【エッセイ】好きなお酒のタイプの話をしよう。
剣菱が好きだ、とSNSなどで散々繰り返していたおかげで、数年前から「サキさんは剣菱みたいなお酒が好きなんでしょ」と認識してもらえるようになった。似たタイプのお酒を、「このお酒、好きだと思うよ」と勧めてもらい、案の定、好きであることが多い。光栄なことだ。
日本酒を好きになって15年ほどが経つが、剣菱に出会うまでは、「いちばん好きな日本酒は?」と聞かれてもうまく答えられなかった。好きな日本酒の変遷を思い出すと、初めは「水みたいなやつ」だったし、新潟で淡麗辛口を飲み尽くし、フルーティ系が好きになって、次第に西日本の旨口に流れていった。
なので、おおかた「いろんなものを飲み比べるのが好き」と答えていたような気がする。
いちばん好きなもの、が言えるのは幸せなことだ。そして、剣菱は味が変わらない。だから安心して、ずっと好きだと言うことができる。
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一方で、わたしはほかのお酒もよく飲む。
日本酒に近いところで言うならば、最近愛飲しているのはクラフトサケだ。もともと「いろんなものを飲み比べる」性質なので、ひとつのお酒を飲み続けることはあまりないのだが、クラフトサケはひと晩で一本空けてしまうこともある。
初めは応援的な意味合いで飲み始めたはずが、いつの間にか、普通に好きになり、新商品が出ると欠かさず買ってしまうほどになった。
どこが好きだ、と言われると、味わいのバランスの良さだろう。日本酒は、アミノ酸なのか糖なのかわからないが、重たく感じられて疲れてしまうときがある。
それをちょうどよい心地に引き上げてくれるのが、酸や苦味やキレだったりする。クラフトでない日本酒に関しても、酸や苦味の出し方の上手いものを好きになりやすい。
というかそもそも剣菱が好きなのも、その要素が大きい。骨の太いお酒が好きというのはあるけれど、それだけでは疲れてしまう。酸も苦味もキレも、程度によっては嫌味に感じられてしまうが、それが差し色のように全体を引き締めているお酒を、うまいなぁ、と感じる。
その感動は、骨太なお酒に限らず、フルーティなお酒や淡麗なお酒でも起こりうる。
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日本酒以外のお酒もよく飲む。
白ワインは甘くなく、シャキッと青味のあるものが好きだし、赤ワインは昔はブラックベリー感の強いものが好きだったが、最近はカベルネ・ソーヴィニヨンがちょうどよい。オレンジワインも好きで、悩むとロゼを頼む。
ウイスキーはピート香の濃いものや、中トロのような色っぽい甘味のあるスコッチが好きだ。ラムは元フランス領のもの、テキーラはレポサドが好き。虫は苦手だがメスカルは愛飲する。ジンは素直に香り高いものがよく、アブサンは水で白く濁ったくらいがいい。
ビールは気候によって異なって、日差しの強く乾燥したカリフォルニアではIPAをよく飲んだ。サワーエールも好きで、色が黒っぽいものや、不自然なフルーティさのあるものはあまり飲まない。柑橘やベリーを合わせたようなのは好きだ。
サワー系は甘くないものが好きで、お店ではバイスサワーやクエン酸サワー、梅干しサワーのようなのを頼む。炭酸でおなかをいっぱいにしたくないときはお茶を割ったもの。ゴールデン街のママが出してくれた青汁割りは、一時期2リットルのJINROを買って自分でも作っていたほどだった。
焼酎はこんがりしたビスケットみたいな麦焼酎。唐辛子を入れたお酒はなんでも好きで、タバスコをたっぷり入れたブラッディ・マリーや、IPAにコーレーグースを足して飲むのもたまらない。
総じて言うなら、量をたくさん飲む人、酒と一緒に料理を食べる人の舌をしている。
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一度、「サキさんの好きなお酒のタイプは、好きな男性のタイプに似ているのでは」と言われたことがある。二の腕や肩周りのしっかりした男性がタイプだと言ったせいだろう。いかにも、理想は楽の世を擬人化したような男性だ。赤身に適度にサシが入ってそうで、放っといたりあっためたりすると伸びるやつ。味覚や酔いは身体性だし、官能として通じることはあるかもしれない。
関係あるかはさておき、タフなお酒は好きだ。つまり、繊細なお酒は少し苦手だ。アメリカに輸出されたときに、後者のお酒が美味しくなくなってしまったのを何リットルも飲んだせいだろう。
味を見たときに、このお酒は伸びるなぁと感じるとうれしくなる。世界の誰かに「このお酒、美味しいよ」と言ったとき、そこに齟齬はあってほしくない。頑丈なお酒には、官能だけでなく、日本酒が世界で愛される未来を感じる。剣菱を好きになったのは、日本で飲んだ味と、サンフランシスコで飲んだ味が同じだったからだ。
なお、剣菱は好きすぎるので、たとえ人間になったとしても、お付き合いするのは無理だなと思う。剣菱が暮らす部屋の壁とか床とかになりたいです。