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【日記】 焼肉と切腹

「前にさ、みかんちゃんの友達の知り合いが切腹したって言ってたよね」

11月初め、呪物好きの友人Nに溝の口のジョナサンでこう言われた。その日はNと一緒に焼肉を食べ、書肆ゲンシシャのトークイベントに行ってきた。(※このイベントレポもいずれ書けたらと思う)そこで「飯田橋にある風俗資料館という所に行くと『切腹同好会』に入会できる」という情報を聞いたので、その流れで切腹の話になったのだった。


私「何言ってんの」

友人N「言ってたじゃん。いやまじかよ、忘れたの?」

私「まず私の知り合いで亡くなった人ってほぼいないし」

友人N「友達の友達だよ。たしか美術系の友達がなんとかって」

私「そんなことあったら忘れないよ。美術系の友達……A子かな。最後に会ったの結構前だなー。誰かと勘違いしてるんじゃない?」

友人N「たしかにみかんちゃんだよ。そのとき三島由紀夫の切腹のことも話したもん。三島由紀夫の話をするのはみかんちゃんだけだよ」

私「えぇ〜」


何が何やら分からなくて、気づいたらそのうち他の話題に移っていた。取り留めのない楽しいおしゃべりで気づけば30分ほど経ち、ファミレスに居座るためだけに飲んでいる残りわずかなスムージーをストローでかき混ぜながら、私は夕食の焼肉を思い返していた。上カルビ、ハラミ、キムチ、タレがしみたご飯、それぞれを思い浮かべて幸福感に浸る。



焼肉。



A子。



切腹。




私「あっ」

急に全ての記憶が蘇った。あれは5年前、コロナも存在しなかった2019年。牛角。鶴見の駅前。切腹。にんにくホイル焼き。

私「思い出した。」

当時、多摩美の油絵科卒の幼なじみA子と焼肉をしていた。彼女が最近あった辛い出来事として、美術予備校時代の同期が亡くなった話をした。なんでも、その同期は藝大の油画科に4浪の末に入り、卒業間近になったとき切腹自殺をしたとのこと。私の幼なじみとは知り合い程度の仲だったが、それでも受け止めきれずにいること。当然ながら介錯はないので死の前の苦痛の時間が長かったこと。

私はその話に衝撃を受けつつも、リアルに想像することで目の前の焼肉が不味く感じられるのは耐えられなかったため、

心のチューニングを[切腹]ではなく[焼肉]寄りに調整しながら話を聞いていた。



そして、後日それをかの友人Nに話し、すっかり荷が軽くなって忘れていた。当時の会話で私が鮮明に覚えていたのは
私「にんにくホイル焼き頼んでいい?」
幼なじみ「頼め頼め。食べたいもの全部頼め」
私「にんにくってしっかり火が通るとじゃがいもみたいにホクホクして美味しいよね」
という部分だけだった。


私は今思い出したことを興奮しながらNに早口ですべて伝えた。

友人N「やっぱりなぁ!本当良かった、思い出してくれて」

私も思い出せてすっきりして達成感でいっぱいになった。反面、こんなショッキングな話でさえも忘れてしまう自分の記憶力が心底疑わしくなった。まだ20代でこれなのだから、おばあちゃんになる頃には食べ物のこと以外は何も覚えていないモンスターになってしまう。極めて幸せなモンスターに。


ところで、この切腹した彼女(確か女性だったとは思う)は、どうして切腹に至ったのか、死ぬにしてもわざわざ苦しい手法をとった背景には独自の美学があったのか、切腹同好会には入っていたのか、どんな絵を描く人だったのか、何か資料が残っていたら見たいし知りたいと思う。近いうちにA子に久々に会って聞いてみたい。


ハラキリ、ダメ、ゼッタイ。




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