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土で暮らしをデザインするって…その二 フランス編

私、鈴木が経営しております、有限会社左菊とい会社は左官屋さんという壁塗職人の会社です。

前回の「その一」の記事はこちら。

土の建築にあこがれて

「世界の建築のほとんどが土でできていて、都市部のコンクリートで作られた建築はほんの数パーセントなんだ」そう話を聞いて・・・

日本に住んでいるとまったくピンとこないけど、世界に目を向けるとそうなんだ・・・と思って、ワクワクした20代後半。

友人とイタリアに行ったり、新婚旅行でスペインに行ったり。

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見識を広げるためと言えば聞こえがいいですが「海外まで見に行く俺ってすごくね?」という見栄が大半だったww
不純な動機でもw結果見識はやっぱり広がって、より左官の仕事が面白くなった。そして、フランスに行くことになったのが、
東日本大震災の翌年でした。

フランスの土の建築展に行ってみた

建築家の先生とアトリエの主催するツアーに参加してみた。
周りの方からも「鈴木さんどうです?」と声をかけて頂いて
言葉の不安も通訳がいるから(この通訳の人が後々色々ドラマを生むのですw)と参加してみようかなと。

毎年、フランスのグルノーブル近郊にあるグランザアトリエで行われる
土のお祭りがあり、それに日本からも職人が現地で技術を披露する。
いまいちお祭りの内容の詳細はわからないけどw 世界各国から土の建築の研究経過をシェアして、世界の土の建築の未来を作っているのだと思います。なんて素敵な。。。。

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プログラムとしては、世界各国の伝統的な技法をミニチュアサイズでそれぞれ製作しながら。
また、メインのプログラムとして土の芸術(絵画とかダンス・演劇)を取り入れるという義務もあるらしく、そんなイベントもあったり。
芸術が文化なんですね。フランスらしいなと

また、お祭りの期間中、子どもも一緒に参加してWS(ワークショップ)を
やってました。

そして、私が行ったこの年の目玉コンテンツが、
日本の職人が、「技を披露する。」これが注目を浴びていました。
三重県の松木さんという左官屋さんの技術披露。

そりゃ、忍者が水の上を歩いているかの如く、皆さん真剣な眼差しで
見ていました。

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日本の技術力の高さが分かった

そんな松木さんのカリスマ的な存在感のおこぼれを私も頂きw

「you! アナタモ オシエテ チョウダイヨ(推測w)」と言ってきた
青年に私も技術指導

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言葉なんて全然通じないのに、分かり合えたというか。とても楽しかった。とてもワクワクした期間でした。

日本の技術の高さというか、意識の高さ。高さ?
こだわりの強さ。は世界で群を抜いていると思います。
が、この頃から時代は流れて、
ただ手放しに日本の技術の高さ=価値のある仕事 
という単純な図式にはなりえないなと”今”は思います。

とはいえ、誇らしい気持ちで帰国するのです。

子どもと一緒にする
土のものづくりがめちゃくちゃ楽しい

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子どもと一緒に作る体験。
常識にとらわれない子どもなので、自由自在に行動して
泥だらけになって。大喜びしている。
帰国後に地元でも同じようなイベントをやってみた

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もうね。こうなると職人なんて世の中からいなくても良いじゃん!www

素晴らしい出来ですね。こうやって子どものやることに
インスパイアされて職人も進化していくんですね。

土の建築の探求の旅で気がついたこと

18歳から今まで。尚且つこらからもですが、
左官→土壁→土の建築と
ちょっとづつ形を変えて興味が移り替わって。
18歳の時に、父親が亡くなり左官屋をやる!と決心した若者が
世界まで覗きにいくとは夢にも思わなかった。
興味のあることを探求していくと、世界が素晴らしく見える。
技術の習得のために、人との交流が生まれて。
結果、自分一人ではできないことがどんどん出来るようになって。。。

自分が積み上げた経験は、私のものではなく、すべてのものなんだと。

自分が作っているけど、自分が作っていない。

ウマレルことが尊い

そんな風に感じます。

今、46歳になって思うことは。

フランスのグランザアトリエのような、スペース。

フィールドを作ることを夢にしています。

そこは、子どもたちが泥だらけに遊べて

大人たちも交流ができて

職人たちも技術の習得ができて

そんなフィールドを作りたい

そんな夢を描いています。

そのために必要なことをいまは、

コツコツ積み上げていきます。

土で暮らしをデザインする。

それは私の人生 そのものなのかもしれません。

これからもデザインしつつ、されながら、

楽しんでいこうと思います(^^ゞ


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