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砂浜の感触

海に行った。
黒いスウェードの靴がみるみる細かい砂にまみれていく。
なんで今日この靴履いてきちゃったんだろ。

靴を脱ぐ。靴下を脱ぐ。
足の裏が細かい砂を踏みしめる。あたたかい。
砂浜は足の下で自在に形を変えて、指の間をすり抜けていく。
砂粒が足裏の細かい皺の一本一本に入り込んでくる。
思わず「わあ」と声を上げた。
きっとこの砂浜に一日いることよりも、この砂浜のことを本で読むことよりも、ずっと濃厚で膨大な情報を、いま、足の裏でつかまえている。

ジーンズの裾を折り上げて、Jが走り出す。海に向かって。
しばらく行ってJが跳ねた。
両足で砂浜にトン、と着地した。
視線は足元の何かに注がれている。
そしてまた海に向かっていった。

海岸には大勢の人がいた。
カップルや家族連れ、小さな子どももいたけど、みんな分厚いコートを着てうろうろと遠巻きに海を見ていた。

さっきJが跳んだ場所まで来た。
何があるんだろう。
足元を見る。
砂浜が海水を含みはじめていて、色が変わっている。
ははぁ。濡れた砂浜の感触を確かめたくて、跳んだんだな。
30年以上生きてきて、きっと知らないわけないのに。

わたしもトン、と跳んでみた。
砂浜にくっきりとかかとの跡が残って、身体にはまろやかな反動が響いた。

「ひゃーー!」と叫びながら、Jがしぶきを上げて走ってくる。
白い波に追われながら、白くて大きいハマグリの貝殻を手に。
まくり上げたジーンズはもう潮水で濡れている。

その顔が、まったく子どもで、
海の冷たさと、砂浜の感触と、大きな貝殻に夢中で、
わたしは腹の底から声を上げて笑った。

Jは息を切らして、白くて大きいハマグリの貝殻をわたしにくれた。
そしてまた海に向かった。

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