鴇色(ときいろ)の情景~千本桜~
序景
時は昭和二十年八月十五日。帝国臣民にとって最も長い一日の終わり、一人の海軍中尉が道後公園の桜並木の中を岩崎神社へと向かって歩いていた。海軍短剣を大切に携え、全身白の第二種軍装を身に着けた彼女の足取りは決して重くはなく、何か決意を秘めたようなその口元が印象的であった。
(良かった、これなら誰にも知られることはない)
灯火管制で足元が危うい中、彼女は岩崎神社のあまり大きくはない鳥居の隅をくぐると、丁寧に一礼してから手水を取った。そして数段の階段を上ると、ゆっくりとした動