お前の幸せだけは祈らない

「早く野垂れ死んだらいいのに」
そう呟いてスマホを置いた。大嫌いな男はまだしぶとく生きているようだ。



 その男は、半年前にこう言った。
「飽きたから別れてほしい」
平日、昼間のサイゼリヤでの出来事だった。周りの卓はランチタイムで賑わっている。この卓だけ葬式のような静けさだった。いや、葬式の方がまだ音がある。ここだけ無音だった。
あまりの衝撃で言葉を忘れてしまった。突いて出たのは「ぁ…あぅ、あ?」喃語しか話せない赤子のようだった。それを聞いた男は「だから、飽きたから別れてほしい」と繰り返した。『飽きたとは?飽きたとはなんだ?好きとか嫌い以外に飽きるなんてある?』私の知らない感情がぐるぐると言葉になって回りだす。
「飽きた、って何?意味わかんないんだけど」
口に出したら分かる気がした。「言葉のままだよ」と返された。わからないけど、自分は人ではなくモノだと思われていたのかという気持ちになってきた。腹が立つ。知らない間にきていたタラコとイカのドリアは冷めていた。食べたらこの怒りも収まるかもしれない。そう思い、カトラリーケースからスプーンを取ろうとした。瞬間、ナイフを掴んでいた。

私は思い切りその男の手の甲にナイフを突き立てた。


しかし、私の良心か手元が狂ったか男の指と指の間数センチにナイフは入った。事件未遂が起きていても都会のサイゼリヤは我関せずと振る舞う。目の前の男は「ひっ…」と情けない声をあげて涙目だった。こんな男が好きだったのかと興醒めだ。
「私の前に今度顔を見せたらこれじゃ済まないから」そう言ってサイゼリヤを立ち去った。宮益坂を下っていると涙が出てきた。お腹も空いてきた。罪悪感も少しある。私もあの男も最低だ。でも、そこも好きだった。



そして今、たまたま友人のInstagramのストーリーを見た。その男と知らない女が微笑みながら写っている画像と共に"結婚おめでとう!3人で幸せにね!"と書いてある。この友人がこの男と知り合いだったことにも驚きだ。そして、半年後に秒速で結婚しているのにも驚きだ。新しい命に罪はない。その子だけはどうか幸せになってほしい。

「あの男の幸せは祈らないけど」

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