清酒の評価用語の変遷
清酒の官能評価には100年以上の歴史があるが,評価用語とその意味について記載されている記録は少ない。大正14年に出版された江田鎌次郎「杜氏酒造要訣増訂第5版」1)では,評価用語とその香味の由来の推定が行われている。当時は,発酵・貯蔵や流通容器として杉桶や杉樽が使用されており,木材に由来すると考えられる香味表現が多いことが特徴である。
その後,昭和11年の東京税務監督局「酒造工場科学的管理法」2)では,木材に由来する用語は少なくなり,金気臭(タンク臭)が見られる。味については品質の優れたことを表す用語も見られるが,香りは異臭の表現が多く,製造工程に関連する欠陥を指摘する用語が多い。意外なことに,現在オフフレーバの用語としてよく使われている老香(ひねか:酸化劣化した香り),雑味(ざつみ:苦味,うま味,渋味およびその他口あたりが不快な味)などの用語は戦前のこれらの本にはみられない。一方,現在は,味の表現として使われている淡麗(たんれい)は,色澤の表現であったことがうかがえる。このように,評価用語は時代によって変化している。
最近まで、一般的に使用されていた評価用語は,1957年にきき酒研究会東京支部が行った用語の整理 3) が基礎となっている。当時,全国の専門家325名にアンケートを行い以下の用語が適切とされた。しかし,残念なことにそれぞれの用語の意味は明らかにされていない。また,どちらかというと具体的な特性表現と考えられる「こうじばな」,「バナナの香」,「アルデヒド臭」,「ダイアセチル臭」などは当時の専門家の意見では適切さに疑問のある用語とされた。
その後,1989年に,日本醸友会大阪支部により用語の意味が整理され 4) ,このほかにも大塚謙一氏 5) や灘酒研究会 6) によって用語の整理が試みられた。また,日本酒造組合中央会は,1990年に,日本酒と料理の相性研究の中で,清酒をサービスする側から清酒の香味の特徴を表す用語の提案を行っている 7) 。
少し脱線するが,一般の人と話をすると「きき酒の専門家ってソムリエのことでしょう。」とよくいわれる。社団法人日本ソムリエ協会では「”ソムリエ”とはワインを中心とする酒類,飲料,食全般の専門的知識を有し,その仕入保存,在庫・品質管理,サービス方法などに留意し,個々のお客様の求めに応じる。また酒類および料理選択の際には適切な助言をおこない食事内容を健全で豊かなものにしかつ,食事環境を清潔,衛生的で快適な雰囲気にすることを目的として,良質の物的・人的サービスの提供を行うことにより経営の安定化,および飲食の快適性,安全性,文化性の維持向上を推進するものである。その活動の場は飲食提供を行う場であり,ワインを中心とする飲料のサービスを専門的に携わる者の「職業」を言う。」と定義している。もちろん彼らもきき酒を行うのであるが,この定義のとおりサービスを行うためであって,工程管理や開発のために行うきき酒とは目的が異なる。ソムリエの中には,清酒の評価用語は欠点を指摘する用語ばかりでそれは日本人の意識の問題だというような批判をする人が見受けられるが,これは清酒のサービスを行う水準がワインに比べて低かったというべきで,評価用語の問題ではないと考えている。また,具体的な用語,例えば「濃い」,「カラメル様」,「ジアセチル」などに対して,用語自体に良い悪いはない。
(初出)醤油の研究と技術 2011
1) 江田鎌治郎:杜氏醸造要訣(菊姫ライブラリー2),東京,日本評論社 (2005)
2) 杉山晋朔編:酒造工場科学的管理法,東京,日本醸友会 (1936)
3) きき酒研究会東京部会:きき酒用語アンケートの分析結果, 醸協,55, 687 (1960)
https://doi.org/10.6013/jbrewsocjapan1915.55.707
4) 大阪きき酒研究会:清酒のきき酒用語の意味について, 日本醸友会大阪支部 (1989)
5) 大塚謙一:きき酒の話, 技報堂出版 (1992)
7) 灘酒研究会:改定灘の酒用語集 (1997)
6) 日本酒造組合中央会:日本酒と料理の相性研究 (1990)
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