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【エッセイ】S

 Sが嫌いである。

 存在そのものを許すことができない。
 非常に忌まわしく思っているし疎ましく思っているし嫌悪し、いや、憎悪さえしている。
 この星の自然界に不要な存在は無いとか言う意見に一切耳を傾ける気はない。
 Sは不要。

 世の中にSとGがあってよく世間で話題になるのはGしかし、私は常にSを監視している。私の全人生をかけた使命はSの監視と駆逐であると言っても過言ではない。
 確かにGも疎ましいし、私は当然これをぶっ殺すことに一瞬の躊躇もしない。
 殺生万歳である。
 Gに関しては一度、非常に嫌な思いをした。
 壁にいやがって。
 私はスプレーを手に追い回した。
 あ、スプレーというのはいわゆる殺虫剤ではなくて「氷殺」とかってタイプのやつでありこれは、殺傷能力はやや劣るものの、人間や他の動物に対しては被害が少なく、これが上手く機能した場合、匂いとか換気とかの心配もいらない、また、わりと見た目的にもカチカチの霜柱のようになり、生物というよりはオブジェのような雰囲気で始末もし易いという利点がある、とまぁそんなわけで当家では基本的に氷殺である。

 で、その氷殺スプレーを手にGを追い回していたところ、あろうことかこのG、反撃に出たのである。羽を開いて飛びやがりやがったのだ、しかも明確に私の方に向かってである。
 当然私は向かってくるGの真正面から氷殺を噴き、野郎、羽ばたいたのが運の尽きで羽そのものに霜がつき、動きが悪くなったところを更に追撃のスプレーでついに仕留めたと、このようなエピソードがある。
 だからもちろん私はGも嫌いである。
 が。
 が。が。

 Sについてはその和名を口にするのもおぞましい。Gは言おうと思えば言える、嫌だけど。
 Sは言いたくない。
 あの長い脚でぞろぞろと音を立てて、場所を選ばずに這い回るあつかましさ。しかもリーチがあるので巨大で鈍重のように見えても実際はかなり俊敏高速に動くし、音や振動に対する反応もGより早いように思う。
 なおかつGに比べて外郭が柔軟なのであらゆる隙間にあっという間に潜り込み、追い込むのが困難である。
 また、仮に殺害に成功したとして、これがひっくり返って腹が上に向いている時の気持ち悪さと言ったらもう、こんなことを書いているだけで指が震える。
 白っぽいのである。背中側はどちらかというと黒っぽくてやや硬質な印象もあるのだけど、腹側は白っぽくて見た目でぶよぶよ感があり、ぶっちゃけ死体の処理をするのも嫌である。
 氷殺が上手く機能して殺害がこれ大成功に終わった場合にのみ、全体が縮み丸く小さくなりなおかつ、カサカサと音がするほど硬くなるので処理はし易い。
 あぁ気持ち悪い。

 小学生の頃、現在の自宅ではなくて、長屋のような木造の借家に済んでいる時、Sがしょっちゅう現れていた。
 寝ていてふと天井を見るとそこにいるのだ。
 私はその頃攻撃する術も勇気も持ち合わせておらず、ただひたすらじっと睨んでいた。眠気と恐怖で意識を失うまでSと睨み合って時を過ごしたのだ。
 もうね、それがおそらくトラウマになっている。
 なぜかはわからぬが、その家ではGよりもSの方が圧倒的に出現率が高かったのだ。そんな夜が度々来るので私は万年睡眠不足で学校では常にぼんやりし、逆上がりをしようにも気力がわかず、休み時間に動く元気もないまま6年間が経過してしまった。したがって小学生の頃の記憶はほとんどない。友人や教師の顔さえ思い出せない。

 全部Sのせいである。

 それが昨夜、出現したのである。

 私は入浴しようと全裸になり、風呂の扉に触れたその瞬間目の端に黒い影を捉え、素早く周囲に視線を送ったすると、いやがったのだ。洗濯機の背面に沿った壁のやや天井に近い場所、この一瞬の間にそこまで動きやがったのである。
 しかし、ぬかったことに当家では脱衣場に氷殺を準備していなかった。
 私はしずしずと動き、かなりスローな動きで脱衣場の扉をすこし開けたのだが、そのかすかな振動でさえSはそれを感知して少し動いた。当然私の視線はSに固定されたままで瞬きすらしていない。

「妻、スプレー!氷殺スプレーをここに持て!妻、妻!スプレーをー!」
 
 私は深夜、村中に響き渡るようなヴォリュームで絶叫を繰り返した。
 数十秒後、扉の外に突き出した私の手にスプレーが振れた。
 私はすかさず噴射。
 逃げるS、スブレーの白いガスはその体にかかっている、そのまま噴射していると、落ちた。
 Sは洗濯機の上に間違いなく落ちたのだ。だって、ボトって音がしたのだから。だから私はそのあたりに対して盲滅法スプレーをした。念の為洗濯機の裏側や底の方にも噴射した。
 しかし、洗濯機の上に死骸は発見できなかった。

 きっと洗濯機の上にボトッと落ちてそのまま裏側に落下したのだろう、きっと死んだに違いないと楽観的な予測をした私だったがしかし、念には念、扉を締めて全裸のまま一旦ダイニングに行き、牛乳を飲んでから脱衣所に戻った。
 そして主に隅っこの方や隙間と思われる場所に目を走らせた。

おいおい。

 洗濯機の右側面と風呂場の入口の隙間にいやがるじゃないか、クソ野郎が。この文字通りのクソ虫めが。
 私は今一度氷殺を噴射する。這い逃げるS、追う私。Sは壁を這い、氷殺を浴びながら洗濯かごの奥に落ちた。
 私は洗濯かごをガンガン蹴り上げ、壁をドカンドカンぶっ叩き、床をバンバン踏み鳴らして脱衣場全体が揺れ動くほどの振動を与え、敵の出方を見ていたのだが、どこにも現れない。
 洗濯かごをおっかなびっくり動かしてみたのだが、そこにも死骸はなかった。

 おい、どこいったんだよ。いい加減にしてくれ。

 全裸の私はそうしてひと暴れした後にしょぼくれ、またビクビクしながら入浴し、浴室内で体を拭き、もう一度ドカンドカン暴れてたのだが、やはりSの反応は得られない。

 釈然としないまま映画を観てストレスを感じながら飲酒して全身に痒みを覚えながら眠りに着いた私は今朝もまた氷殺を片手に風呂掃除をした。
 仕留めるまでは、いや、死骸を回収し、外に放り捨てて更に木っ端微塵になるまで踏み散らかすまでは安心できない。

 昨夜、氷殺を使い切ってしまったので、今日はこれから買いに行かねばならぬ。いざって時のために大量に買っておこうか。
 とんだ出費である。
 Sのせいで破産するかもしれん。

 益虫?ふざけんな。俺が嫌いなら害なんだよ。Sに対してまでそんな博愛主義者みたいなこと言うやつは出てこい、貴様にも氷殺をお見舞いしてやるぜ。
 絶対に認めん、やつだけは認めん。
 生態系が変化してしまったってかまうものか、Sだけはこの星から絶滅させたい。

 最近、虫の駆除のためにスプレーに火をつけて噴射し、やけどをしたり火事を出したりする事故が多発しているというニュースを見たのだけど、その気持は理解できる。
 とにかくどんな犠牲を払ってでも、その存在を消滅させたいのだ。

 死ね、Spider!消えろSpider!

 あ、英語だとそんなに嫌じゃない。
 和名はもう、字面からして陰険陰鬱だし、発音するとそのまま絶叫したくなるでしょ。みんなそうでしょ?

 死骸を私に、どうか。

 とにかく、なんとかしねぇと。

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