【短文連載型短編小説】カメを戻す。#10 最終話
前回
亀は
私は這いつくばったままの体勢で、銭のひっくり返った屍の入った謂わば棺桶となった金盥を左手に抱きかかえ、右手で股間を抑えながら射精した。
人間だって亀だって肉体的にも精神的にも溜め込んだものを排出しなければ発狂し、内蔵を腐らせて死ぬ。
例えば性液を排出しなければきっとペニスは陰嚢ごと腐って壊死すると私は信じている。
私はまだ腐らせたくない、私はまだ使いたいのだ、おおいに。
性液は下着を突き抜けてスウェットにまで達し、私の股間がグズグズになっていた。
もはや手で抑える気力もなく脱力した私は、金盥を水場の蛇口の下に置き、ベトベトになった指で栓を開いた。
最初は恐る恐るちょろちょろと細く出した水はひっくり返った銭の腹に当たったが、やはり弾かれて金盥の底に溜まり、私の流した血の涙と混ざった。
汁の中でワカメは戻ったのに。
今度は少し強めに水を出し、ついでに性液まみれの指を洗いながら銭の亡骸に浴びせかけた。
目視では判然としないが、私の性液は金盥の中で血の涙と混じり合い、死んだ精子は水面に浮いているだろう。
そんな事を考えていたら、水面にぷっかりと銭が浮いてきた。
私の血液と涙と精子が混じり合っている。
私の命が水面に浮かんでいる。
水面に浮かんだ私の命は干からびた銭の口からその体内に入り、あのワカメの如くその生命を戻すのではなかろうか?
しかし銭はだらしなくただ薄紅いその水面に浮き、確かに私の精子を口に入れながらしかし、くるくると腐ったメリーゴーラウンドの如く回っているばかりであった。
汁の中でワカメは戻ったのに。
やがて水は金盥から溢れ、浮いていた銭も一緒になって水場のコンクリに落ちた。
私は蛇口を閉じて立ち上がり、相変わらずひっくり返ったままでコンクリの上に転がっている銭を4分ほど眺めていた。
私は銭に向けて放尿した。
これで銭の干からびた体には私の血と涙と性液と尿が浴びせられたのだ、これが復活の儀式となり、銭は蘇るのだ!
汁の中でワカメは戻ったのに。
私は銭を拾い上げ、振りかぶって真っ黒の空に向けて放った。
一瞬で銭は見えなくなったが、隣の家の庇付近でカスッというような音が聴こえたような気がするので、きっと明日もまたその庇の上で日光に焼かれやがて粉々になって風に飛ばされるのだろう、私の血液と共に。私の精子と共に。私の涙と共に。私の小便と共に。
一つ溜息をついて金盥を蹴り転がしてから私は玄関に向かった。
さぁ、石鹸で手を洗って味噌汁でも飲もう。
ワカメは戻った。
カメは戻らなかった。
ただそれだけのこと。
たかが亀の命だ、味噌汁が沸く前に忘れるさ、ゲラゲラ。
私は性欲の高まりを感じ、鼻息荒く興奮しながら家に戻った。
(了)