電話が取れない新卒の僕【HSP与太話】
「電話はなるべく新人が取ってね」
出勤初日に上司からそう言われた。
でも、僕は一度も受話器を取ることなく退職した。
とにかく電話対応から逃げ続けた。
営業職として入社したのに…。
憂鬱な社会人デビュー
僕は大学を休学して留学していたこともあり、社会人デビューは少し遅めの25歳。
特にやりたい仕事があったわけでもなく、また、多数の応募者の中から自分をアピールして内定を勝ち取る、みたいな一般的な就活でうまくいく気がしなかったので、Webエントリーとオフィス見学、2回の面接のみで内定がもらえるITベンチャーに就職した。
文系だったので、ポジションは営業職。
そうしてスタートした社会人生活の初日、上司から冒頭の一言を言われた。
「電話はなるべく新人が取ってね」
ベンチャーかつ、9月入社ということもあり、同期は僕ともう一人(同じく営業)。
すなわち、かかってきた電話の2回に1回は僕が出るべき、ということ。
「これは大変なことになった…」
電話から逃げ続ける日々
社会人になるまで「電話が苦手」という意識はなかった。
学生時代といえば、電話の相手なんて友達か家族くらいで、かしこまった電話をする機会はないのが普通だと思う。
でも、思い返せば、利用しているサービスの問い合わせだとか、引越し時の電気・ガス・水道の解約(申込)だとか、居酒屋の予約だとか、そういう知らない人と電話せざるを得ない状況のときは、いつもソワソワしていたように思う。
なるべくWebで手続きを完結できないか、調べ倒した記憶もある。
まあとにかく、そのときまでは、電話をする機会は極めて少なかったし、したくない電話は避けることができたので、「電話が苦手」が問題に感じたことはなかった。
でも、社会人になったらそうはいかない。
給料をいただく身として、言われたことはしないといけない。会社のルールに従わないといけない。
電話対応なんて社会人の、ましてや営業マンの基本中の基本。
頭ではわかってる。
だけど、僕はかかってきた電話をただの一度も取ることができなかった。
「どこの誰だろう」
「ぺーペーの自分が知らない人の名前や専門用語が出てきたらどうしよう」
「その焦りや動揺が先方に伝わったらどうしよう」
「それが原因で会社に迷惑をかけたらどうしよう」
「社内から電話対応もまともにできないやつだと思われたらどうしよう」
「そんなことになったらますます電話が怖くなるだろうな」
こんな調子で、ネガティブ一辺倒の思考が一瞬で頭を駆け巡って、体が硬直する。
だから、着信があると
トイレに行く演技をして席を離れた。
気づかないフリをして誰かが取ってくれるまで待った。
咳払いをして体調不良を装おった。
しょうもないことで隣の人に話しかけて、取込み中感を出した。
ありとあらゆる知恵を働かせて、策を講じて、電話対応から逃げ続けたのだった。
「電話は“なるべく”新人が取ってね」
その「なるべく」という言葉に甘えた。最大限、都合よく解釈した。
同僚に、その姿がどう映っていたのかはわからない。別に誰も気にしていなかったかもしれない。
でも、客観的に見て、新人のくせに電話を取ろうとしない自分がクソな自覚はあった。
だから余計に苦しかったし焦った…
電話の呪縛から解放
電話から逃げ続けるのにも一丁前にストレスがかかる。
会社への罪悪感、そして強い自己嫌悪。
これ以上はムリだ…。
もう電話から逃げるのも、逃げる自分にも耐えられない。
3週間後、(そもそも営業には向いていないという気づきもあり)、マネージャーに相談し、営業から外してもらった。
当時ブームだったオウンドメディア構築、コンテンツマーケティング支援をしている会社だったので、社内には大きく分けて「営業」と「コンテンツ制作(編集)」があり、編集ポジションに異動させてもらったのだ。
ちなみに、営業ではなくなったといっても「電話を取らなくてもよくなった」わけではない。
編集者でも積極的に電話対応している人もいたからだ。
それでも、「電話を取るべき候補No.1」ではなくなったことで、僕の精神状態は相当によくなった。
あのとき、ポジション変更を承諾してくださったマネージャーには、感謝してもしきれない。
それまで感じていた違和感の正体
数年後、自分がHSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)だと知った。
電話に限らず、僕がそれまでの人生で違和感を感じていたこと、悩みのタネになっていたこと、すべてにこの気質が関係していたとわかると、なんだか救われた気がした。
「電話が苦手」というのはHSPの気質としてよく挙げられるが、そうでない人からは理解できないと思う。
僕自身も「電話にビビり散らかす自分」に笑えてくるときがある。
でもイヤなものは仕方がない。
本当に、本当に、怖い。
今でも、スマホに見知らぬ番号から着信があっても100%取らない(心当たりがある着信でもスルーすることもしばしば)。
番号をググって相手が判明しても、緊急性が相当に高くない限り、折り返しの電話はしない。
メールを知っているなら、「電話を受け取れず申し訳ございませんでした…ご用件はなんでしょうか?」という具合に、コミュニケーション手段をメールに切り替えようと努力する。
それこそ、新卒入社した時なんて、着信がある度に、恐怖と焦燥感で心臓が爆音を立てて暴れ狂っていた。まるで生きた心地がしなかった。
受注や問い合わせの連絡かもしれないのに、「頼むから電話してこないでくれ」と真剣に願う、新人営業マンの僕。
あのとき勇気を出して、マネージャーに相談していなかったら、その後僕はどうなっていたんだろう。
いつか受話器を取っていたのかな。