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禅僧の言葉⑥~道元禅師語録~
二、行の人生的意義
序説
行ということが、人生において如何なる意義を持つかということは、これまで一般にはあまり考えられないで来ている。これは明治以降の西欧学が、根本観念においてモノを静止的状態において観察する学風であるためである。このために人生に対してもその静止的な面においてのみ知性が発達し、行動的な面においては殆どその発達をみていないのである。
しかしながら人生の実際は行動である。それは人生だけでなく、この世界なるものがそもそも動そのものである。流動展開しつつあるものとしてこの世界を捉えなければ、ついに世界の真相には触れ得ないのである。
このような動的な世界認識こそが新しい哲学的立場であるべきであるが、これを人生に移すとき「行」としての人生をつかまねばならないことになる。
この点において道元禅師の正法眼蔵は、全部行的世界観人生観の上に立っており、大いに我らに新しい人生の見方つかみ方を教えるのである。
諸悪莫作(しょあくまくさ)と願い、諸悪莫作と行いもてゆく、諸悪すでに作られずなりゆくところに、修行力たちまち現成す。この現成は、尽地・尽界・尽時・尽法を量として現成するなり。その量は莫作を量とせり。正当恁麼時の正当恁麼人は、諸悪作りぬべきところに住し諸悪作る友に交わるに似たりといえども諸悪さらに作られざるなり。
これは正法眼蔵諸悪莫作の巻中の一節であるが、私にとってはまことに因縁の深い一節である。というのは、私が「行」というものの真の人生的意義を、本当に知ったのは、この一節の体究によってであったからである。この一節を読まなかったならば、私は今日なお行としての人生の知解または学解としての人生の区別がわからなかったかもしれない。否、行の人生というか、真実の人生というか、そういうものが、この人生に存在するということ、そのことがわからなかったであろう。ただ、学解知解の世界だけを人生の事実と思っていたかもしれない。
しかるに幸いなるかなこの一節に触れて、私は行の世界の偉大であり、深遠であり、高貴であり、尊くあることを知る起縁を得たのである。
この一節に対して所見を述べる私と、この一節とが、そのような関係にあることをまず知っていただきたい。
さてこの諸悪莫作なる語については一つの話がある。それは詩人で有名な唐の白居易があるとき鳥窠の道林禅師に参じて一問を発したのである。
曰く「和尚、仏教の大意はそもそもどういうところにありますか」
すると禅師が答えた。
「諸悪莫作 衆善奉行」(しょあくまくさ しゅぜんぶぎょう)
言う意味は「もろもろの悪を作るな、そして多くの善を行ってゆくのだ」というのである。これを聞くと白居易は、
「なんだ、たったそれだけですか、そんなことなら三歳の童子だって言えますよ」と言った。
「三歳の童子だって言えようが、しかし八十の老翁もなお行えはしないんだろう」
道林禅師にこう言い返されて白居易は初めてその真意の深さに気がついて拝謝したのであった。
さて本文に返って「諸悪莫作と願い、諸悪莫作と行いもてゆく、諸悪作られずなりゆくところに、修行力たちまち現成す」についてまず参究しよう。
ここで私の味わうべきところは修行力の現成ということである。
もろもろの悪というものを作るまい、為すまいとこう決心して、そういうふうに行ってゆくというと、そのもろもろの悪が為されないだけでなく、その「為すまい」ということを行うことによってそこに修行力という新しい力が生まれて来るというのである。(※太字はブログ主による)
この開示はなかなかに有難い。そしてこれは実際に行ってみるというと、はっきりとそれが知られてきて有難い。
ここで、このもろもろの悪を作るまいと思うは良いが、それを実践に移すときに、悪とは何であるかということをまず知らなければならないではないかという考えが起こる。私自身もはじめはそう思った。そしてそれを長江先生に尋ねたことがある。その時に先生の答に、「それは君が机上で空論しているから、そんな疑問が起こるのですよ、実際行うつもりの人々はそんな考えは起こりませんよ、何でも構わぬ、悪いと思うことはしないのです。悪だと考えることは為さないのですよ、そこには真の悪だとか、偽の悪だとか、そんなことはどちらでもいいのですよ、ただ悪と思うことは絶対にしない、そう考え、そう実行してゆくのです。その実行の中で、はじめて善悪の眼が開けてゆくのです。何が真に悪であり、何が真に善であるかはそれを行ってゆくときに、はじめてわかって来るのであって、それによってまたその悪を行わず善を行うという行為をすすめてゆくのです。」と言うのであった。
これはまことに先生の開示のとおりであって、行ってみなければ本当のところはわからない。その代わり行いさえすれば、ぐんぐんと眼は開けてゆく。
先生との話は批判力現成の話であるが、批判力だけではない、実行力そのものが行ってゆくことによって、たちまちに現成してくる、この事実こそ我らの強く知らねばならぬところである。
修行力の現成ーーーこれはその人格の向上を意味するのである。しかも、この人格の向上は、「尽地、尽界、尽時、尽法を量として現成するなり」とある。すなわち我をとりまく一切に対してその力が出来て来たのである。しかもその力は、たった一つの莫作すなわち「つくるまい」というその精神によって出来たのである。
さてこのようになって、真の修行が積み、修行力が出来てくると、いかにも諸悪を作るようなところに住んで居、そういうところに往来し、また諸悪を作るような縁につながりを持ち、また諸悪を作るところの友達に交わるようなことがあっても、しかも諸悪は作られないというのである。
これが、「正当恁麼時の正当恁麼人は、諸悪作りぬべきところに住し諸悪作る友に交わるに似たりといえども諸悪さらに作られざるなり」である。
これはどういうことかと言う、修行力が真に現成してくると、この娑婆世界が直ちに極楽浄土になるということである。これはなかなかに深遠な意味のあるところで深く意を留めて参究すべきところである。
われわれの凡見によると、この世界は唯一様のように見える。しかしそれは認識不足で実はこの世界なるものは、各自の世界であって、こちらが餓鬼道にいれば、この世界は餓鬼世界となり、こちらが畜生道にいればこの世界も畜生世界となり、こちらが地獄道にいれば、この世界も地獄世界になる。またこちらが菩薩道にいれば、この世界もまた菩薩世界になるのであって、決してこの世界は一様でない。
このことは私は体験的に信じているのであるが、この社会には幾つもの層がある。噓ばかりつき合って、それで怒ったり悲しんだりしながら生活している層もあれば、陰険な陥穽を設け合って相手を陥し自分も陥されるというようなことばかりしている層もあれば、まあ憎み合い怨み合って生活している層もある、また楽しく朗らかに信じあい睦あって生活している層もある、しかも、それらの各層は相交わるように見えても、決して事実は交わらない、相往来するように見えて決して相関係しないのである。
これははじめから同じ層にいてそこから出たことのない人にはわからないことであるがこの経験を持つ人にはすぐわかることである。たとえば、逆境にいて貧乏しているような時には、その寄ってくるものは悉く自分と同じような噓つきであったり、信用のならぬ人間であったりする。そのような時はまた、そういう人間としか交際できないのである。ところが、自分がそこから逃れ出て、一段上の信用される生活に入ってくると、もうそういう不信用の人間とは関係しなくてもよいようになる。しかもここで面白いことは、そういうふうに自分が信用のある人間になるとき、他人に対しては信用のならぬ人間迄が自分に対する時だけは信用のある人間になるのである。
ここに至徳の人があるとする。それはその人の住む世界が至徳の世界であるということであって、その人に対しては詐欺漢も盗人も乱暴者も誰も彼も至徳の人になってしまうのである。決してその人に対して悪いことをしない、不愉快なことをしない、傲慢にならない、無礼をしない、至徳人として交際してくるのである。
しかもその同じ人間が相手が変わると傲慢になり、無礼になり詐欺漢になるーーーこういう事実をはっきりと見るがいい。ここに道元禅師の「正当恁麼時の正当恁麼人は、諸悪作りぬべきところに住し、往来し、諸悪つくりぬべき縁に対し、諸悪作る友に交わるに似たりといえども、諸悪さらにつくられざるなり」の言葉の真理言であることが知られるのである。
しかしそれだけのことの理解では、この禅師の開示を理解したとは言えぬ。
この開示会得において最も重要なところは、諸悪莫作と願ってゆき行ってゆくとき、そういう境涯に出てゆかれるというところである。すなわち莫作の力の偉大深遠が述べられているところにある。これを会得行得しなければ何の価値もない。
しかもこれは行ということの人生における大きな意義を表現され力説されているのであって、行こそが我らを進ましめる唯一のものであり、また我らを高め清める最大のものであることを知るのである。
(「三、出家の真意義」に続く)
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