この一言が終わりになるかもしれないことは気づいていた。
「煙草、吸うんだ。」
背中に張り付いた時に、香水に混じって独特の匂いがした。嗅いだことのある、誰かが吸ってた煙草の匂い。
私が尋ねると、あなたはもごもごしながら、「やめられなくなっただけだよ、若気の至り。」と、遠くを見つめて答えた。
その瞳に私は映っていなかった。もしかしたら、いつもその瞳に私は映っていなかったのかもしれない。
初めて煙草を吸っているところを見たのは、朝焼けが綺麗な時間。ベランダで1人、遠くを見つめていた。電子タバコもあるのに、なんで未だに紙巻なんだろう。その瞳に映っているのは、一体誰なんだろう。私はシーツにくるまってこっそり覗いていた。あなたは優しいから、煙草を私の前では吸わない。そう思っているけど、本当に優しさなのかわからない。疑問に思ったことを聞いてしまったら、このままではいられない気がした。
あの日から理由なんて聞けなかった。
だから、いつも優しいふりをした。
「煙草、吸ってもいいよ。」
そう言うと、あなたは「いいよ、いいよ。好きで吸ってる訳じゃないし。」と笑った。
今日の私はなんだか我慢できなかった。
「じゃあ、なんで吸ってるの?」
あの日から、きっとこれは聞いてはいけないってわかってた。聞いたら、何かが壊れてしまう気がした、
「言ったでしょ、若気の至りって。」
と、あなたはいつも通り優しい顔をする。そう言って私の頭をぐしゃっと撫でる。若気の至り。生易しい言葉。生暖かい、ちょっと冷たいあなたの手。本当は理由なんてどうでもよくて、煙の先になにを見ているか、誰を思い出しているかを教えてほしい。
私の頭をぐしゃぐしゃにした後、
「ちょっと、ごめん」
そう言ってベランダに向かう。
その後ろ姿は、なんだか少し寂しそうに見えて、なんだかずっと遠くにあなたがいる気がした。