鈴木咲子/ Sakiko Suzuki

植物と文学 花屋の店主 https://www.hanaimo.com/

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最近の記事

彼岸花咲くころ

旅の日のいつまで暑き彼岸花  臼田亞浪 9月も後半に入りましたが、夜の風にのみ秋を知り、相変わらずの猛暑続き。昨日は彼岸の入りでしたが、こんな暑苦しい彼岸は初めてです。 過去の日記に目を通すと、この頃には「爽やかな秋の冷えがやってきた」「彼岸花が咲きだした」など書いておりました。たった数年の差なのに、あきらかに季節のずれが生じています。それに気づかせたのが彼岸花です。 今年は暑さのせいか、まだ見ていません。でもあの花の奇妙なのは、ある日突然に咲きだすのです。彼岸花は日本

    • 小泉八雲と虫の声

      小泉八雲といえば『怪談』で知られますが、一方では「虫の文学者」といわれるほど昆虫への造詣が深く、虫の愛好という点においては、研究者さえも舌を巻くほどに詳しかったそうです。 興味を以って「蟻」について書いた作品を手にしましたら、五節まできて「しかし、前に述べた全ては「虫の世界のロマンス」の序文にしか過ぎない。」とあり、その求心の強さに驚きました。一寸の虫にも五分の魂といいますが、まさに蟻の魂をみたかのような筆致です。 八雲は終日のほとんどを、地面に新聞紙を敷いて坐り、蟻の穴

      • 月夜のあとさき

        今夜は十六夜(いざよい)。昨日の名月は、すうっと空に上がってきましたが、それにくらべると日没後にのんびりと躊躇(ためらう・いざよう)ようにでてくることから、このように呼ばれます。 中秋の名月(十五夜)の前夜は待宵(まつよい)で、十五夜が過ぎれば十六夜、そこから立待月(たちまちづき)、居待月(いまちづき)、寝待月(ねまちづき)と続きます。 十六夜にためらいながら出た月は、翌日になると更にゆっくり出てくるので、立ち尽くして待つことになり、十八夜にもなると、たっているのさえ草臥

        • 今夜十五夜

          今夜は十五夜、中秋の名月です。十五夜は一年で最も美しいとされる名月を鑑賞しながら、収穫などに感謝をする行事で、もともと旧暦の8月15日に見る月が美しかったことから始まりました。 この数年、十五夜に満月がのぞめたこともあり「十五夜=満月」と思われそうですが、多くの場合は十五夜の翌日(十六夜)に満月を迎えるなど、微妙にずれます。今年も明日18日が満月になるようです。 ちなみに「中秋」と似たことばに「仲秋」があります。どちらも八月を指しますが、こちらは七月の「初秋」、九月の「晩

        マガジン

        • 花屋の向こう側
          14本

        記事

          敬老の日

          花屋である事を言い訳に、身内のイベントを後手にしてきた事を、今更ながら反省したい。 今日は敬老の日でした。自分にとっては父母の二人だから、うっかりしていたけれど、 とっくに対象者だった事を、いま思いだしました。 私事ながら、長命の家系は何よりの幸いで、しかし80にもなれば、さすがにいろいろ気がかりになることを、いまに実感しています。 けれど両親に伝えたいのは、子供たち三人、いつ何があっても、あなた達を助けるよ。 そんな話を、してること。する年頃になりましたよ。という

          尾花吹く風

          一 遠きもの まず揺れて、 つぎつぎに、 目に揺れて、揺れ来るもの、 風なりと思う間もなし、 我いよよ揺られ始めぬ。 二 風吹けば風吹くがまま、 我はただ揺られ揺られつ。 揺られつつ、その風をまた、 わがうしろ遥かにおくる。 三 吹く風に揺れそよぐもの、 目に満ちて、 翔る鳥、 ただ一羽、 弧は描けど、 揺れ揺れて、 まだ、空の中。 四 吹く風の道に、 驚きやまぬものあり、 光り、また、暗みて、 おりふし強く、急に強く、 光り、また、暗む、 すべて秋、今は秋。

          風は、秋。

          秋来ぬと目にはさやかに見えねども  風の音にぞおどろかれぬる 藤原敏行 (秋が来たと、目にははっきりと見えないけれど、風の音を聞いて、秋の訪れに気づかされました) これは立秋の日に詠われた歌で、つまり今年でいえば8月7日。それからすでにひと月が経ちましたが、秋が見えるもなにも、いまだ衰えぬ夏の猛威。いよいよどうしたものでしょう。 9月になったと同時に、たしかに宵には秋を感じるようになり、ああこれで秋、と気をやすめたものの、それもつかの間でありました。 風は、秋。それ

          萩の咲く頃

          昨日に続いて萩の花。 秋の七草にも数えられているように、昔から萩は秋を代表する花のひとつ。古くは万葉集のなかでも最も多く詠まれた花で、その数は140をこえています。それだけ愛された花といえますが、今現代においては、花の名前こそ聞いたことがあっても、その姿を思い浮かべることのできない花の一つではないでしょうか。 今日は歌をいくつか挙げてみます。 高円の野辺の秋萩な散りそね 君が形見に見つつ偲はむ (高円の野に咲いている秋萩よ、散らないでおくれ。皇子さまの御形見として偲びた

          萩つれづれ

          万葉集に登場する植物で、いちばん多いハギの花。その数が100首を超えることからも、この花が野に山に丘に咲き、道々で花見がされたこと、その出会いのたびに、歌に詠まれていたことがうかがい知れます。 今でこそ限られた場所でしか目にしませんが、古代の日本では、とても身近な花だったのですね。 現代ならコスモスや菊、ダリアなどと、秋と結びつく花は萩に限りませんから、歌人が詠む花々も、昔よりもっと色どり豊かなことでしょう。 さて今日のこと、友人が開催する作品展に伺いましたら、作品毎に

          秋桜

          日本人にとって秋の花といえば、誰の眼にも浮かぶコスモスの花。繊細で装飾的な美しさは、秋の風物詩になくてはならない花のひとつです。 子どもから大人まで、コスモスがこれほど印象深いのは、都会であっても田舎でも、街道沿いでも高原でも見かけるからでしょう。つまりどんな場所でも咲くことができるくらいに、すこぶる強健な花なのです。 風に吹かれる姿は繊細な感じですが、たとえそれが台風であっても、一晩中なぎ倒されても、地に横たわった茎の途中から根を下ろし、ふたたび平然と起き上がって咲き続

          へちま

          だらだらと要領を得ぬ糸瓜哉  尾崎放哉 へちま。子どもの頃はよく見たけれど、最近目にするのはもっぱらゴーヤで、そういえば昔見たヘチマは、どこへいっただろう、とみるたび思う。 あのぶらんぶらんと垂れ下がるのが、むかし実家の庭にあって、そういえば大した大きさではなかったけれど、ヒョウタンもあった。 夏が過ぎたころ、横口から庭に出ると、こっちにヒョウタン、あっちにヘチマ、あっちもこっちもぶらんぶらんして、邪魔だなあといつも思っていた。 母も同意で、たいして食べれもしないのに

          重陽(菊)の節句

          9月9日は重陽。中国に起源をもつ陰陽道で「九」は陽の最上級の数字で、この日は九(陽)が重なることから、大変におめでたい日とされてきました。 日本では「菊の節句」として五節句のひとつに数えられます。桃や菖蒲の節句ほど特別な行事は行われていませんが、奈良時代の宮中や公家の間では、菊酒を飲んで長寿を祈願する「菊花の宴」が催されていました。 菊は中国伝来の花ですが、当時は薬として重用されたにすぎず、この時代の人の眼には、美花として映ることはなかったようです。それを裏付けるように『

          重陽(菊)の節句

          吾もまた紅

          花屋にも、吾亦紅(われもこう)がお目見えしました。我もまた紅、我もこうありたい、そんな花の願いから、この名前がついたというのは興味深く、というのも、こうみえてバラ科の植物だというのです。 どうみてもバラには程とおい見た目、紅というよりえび茶のように渋い色、美しいかというと何ともですが、どこか惹かれる風情があります。 山や草原で見つけても気づけないほど地味ですが、「我も紅、我もバラのように在りたい」という願いが、この色となり深めていったのだとしたら、その健気さに同情せずには

          白露

          今日九月七日は、二十四節気の「白露」。 「露」は空気中の水分が夜の冷え込みでかたまり、水滴となって地表や草花のうえに付いたもの。夏の湿り気が残っていながらも、夜が長くなり冷えてくることから、九月の初旬にもなると露が結ぶ(結露)のが見られるようになります。 「白露」とは朝露のことをいい、つまり夏を終え、ようやく草花にも朝露が付き始める頃になりましたよ、という知らせです。 春は花、夏ほととぎす秋は月…とは、道元禅師が詠った言葉ですが、日本では月とならんで露も、秋の景物のひと

          くずの裏風

          葛の葉の面見せけり今朝の霜 松尾芭蕉 秋の七草のひとつでもある葛の花。葛の葉裏は白っぽく、それがひらりとひるがえすと「まるで風が銀色にかがやくように見える」などと、秋風の形容にもなるほど特徴的で、その大きな葉を裏返すように吹く風のことを「葛の裏風(くずのうらかぜ)」と言います。 芭蕉が「葛の葉の面見せけり今朝の霜」と詠んだのには、人とは同じみ方をしないところに面白さがあります。 葛は繁殖力がとても強く、蔓をたらして葉をひろげ、ひたすらにあたりを覆い隠す勢いはおっかないほ

          秋明菊の頃

          「貴船菊」ときいてピンと来なくても、「秋明菊」と聞けばああ、となる方もいるでしょう。 秋に菊に似た花を咲かせることから「秋明菊」という名がついていますが、種類としてはキンポウゲ科の花で、アネモネの仲間になります。 別名にある「貴船菊」とは、京都の貴船山付近に多く野性化していたところからつけられた名前とのこと。 白洲正子はこの花について、「関東ではしゅうめい菊というが、友達かわざわざ京都の貴船神社から移してくださったので、私は貴船菊と呼んでいる。」と、呼び名へのこだわりを