり合い、胸が締め付けられた。
2)ロシア、ウクライナおよび周辺国でキャリアを築いていた大川航矢の帰国と牧阿佐美バレヱ団入団
大川航矢を含めて、多くのダンサーが国境を超えて活動している今、政治情勢が彼らのキャリアの追い風にも向かい風にもなることを改めて痛感させられた。
大川のキャリア概略を付記しておく。ボリショイ・バレエ付属バレエ・アカデミー(現ボリショイ・バレエ・アカデミー)卒業後、ボリショイ・バレエの往年のプリンシパル、ユーリ・ヴァシュチェンコが芸術監督を務めるウクライナ国立オデッサ歌劇場に入団。2014年(同年、ロシアはウクライナの領土だったクリミアを併合した)、タタールスタン国立カザン歌劇場に移籍。2017年、モスクワ国際バレエコンクールのシニア男性部門で金賞に輝く。2018年、ロシア国立ノヴォシビルスク・オペラ・バレエ劇場に移籍、ロシアのバレエ専門誌が選出する「新星賞」を受賞。
3)コロナ禍による入国制限の緩和と海外カンパニーの来日機会の増加
とりわけ強烈な印象を残した公演は、ディミトリス・パパイオアヌーのコンセプト・ヴィジュアル・演出による『トランスヴァース・オリエンテーション』(7月、さいたま芸術劇場)、マギー・マラン振付・演出による『May B』(11月、埼玉会館)。コロナ禍による中止を乗り越えて両公演を実現させた主催者の尽力に敬意を示したい。
10月には、ヒューストン・バレエが初来日、芸術監督スタントン・ウェルチ版『白鳥の湖』を上演した。アメリカからバレエ団本体による日本公演は、2014年のアメリカン・バレエ・シアター以来のことだった。
4)2022年のベスト・バランシン、ベスト・ロビンズ:スターダンサーズ・バレエ団公演(9月、東京芸術劇場)
ジェローム・ロビンズ振付によるコメディ・バレエの逸品『ザ・コンサート』は、日本のバレエ団初演。要所を演じたダンサー達のロマンチック、あるいはすッとぼけた演技に頬が緩んだ。同時上演されたジョージ・バランシン振付『スコッチ・シンフォニー』には、長年、同団で踊り継いでいるからこその「十八番」感が満ちていた。
「NHK バレエの饗宴 2022」で同団が上演したバランシン振付『ウェスタン・シンフォニー』(9月、NHKホール)が、10月にNHKの地上波で放映されたことも画期的な出来事だった。他団上演時にはカットされることの多い第3楽章「スケルツォ」を含む貴重な映像資料となった。
5)東京バレエ団の充実
主役級ダンサーの充実および若手ダンサーの台頭が目ざましい。ジョン・クランコ版『ロミオとジュリエット』のバレエ団初演(4月、東京文化会館)は、団員の総力に裏打ちされた舞台だった。
6)新国立劇場の充実
主役級と準主役級のダンサーが鎬を削り、舞台を彩った。小野絢子と米沢唯と肩を並べ得る、卓越したプリンシパルの誕生に期待を寄せている。
7)勅使川三郎の相次ぐ受賞
7月、ベネチア・ビエンナーレのダンス部門で金獅子功労賞を授与された。1981年に創作活動を始め、85年にダンスカンパニー KARASを結成、86年にフランスのバニョレ国際舞踊振付コンクールで準優勝して以来、第一線で活躍してきた勅使川原の世界的評価を再認識させた。10月には令和4年度の文化功労者に選出されている。
8)NYCB史上2人目のアジア生まれ、アジア育ちのプリンシパル誕生
2021年8月にニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)にソリストとして入団したチュン・ワイ・チャンが、2022年5月にプリンシパルに昇進したこと。アジア生まれ、アジア育ちのアジア系プリンシパルとしては、堀内元についで2人目。前所属はヒューストン・バレエIIとヒューストン・バレエ。付属のスクール・オブ・アメリカン・バレエ出身者が多いNYCBにあって、外部カンパニー出身の数少ないプリンシパルでもある。
9)スピルバーグ監督『ウェスト・サイド・ストーリー』公開
振付を手がけたジャスティン・ペックは、ニューヨーク・シティ・バレエの常任振付家・兼・アーティスティック・アドバイザーにして、飛ぶ鳥落とす勢いで国内外のバレエ団に作品を提供し、映画、ミュージカルも手がける振付家。本編では、ジェローム・ロビンズが手がけた1961年版映画の原振付の風合いと、原振付にひと捻りを加えたジャスティン節を味わうことができた。1961年版映画との大きな違いは、セリフの分量が大幅に増え、ダンスではなく、言葉の力でドラマが推し進められていたこと。ロビンズにとってのダンスシーンが本作の生命線であったのに対して、スピルバーグにとってのダンスは、ドラマに彩りを添えるSFXのような位置付けに見えた。
10)NYCBで一時代を築いたジャック・ダンボワーズの他界
ジャック・ダンボワーズ(1934〜2022)は、『ウェスタン・シンフォニー』『スターズ・アンド・ストライプス』など、ジョージ・バランシン(1904〜1983)のアメリカンな作品を踊れば右に出る者のいない、バランシンの黄金時代を支えた往年のスターだった。合掌。
ちなみに、私が飼っている三毛猫の名前は、ジャック・ダンボワーズ・ア・トーキョー。この名前を使うことについて、知人を介してダンボワーズ本人の許諾を得ている。