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【小説】混沌列車
だーんざなーいらうぇーい
ヘラヘラしたデイヴィッド・リー・ロスが俺の頭蓋骨内壁に声を反響させている。
世間から気配を消していたいと考えた俺は昨夜、女を部屋に呼び一晩中そう、まったく一晩中セックスだけをしていた。
昨日の夕方、女がアパートの鍵をガチャガチャ回す音がしたと同時に俺は煎餅布団から這い出て起き上がり、軽やかにちいさなちいさな玄関まで歩き、ドアが開くと同時に素早く彼女を引きずりこんでそのままその場でスカートをたくし上げて挿入してからもう陽がだいぶ高い場所に上って地上を明るく照らし始めたつい今しがたまで、ほとんど結合を解くことなく過ごしていたら、腹が減った。
だからこうしてとうとう世間に転がり出てこれから、女と共に飯を喰う、そのために電車に乗り込んでいる。
性液臭いと思っていた、俺は。
自分の身体も隣りに座って清ましている女の身体も。
風呂に入ったわけでもなくティッシュでチャチャッと拭き取っただけなので、性の残滓はあちこちにこびりついたままに決まっているし、こびりつかせたままでなんだかやや過剰なまでに何事もなかった感、性行為ってナニソレ汚らわしい感を醸し出そうという女の素振りが極めて下品だ。
俺は女のよそよそしさを破壊するためにまず、大きく伸びをしてその肩を抱いた。
舌打ちが聴こえた。
その舌打ちにちょっと気を悪くした俺が俯いたその視界の端、女の逆隣でなんか動いた。
今の今まで気が付かなかったのだが、俺の横にはヤケに小さいそう、1歳くらいの男児がちょこんと座っていた。
なんだか変にキラキラした目で俺を見上げていた。
俺はその男児に向けて舌打ちをし、女に目を戻した。
舌打ちをする割には肩にかかった俺の腕を解こうとするわけでもない。
俺はそのまま手を伸ばして女の長い黒髪に指を入れ、首を軽く掴んでマッサージするように揉んだ。
女は怠そうに向き直り、おい、と聴いたこともないようなドスの利いた低音で俺を恫喝した。
俺はヘラっと笑って目を伏せたのだが、やはり隣の男児と目が合った。
男児はまだキラキラの瞳で俺をじっと見つめていた。
俺は声に出さずただ口の形だけで、おい、と男児を恫喝したのだが、あろうことか彼はその俺を見て明確に微笑んだ。
俺はまた女に向き直り、髪を鷲掴みにして引寄せると耳元に「なんだ、さっきまでと全然ちがうじゃねぇか」とほとんど吐息だけの声で囁いたのだがその直後、彼女は突然おれのヨレヨレのTシャツの襟首を掴んで締め上げながら吐き捨てるように耳元で囁いた。
「あんな、ヤッてる最中と冷めてる時じゃ感じ方がぜんぜん違うっつのがわかんねぇのかおめぇはよ、酒クセェんだよ」
そんな言葉を吐かれ、突き飛ばされるようにシートに放られた俺の視界にはまたもや薄笑いを浮かべる男児の姿が映った。
目線を上げると男児の向こう側には母親と思わしき若い女が座っていたのだが、その視線はその視界はスマホの画面で塞がれてしまっている上に、なにやら一心不乱に入力をしている様子で、画面以外の景色はまったく目に入っていないように思える。
俺はしばしその母親と男児の顔を交互に見ていた。
俺に向かって微笑むキラキラの男児、スマホ画面の反射で眼球をキラキラさせながら無表情な母親。
俺が微笑み返すと男児の笑顔は更に輝く。
俺は彼の頬を撫で、額に指を這わせ、全身のパワーを一転に集中して渾身のデコピンを放った。
男児の頭部は揺れ、そのままバランスを崩して母親側に倒れ込みながら彼は、恐怖に歪んだ楳図かずおのキャラクターを思わせる表情を浮かべて猛烈に泣き叫んだ。
俺はと言えば既にまた女の方に向き直り、強引にその唇に食らいついてビチャビチャと音を立てながら舌を吸った。
「あらあら、どうしたの?そんなに大きな声を出したら他の人に迷惑でしょ?」
母親は大慌てで男児を抱きかかえ、彼の小さな身体を揺らして必死で宥めようとしているのだが、当然泣き止まない。それどころか、言われのない暴力、この世界で初めて味わう不条理に全身をブルブル震わせながら泣き狂っている。
俺が男児に目をやると、周囲をキョロキョロ見回していた母親と目が合ったので、できる限り凶悪な面相を拵えて睨みつけてみた。
母親は肩を竦ませ、子供を抱きかかえると「すみません、すみません」と震える声で繰り返しながら立ち上がり、ドアの前に移動したちょうどその時、電車は駅に到着し彼女は急ぎ足で外に出た。
ドアが閉じて電車が動き出す。
俺が周囲を見渡すと、その車両の乗客全員が俺に注目していた。
周囲の白い目ってやつだ。
「あんたさぁ、いつか刺されるよ、そんなことしてると」
俺の女がそう言った。
俺はまず女の太股に手を置いて撫で、彼女の目を真正面から見て言った。
「俺はバカじゃないんだぜ」
「バカでしょ」
嘲笑半分でそう吐かした女の横っ面を全力で張り飛ばしてから、
「逆らいそうなヤツにはちょっかい出さねぇよ、狙うのは女子供に決めてんだから!」
と、車両全体に轟くように大声で叫び、通路に倒れた女を抱き起こして肩に担いだ。
俺の肩から逆さにぶら下がった女の頭から垂れる長い黒髪が、小汚ねぇ電車の床をさわさわと掃く音が心地良い。
俺はそのまま何度か回転し、力を振り絞って跳び上がった。
だーんざなーいらうぇーいうぇいうぇい!
俺は嗄れた声でそう歌いながら何度も飛び跳ねた。
俺とデイヴじゃどっちが高く跳べるのだろうか?
負ける気はしなかった。でも。
高く跳ぶにはまず飯を喰わないと。
俺は女を担いだまま汗だくになって踊り、次の駅でホームに跳び下りた。
軽やかなステップを踏みながら歩く俺の足元で今、女の髪はコンクリのホームを掃いている。
いい音だ。
(了)
Van Halen - Dance The Night Away (Official Music Video)