抱負というものでもないけれど。

【向き合わなければいけない介護問題が我が家にもついに来てしまった正月のリアル。

一部不衛生な表現も含まれていますので、
介護の経験がない方はブラウザバックしてください。】


「一年の計は元旦にあり」とは
よく言ったもので、
2023年の元旦には
コロナに罹患してしょっぱなから
散々な目に遭った。

おかげで
2週間ほど全ての仕事が遅れて始まり、
取り戻すことに精一杯。

それに加えて
新たなことも雪崩のように降りかかり
計画的とは言えない一年も
残りわずかとなっていた。

昔から計画性のない性分で、
嗅覚のむくまま気の向くままに
生きてはいたが、

9月から本格的に
個人事業主となり
このままではいけないと痛感していた。

今年こそ
健康で楽しい正月を迎えて
ちゃんと計画的な一年にしよう、

そう決意し、家族総出で
健康管理に気をつけて
年末年始に食べるものや
遊ぶもの、行くところに
綿密な計画を立てていた。

そんなとき降り掛かる地震。

予定が崩れることはないほど
被災地から離れている場所に住んではいるが

被災された方のことを想うと
東日本大震災の頃と重なり
胸が締め付けられる思いではあった。

翌日。

実家に挨拶をしようと母に連絡を取ると
ばあちゃんが動けなくなって
もうダメらしいと告げられた。

聞くところによると、

地震が起きた時刻、
仕事に戻らなければいけないかもしれないと
TV局に勤める弟。

でもみんな飲酒してしまっていて
どうしようと、

慌ただしいリビングで
「お節食べるかー?」
と呑気に出て来たばあちゃん。

父親がそれどころではないと
軽く肩を押したらしい。

とは言え年老いて非力な祖母は
尻もちをついてしまい
そのまま拗ねて床に這いつくばったままに。

痴呆も始まっていて
いわゆる幼児帰りだろうと
家族もほったらかして一夜を過ごした。

明け方、なにやら家中に悪臭が。

すでに始末できるような状態ではなくなり、

しかし病院に行くことも
施設に入ることも頑なに拒む祖母。

元旦だし、まずは自宅で待機することになった。

そんな経緯を聞きながらも、実家に帰る。

こんなところにも震災の爪痕があるのかと
足取りも重い。

「ひとまず部屋で寝てもらってるけど
とてもじゃないけど正月らしい
出迎えはできない。

けどお年玉だけ渡すから…」
と母。

祖母の部屋に顔を出すと
ベットから転げ落ちていた。

どうやらオムツが濡れて
気分が悪くなってズレたところ
落ちたらしい。


大丈夫かと駆け寄ろうとすると

「死にたい死にたい」

譫言を滴れる。


80すぎても自転車を乗り回し
さくらんぼの木に登っていた祖母。

達者な姿は自慢だった。

たった数年前の記憶。

変わり果てた姿に
身体が動かなくなってしまった。

急いで母がズボンを下ろして処理をする。


見たくなかった。

高齢とはいえ女性の羞恥の部分は
祖母の中に少なくともあるだろう。


父を呼ぶと

「うるせえ!

こんなになってまで
俺は生きたくないね!!

人の手借りるんなら
さっさと死んだほうがマシだね!!」

実の母の変わった姿を
一番受け入れたくないのは
一人っ子の父なのだろう。

アル中に拍車をかけて
まだ外は明るいが
ウイスキーは一本空いていた。

その場にいた娘と息子は
不思議そうに

「ばばちゃん何歳なの?
なんで赤ちゃんじゃないのに
オムツしてるの?」

そんな無垢な質問は
大人たちを更に追い詰める。

「ばあちゃん!
しっかりしないと
またお父さん酔っ払って
暴力するから!!
頼むから施設行くなり
病院行くなりしてけろず!!!」

粗相を片しながら
荒まき、
もう帰れと顎をしゃくる母。

水割りだったウイスキーは
もう原液並みの濃さになって
何度も杯を煽る父。

さまざまなことが複雑に絡む
悪臭漂う空間から

子供を抱えて
立ち去るしかなかった。


帰りの車ではそれぞれに思うことがあり
響んだ車内で
呑気に話しかけてくるのは
3歳の息子だけ。


こんな日は突如来るものなのか。

なんか少しずつボケてって
なんか少しずつ身体が弱くなっていって

段階的に施設って入っていくものだと思っていた。

原因は尻もちをついたときに
股関節にヒビが入ったためらしい。

後日談、

心臓が悪いため、
手術はできないと。

このまま寝たきりだと。


あまりにも突然の出来事。

そのよくある表現は「死」ではなく

「死の手前」であるからこそ

なおさらこの奥に終わりがあることに
ただただ待つことしかできない恐怖。

しかし恐怖と感じているのは
当人以外で
当人はこのどうしようもない現実こそが
恐怖であるのではないか。

訪問美容を記事や企画で
取り上げたことがあったから

なんなら
ばあちゃんが寝たきりになったら
ベットカットとかしよっかなー

なんて
甘ったれた考えもいいところだ。

いざ、骨と皮の肉体に
かすかに意識が引っかかっているだけの
ばあちゃんを目にして
ハサミなど握れないと思った。

身内なだけに。

声をかけることも
涙も流すことも出来ず
こうして文字に落として逃げている。

いくら健全な身体があっても
お金があっても
温かい部屋と充分な食料があっても

人間の輪廻を受け入れる精神は
持ち合わせていない。

わからない。

腹落ちする心がない。

理解も認識も頭でするものだ。

これまでその筋の方にいくらでも
話は聞いて来たはずであったにも関わらず。

情けないとも思う。

しかしどうすることもできない無力さの中。

そんな心を落ち着かせる暇もなく

この文章を打つ横から
何度もママ、ママと呼ばれる
この一瞬も
祖母や先祖が与えてくれたもの。

この子達が生き、
永らえるためにしていくこと

祖母に向けて
これまでの命を労うために
するべきこと

家族の負担を伴うこと

そしてそれが
自分の人生だと
心して歩むこと

そこに計画性など
持ち合わせる余裕はまだない。


この文章に結論はない。
オファーもない。

構成も計画もなく指を打っている。

ライターとして
恥ずべき文章なのかもしれない。

なぜこれをわざわざ文字にしたかというと

ライターではない自分の文章で
勝手ながら自分を救っている。


混沌とした世情のなかで
自分らしく咲くことが

いつかなにかのためになることを祈る。


2024年1月。

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