鈴木一史(左官家)@神奈川県三浦半島

左官×職人×作家=左官家 壁を創る職人。有限会社左菊代表 多拠点生活のADDress三浦邸のサブ家守もやってます。 多様性という無秩序の世界で、 ものづくりを軸とした、表現をしています。 自己 意識 世代 ものづくり 変容 無意識 自我 創造

鈴木一史(左官家)@神奈川県三浦半島

左官×職人×作家=左官家 壁を創る職人。有限会社左菊代表 多拠点生活のADDress三浦邸のサブ家守もやってます。 多様性という無秩序の世界で、 ものづくりを軸とした、表現をしています。 自己 意識 世代 ものづくり 変容 無意識 自我 創造

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  • (神奈川県三浦半島より)左官の出来ること、左官が…
  • 左官の材料について
  • 神奈川県三浦市三崎港バス停待合所リニューアル工事
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シン新人育成論(あるものをあると伝える)

最近見習として来ている若者がいます。 過日ポッドキャストの「おやかた、話そうよ!」#15教えるとは、願うこと で話したのですが、「願い」があると ものの見方も変わるようで、そうなると 教え方も自ずと変わるみたいです。 私、左官家の左菊(鈴木 一史)の最新版を彼にお届けしているのですが、それは自分のアウトプットにもなり、自分のアップデートにもつながる。 双方にとって非常に良い関係性が出来ているかもと「私」は思います。(彼がどう思っているかは定かではないです(笑)) そんな

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    • 部屋とYシャツとスピリチュアルと私

      スピリチュアルって好きなんです。 でも定義が曖昧で、なんか混ぜるな危険。みたいな要素もあり。 なもので、一度私の中のスピってな―――に?をお話しませふ。 自転車って一回乗れるようになると、だいたい一生乗れますよね。 これね、前世の記憶がよみがえったからなんですよ。 とか言えちゃうし(笑) 合気道って怪しいですよね。でも凄い興味があります。 見えないものって怪しいですよね、電波もしかり。 仏教って結構ロジカルだなとも思うのです。 基本ロジカルが好きなんですが、未開拓部

      • 自由と秩序について思うこと

        制限があるから自由。10/21の表現する事とは、生きること に書いたのですが、その先の話。かな?(笑) 自由であることは素晴らしい。 反面、すべての人の価値観が正しいので 対立が生まれやすい。 なので、社会を構築してルールを制定する。 その外側に出ようとするものは処刑。 でも世が流れルールが劣化すると 秩序が乱れ、自由になる。 新秩序と旧秩序の対立。 無秩序の状態でサバイブするには、 自分に秩序をもたらすことが大事だと思います。 世がどうであれ。 秩序が外にないのなら、

        • コミュニティが私?

          最近、自分の人生をよく振り返る。そしてこれからの人生をよく考える。来年50歳なので、折り返しというか、どうやってこの人生を仕上げていくのか?を考えたりします。 そんな考えに至った原体験をお話しながら、自己とコミュニティの相関関係についてもお話しませふ。   コミュニティでフルボッコw 昔、面白い事があった。 とあるコミュニティでの出来事。 与えられた役職から発した言葉が、どうやら 辛辣な意見と受け取られ、フルボッコされるという出来事があったw 当時は、自分の人格は温和で優

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        • 心のこと 自己の事
          6本
        • 左官職人のお話。
          26本
        • 地域のこと、三浦のこと
          9本

        記事

          表現する事とは、生きる事

          いつもの仕事とは違い、クライアントが私自身。 私の作りたい物を作る。 すなわち、表現する。 ということが稀にある。 いや、むしろ自らそこに向き合うようになった。 最近の話だ。 なんの制限もない状態。完璧に自由。 しかし、その自由こそ恐怖そのものだったりもします。 時間やお金、環境などの制約や制限の中で作るものには、表現の枠が設けられ、言わばヒントが360度ある状態とも言える。 限られた制限の中が、かえって完璧に自由であったり。 他方、なんの制限もない環境下で出てくるアイ

          ミドルエイジクライシス(ある中年男性の中年思春期日記)

          ミドルエイジクライシス、ご存じでしょうか?人生の終焉を身近に感じるようになり、「このままで良いのか?」と中年で迎える思春期のようなものだそうです。まんまと私もそれに陥りまして、人生の迷子になるわけです(笑)。 青年期には反権力・反体制の野党精神だったのに、いつの間にか与党側になっていて、壊すべき権力が自分になっていたりして(笑)。そうか、もうれっきとした立派なおじさんになったんだなあ。不条理を飲み込みながら日々、ゾンビのように生きております(嘘)。 中年になると、理不尽な

          ミドルエイジクライシス(ある中年男性の中年思春期日記)

          ポッドキャストやっておりますの紹介です。

          はい、こんにちは、こんばんは。 左官作家の左菊と言います。 最近左官作家と名乗りだしました。 まあ、いろいろ理由があるんですけども。 まあ、その話はまたおいおいお話ししようと思います。 最近noteがですね、1ヶ月ぶりの更新になるんですけども、 随分となんでそんなに間が空いたのかなーって考えますとですね、 最近スタッフのNAOとポッドキャストをほぼ毎週配信してるんですね。 そこでアウトプットしてしまってるんで、 ノートに書くことなくなっちゃったなーみたいなところなんで、 せっかくここまでいろいろ私の考えをまとめて書いてきたので、 今回もちょっと音声で録音してみました。 最近まあそのクロストーク、世代間クロストークということで ポッドキャストを20代のNAOとやってるんですけど、 たまにゲストで若い子たちとかとも話をするんですけど、 まあなんかそこがすごくいい刺激をもらいますし、 なんか私のこのもうすぐ49歳になるんですけど、 その思い込みとか常識とかなんかその観念っていうのかな、 そういうのがすごくあるんだなと。 で僕が普通にデフォルトだと思っていることも全然デフォルトじゃない。 デフォルトの言葉が違うかな。 あの当たり前がやっぱ当たり前じゃないみたいなこともあったりするんで、 それを一枚一枚剥がす作業がこれから死ぬまでの作業なのかなってちょっと思ってまして、 まあ思い込みでできた自分の価値観っていうのが結構 分かっちゃいるけど止められないみたいなところがあって、 今その本当にそれを剥いでいく作業が楽しくてですね。 一枚一枚今までの思考の癖とでも言いましょうか。 それを剥いでいく作業をすればするほど私は実は何がしたいのかがちょっとずつ明確になって、 明確になるとちょっとずつ現実も変わってきて、 まあ本当に半年後どうなるんだろうみたいな状況で、 何の確約もなく安定とか安心もないのですけど、非常に最近充実しているというか、 まあここ本当にそうですねもう今年も8月になってもうお盆になりますからすぐお正月になっちゃいますけど、 今年はいろいろその土の建築がやりたいなーって言い出したところから実際そういう現場が結構多くなってきたり、 なんか表現を意識しだしたら、 作品展が平塚市美術館でね作品展をやらせていただいたり、 ワークショップもじゃあその表現するっていうことを体験したら今度、 アートとは何か?とかワークショップって何だろう?とか、 DIYってどういうことなんだろう?みたいなところをもう一回深掘りして、 ということを一個一個確認するように今体験しているところです。 本当にもうすぐ夏休みなんですけども、 またそこでちょっと休憩して、またそこから先もまたそういう出来事が幸か不幸か訪れるんだろうなと、 まあ実際そういう今案件もあったりしますし、 なんかそうやっていろいろな出来事が、 今まで安定を求めてきたり、安心とか安らぎを求めてきた人生とはちょっと道がだいぶずれてきて、 自分の生きがいとか何でしょうね、命の使い方みたいなところに年相ですかね、 目覚めてきたなーって思っているところです。 そんなことが垣間聞けるかどうかわかりませんけども、 ポッドキャストを配信してますので、よかったら聞いてみてください。 URLを貼っておきます。 https://open.spotify.com/show/18BaHA4nu1RypIUWatvta6

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          左官を再定義

          こんにちは。こんばんは、左官作家の左菊と言います。 左菊とは、 曾祖父さんが菊一(きくいち)さんと言いまして、左官屋の菊さんで左菊くとと言って。 私のおじいさんが法人化する時に屋号に使った名前です。 さきくとよく言われてます。サギクって濁ることもあるかと思いますけど、どちらでもよろしいかなと思います。 最近、平塚市美術館で作品展をやらせてもらったんですね、六人の作家さんの一人として、お声をかけていただきまして、参加してみました。 その時にですね、 女性の作家さんが 石灰とか土とかそういうのを使って、抽象画になるのかな。まあ、私的には左官だなと思ったんですけども、非常に かっこのいい作品を作ってらっしゃいまして、 その作品を見て感じた。私の左官というものの再定義という話をしたいなと思います。 その作品がですね、壁にかかってて、パネルになってて何でしょうね。石のような、ブロックのような、土のような、 石灰のツヤがあったりとか、 まんま左官の技術を応用して表現する作品なんですけど。それ見た瞬間にすごいかっこいいなって 素直に思いましたし。その作品を見て どういう空間にこれ飾ったらかっこいいかな。とか、どういう家を作ったらいいかなって。どんどんどんどん。クリエイティブなものってどんどんどんどんクリエイティブを呼んで 連鎖するんだなっていうふうに思ったわけですね。 彼女は別に左官職人としての技術を すごい勉強されたそうなんですけども。要するに私たちのように修行をして 師弟関係を結んでということではなく、自由な発想で 作ってらっしゃるっていうところをちょっと感じたんですよね。 そう思った時に左官って何なんだろう?。ってちょっとね、考える必要は全くないんですけど(笑)、もう一回ちょっと考えてみまして。 私なりにちょっと定義付けしてみようと思ってしたらですね。多分どっか なんでしょうね。人類史 壮大な話ですけど。おそらく僕の中では、何かから守るために 建築というものが起こって、 土で壁を作るっていうことが発生したと思うんですけども。 そこが起源で、いろんなことを、それをやっているときに、どんどんどうやったら頑丈に守れるかとか、どうやったら雨風しのげるか、 どうやったら快適になるか、どうやったら心が休まるかとか、美しいと感じるかとかっていろいろ発展していって、 多分その歴史のどっかのタイミングで、その行為自体を 定義付けしなきゃいけない時が来て、多分その時に諸説ある左官という言葉が ラベリングしたんだと思うんですよね。多分その 作るっていう行為の一部分を左官と定義付けしたっていうところで。なので、僕の中では、多分 クリエイティブ=左官っていう概念。左官っていうのは、僕概念じゃないんじゃないかなと、ちょっとそんな風に思った次第です。 っていうのがですね。多分私たち、私たちとか、私は左官職人としてですね、 学びながら、日々試行錯誤を重ねながら、 こうしたらいいんじゃないかなということを 積み重ねていっているわけですけども。それの中でもですね、やっぱ同じ左官ということをやってても、 いろんな方のお話を聞いていると、すごい多様性が多いなと、 親方の戦略によって、全然そのもののものって物質の扱い方の感覚とかも全然違うし、 そんなに違うんだなっていうぐらい違う、同じもようなものを作っててもですね。例えば、漆喰を塗るって言っても 全然アプローチが違うんだなってことを思いまして。その時に、これが正しいやり方とか、それは間違ってるみたいなことも、 よく議論としてあるんですけど、なんかそれってもう正解がありきで。みたいな感じになってくると、なんかちょっと狭めてきちゃうなっていう感じも するんですよね。で、僕なんかどっちかというと気が弱い方なので(笑)、何かそういうこと言われてしまうと、 私はダメなんだってちょっと思ってしまうタイプなので、そうやってこうなんでしょうね。 あんまりクリエイティブじゃない心が生まれてしまって、それが結構 出来上がったものにも反映されがちだなと思い出したんですよね。 何が言いたいかっていうと、さっきの彼女なんかは、例えば、そういうことはあまり考えずに、 自由な発想で楽しく作ってみたものが良くてみたいな。なので、何でしょうね。結構その 自由な発想でやったもの自体が左官であって、例えば、今、動画がこれだけ普及した中で、 YouTube。で簡単にノウハウが手に入るので、DIYがこんだけ流行ってると、 それも何でしょうね。僕なんかからすると危うさも感じながらも、 そういうのでいいのかな?と思うんですけども。左官職人がこれだけ減っていく一方で、そういう人たちが増えるっていうのは、 なんでしょう。そのクリエイティブなことに対して 関わる人は増えているかもしれないなとちょっと思ったんですよね。 左官職人は減ってるけども、左官っていう行為自体は増えてるかもしれないなと。 だとしたら、もうちょっとそこら辺のことも考えて やっていったら、どんなことが待ち受けるかなと思ったら、 日本の文化というか、そういうのがもっともっと 素敵になるのかなと。そんなふうに思い始めたんですね。なので、私の中でもそういう活動をやっていった方が 楽しそうだなというか、そんなふうに思いました。 なんで、その左官っていう概念の一部分として私は左官職人でもあったり、 何かこうこうやって発信するっていうことで、左官作家みたいなところもあるのかなと思っております。 なので、何でしょう。今回はその左官を再定義するっていう話で、 録音してみました。 またこれからもワークショップとかで、 身の回りにあるものがどんなものでできてるかっていうのはちょっと本当に多くの方に知ってほしくて、 いろんな選択肢があるんだよっていうことを気づいてほしいみたいなところがありますかね。 そうすると暮らしはもっと豊かになるかもしれないし、 それってそういうことなんだ。とかじゃあ土がなんで固まって、なんで水で解けるのか?とか、 いろんな選択肢が増えていくのかなと。それで、もうみんなが考えるっていう、 自分で一回考えてみて選択するっていうことをやっていくと、なんか未来はもっともっと楽しくなるんじゃないかなと。 そんなふうに思った次第でございます。以上。左菊でした。

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          平塚市美術館初日を終えて

          表現することの喜びと、ありのままの自分でいられる幸福感。 そんなことを感じた一日でした。

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          「地球の声を聞く」6/18~6/23平塚市美術館での作品展 テキストver

          音声メディアで投稿したものを、↓ https://note.com/sakikusakan/n/n485945102b19 文字起こしました。 どうもお世話になってます。 鈴木一史(ひとし)と言います。 普段は左官職人、壁を塗る職人ですね、をしていたり、このようにsnsでいろいろ情報発信をしています。 今日はですね、明後日、6月18日から平塚市美術館で行われます 六人の作家さんによります。地球に帰る素材で できた作品展が始まるんですけども、 それに伴いまして、今の

          「地球の声を聞く」6/18~6/23平塚市美術館での作品展 テキストver

          「地球の声を聞く」6/18~6/23平塚市美術館での作品展

          6/18~6/23平塚市美術館での作品展、地球の声を聞く。 6人の作家さんの作品展。 私、左官として参加することになり、今の心境をまとめてみました。

          「地球の声を聞く」6/18~6/23平塚市美術館での作品展

          「地球の声を聞く」6/18~6/23平塚市美術館での作品展

          土から始まる未来 ー 自分を見つめ直す体験の価値

          先日、かまどづくりワークショップや、伝統的な土壁塗りワークショップを開催し、参加者の皆さんと一緒に壁やかまどを作りました。このワークショップを通じて、自分で作業するのではなく、参加者に自分のイメージを形にしてもらうというプロセスの難しさを感じました。しかし、その難しさの中に大きな学びがありました。 自然の素材である土を使って物を作ることは、自分の意志や意図を形にする修練でもあります。このワークショップでは、かまどという成果物を作りながら、自分の意識を具現化することに特化して

          土から始まる未来 ー 自分を見つめ直す体験の価値

          土壁イベントで感じたワンネス

          先日行ったイベントで塗った土壁。 風雨にさらされ、剥がれ落ちてしまいました。 その落ちた土を広い集めていると、どこから大地の土で どこから壁の土なのか。。。。 なんか区別することが馬鹿らしく そういえば私はどこから私でどこまで私なのか? 切った爪や抜けた髪は私ではないのか? 視覚で認知できる範囲が私なのか? 素粒子までいくと、どこで区別出来るのか? というか、区別する必要かあるのか? ただ落ちた土を拾っているだけなのに そんな思考が巡っている自分がかわいいなぁと思っ

          土壁イベントで感じたワンネス

          なぜ人は壁を作ろうとおもったのか?

          過日は横須賀市にある農園レストラン、SYOKU-YABO農園(※1)で 竹を組んで土壁を塗るイベントをやってきました。 その時感じたことを感じたままに書き記そうと思います。 身近なもので壁を作ってみたい!! NAO(ショクヤボのスタッフでもある(※2))のこの企画、コンセプトは身の回りである素材で作る。 言わばこんな便利な社会以前の、当時の当たり前の建築を再現するを コンセプトに、2023年末にNAOが三浦の竹部の人たちと竹を切り出し、 それを加工して竹小舞という日本建

          なぜ人は壁を作ろうとおもったのか?

          30年の節目に思うこと(現象とビジョン)

          大凡30年前。高校卒業したてのほやほやだった18歳の私。 3/27に先代が亡くなり。左官職人としての門が開き、 気が付けば30年が経とうとしています。 紆余曲折。良いことも悪いことも。 楽しかったことも苦労したこともありました。 そんな経験を経て、今思うことを10年単位で区切って 記そうと思います。 急転直下のスタート。勢いで突き進んだ10年。(18歳~28歳) 18歳で父の葬儀の時に左官やる宣言をしていきなりスタートラインに。 30年も前になると、なんかどうでもよくな

          30年の節目に思うこと(現象とビジョン)

          一流の職人さんの現場で体験した「見ようとしないと見えない世界」

          私がまだ若かれし頃に体験した話。超が付くほど一流の左官の親方の現場に参加させていただいたときにパラダイムシフトしたことをつらつらと書いてみます。 狭い世界で天狗になることの重要さ 20代だったと記憶してます。田舎町でそれなりにデザイン的なお仕事などもしたり、建材メーカーさんから表彰されたりそりゃもう天狗を通り越してました。 技術の追求。究極を目指す!など息巻いていた私は、ご縁を頂いて とある老名人と知り合うことが出来ました。 建築雑誌の世界の中の人とリアルで繋がることが出

          一流の職人さんの現場で体験した「見ようとしないと見えない世界」