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インド旅行記「2:ルピーでつながる層世界」

↑前回までの記事はこちら。↑


ムンバイからジャイプルへ向かうために友人宅で一眠りした後、チャットラパティー・シヴァージー空港に戻ってきた。
チャットラパティー・シヴァージーというのはマハーラシュトラ州の英雄の名前で、他にもチャットラパティ・シヴァージー・ターミナス駅や、チャットラパティ・シヴァージー・マハーラージ博物館など、でかくて立派なものには彼の名前がついている。

長い。

大仰な名前をつけるノリが愉快な一方で、チャットラパティー・シヴァージーは、イギリス統治前のインド亜大陸において最強最大勢力を誇ったムガル帝国と自治を巡って戦い抜いた、独立の英雄である。
わざわざその名前をつけることに、複雑な経緯を経てたくさんの国が融合してできたインドという国の把握しきれなさも思う。

まあ、上野恩賜公園に「恩賜」とついているからって日本人全員皇族を尊崇しているわけでもないのと同じかもしれませんが。
ヒンドゥー教徒もいればイスラム教徒もシーク教徒もおり、信仰への姿勢にもきっと無限のバリエーションがある。
誇りに思っている人もいれば、えーと思っている人もいるだろう。名前なんかどうでもいいと思っている人も多いかもしれない。外から答えが出るはずもない。
そういうことも含め、インドはとにかく広くて複雑で、把握ができないということをゆっくり知っていく旅でした。

暇そうな人が銃を持っていると怖い

理由は不明だがジャイプル行きの便が大幅に遅れている。
無料(たぶん。)の新聞があったので広い待合いスペースで訳知り顔で広げていると、アジア系の青年に話しかけられた。
日本でもそうなのですが、私は外国の人によく話しかけてもらえるタイプである。
英語ができそうな顔をしているらしく、そうでもないことがわかると相手は戸惑いの色を隠さない。まあ、今回は英語の新聞を読んでいたので自分のせいですが……。
真心とGoogleでコミュニケーションをとる。

第一声、「仏教徒か」と尋ねられたので仏教徒だよ。と答えた。
「韓国人?カムサハムニダ?」
「カムサハムニダ!あ、コンニチハ。なんです。私は日本人。」
「日本にも仏教はあるんですね。」
「禅って知っていますか?」
「禅?知らない」
「どこからきたんですか?」
「チベット。インドには巡礼に来ました」

チベットの人と初めて話した。
名前はチベットの言葉で「法の光」という意味だという。

ダライ・ラマの住居だった古都からやってきて、ゴアという街で高僧による説法を聞き、これから北の聖地を目指すのだという。
筋金入りのガチ仏教徒だ……。

筋金入りのガチ仏教徒だが普通にゴアでの説法の様子をスマホで見せてくれた。
撮影OKなのか。最近はライブでもアンコールだけ撮影OKだったりするもんな……!

広い天幕の下、大勢の僧が地面に座って説法を聞いている。
全員山吹色の袈裟を着ている。
私が今日着ているエアリズムと色が一緒だ。変な色だったから30%オフで、いっぱい買ったのだ。
だから話しかけてくれたのかもしれないが分からない。
いいやつなので細かいところはどうでもよかった。

お互い英語があまり上手くなかったのでGoogleのチベット/日本語翻訳でコミュニケーションをとった。
自分のスマホ画面にチベット語が並ぶのも初めて見た。お前、チベット語もいけるのか……。
彼は私のスマホにチベットの文字が並んでいるのを見てとても喜んでいたし、私も彼のスマホに日本語が表示されていてなんかすごい嬉しかった。

高僧は説法で何を話すのか気になって聞いてみたら、「仏の教えについて話す」と言っていた。

搭乗手続きがようやく開始した。
チベット語であいさつは「タシデレ」だと教えてもらった。
「コンニチハ」と「タシデレ」を交わして私たちは別れた。

バスで移動し飛行機に乗り込む。
外は嵐だった。

離陸前と着陸後、謎の白い煙幕が機内に猛烈に放出された。喘息の吸入薬みたいな匂いがした。

ジャイプル空港に着いた。
飛行機を降りるとすぐに巨大な看板が目に入る。
女性がこちらを指差して笑顔を見せている。笑顔と言っても明らかに嘲笑のニュアンスである。
「お前、まだそんな高い電気代を払ってるのかよーッ!?」という内容だ。
同じような趣旨でも、日本だとたぶんモデルが自分の請求書をみて「私の電気代、高すぎ……!?」的な感じで驚いたり頭を抱えたりする感じだと思うが、
「お前の電気代、高すぎwww」なのがエネルギーが高く、率直で良かった。確かにお前を雇っているのは安い方の電力会社だもんな……。

お前の電気代、高すぎ……!?

空港を出る。
日差しが強く、ムンバイよりもずっと乾燥している。
ムンバイでも香ったハンドクリームのような甘い匂いはなぜかここでも感じられる。

ドライバーが出迎えてくれた。にこやかだけど彼も無口だった。
ちなみに今回の旅はほとんどハイヤーで移動しています。
列車の悲惨な大事故があったばかりだったし、同行してくれている友人はあくまで駐在なので、行楽で万一のことがあると夢見が悪かった。

インドといえば名著『ぢるぢる旅行記インド編』のような、ぎゅうぎゅうの夜行列車でひたすら長距離を移動するようなイメージだったけど、この国にはとにかく無限の層があるので、お金を出せば完全に快適な旅ができるということもわかりました。


今日はジャイプル新市街を早々に出て旧都アンベールを目指す。
それから旧市街地を見て、ついに井戸を見に行くという寸法だ。

多くの都市に古くから王族が住んでいた旧市街地と、イギリスが支配監視のために作った新市街地がある。
ジャイプルの場合、王族の宮殿が一度アンベールという山奥の地域から移っているため、旧都/旧市街地/新市街地という3層構造になっている。

このような行程でした

車で移動する。
ムンバイよりも高い建物がなく、道が汚れている。
何が栄養になるのかわからないけど、砂色の巨牛が道の真ん中に立ち、無心でゴミを食べている。
剥き出しの岩肌にポツポツと低木が生えていて、車のガラスを透かしてみるとテーマパークのようだった。
それら全てがものすごいスピードで流れていく。普通の下道だけど最高で90キロくらい出ていた。

やがて崖が切れ、真緑の広い沼が現れた。
野生のクロコダイルがいるので泳いではいけないという看板が立っており、泳がないでおこうと思った。
クロコダイルは見えなかった。普段何を食べているんだろう。


アンベールには歴代の王族が住んだ城があり、そこまで象に乗っていけるという。
「私たちは象に乗りたい」
「OK、アンベール城ね」
江ノ島の参道並みに細い山道を、クラクションを鳴らしまくり、通行人を蹴散らして車は進んだ。
あっという間に城に着いた。
城に着いちゃった。

城壁から下をのぞく。
つづら折りのメインロードを象が何頭も、等間隔の列を成してこちらに向かって登ってきている。象乗り場ははるか下。先ほどのクロコダイル沼のほとりだった。

まあ、それならそれでいいかとなり、やけに人数のいる警備員に見守られ、チープな金属探知ゲートをくぐって入場した。
全然携帯とか鍵とか持ったままだった気がするけど、とくにゲートは鳴らなかった。

空白を許さないという強い意志を感じる

へぇと思ってあちこち見ていると、小柄な若い清掃員に話しかけられた。
「面白いスポットがあるよ」
指示された通り、なんでもない穴からカメラを向けると、額に入った風景画みたいな写真が撮れた。なんでもない穴と思っていたものすら繊細な彫刻がなされていた。永遠に咲きつづける百合。

すごいすごい、と言っていると、彼は「もっといいスポットがある」と私たちを城の奥深くへと連れ出した。
小柄で俊敏で、目がキラキラしているので若い頃のジャッキーチェンを彷彿とさせる雰囲気があった。
途中何度も「ガイドはいないんだよね?」と聞いてきた時点でちょっと怪しかったのですが……。

清掃員に連れられて、我々はものすごい速さで宮殿の中を移動する。
時折立ち止まっては、
「ここは王様が寝ていたところで、これは換気口」
「ここでこういうポーズを撮って。はい。オッケーほらみてこの写真、あなた塔を指でつまんじゃってるでしょ。王様の塔を指でつまんじゃってるよハハハ、面白いでしょ。」
「王様のご飯を運んでいた穴だよ。今はコウモリがいっぱいだから病気になるよ」

フラッシュ暗算のスピード感で指示と説明が続く。
自分がどこにいるのかも、何階にいるのかもわからなくなる。

友人がトイレに行きたい、などと穏当な理由をつけて離脱を試みるが、我らのガイドはそういう時、急に言葉が聞き取れなくなる。足は止まらない。
もう見物どころではない。だが、旅の仲間は全員、相手がやることをまず受け入れてから考えるタイプだったので、もう完全に彼のペースに飲み込まれていた。

装飾に埋め尽くされた宮殿全てがだんだん溶け合って、滑らかな砂の中で溺れている気分になってきた。

先を進む箒の端っこを、何かの真実のように追いかけ続けた。彼は完全に清掃業務を放棄していたが、頑なにそのヤマアラシの死体のような箒を手放さず、律儀だな……と思った。

ここで最後だと言われ、屋上のようなところに出る。
ここだけ雑居ビルの屋上のような、人気のない、日陰の、いやな空疎感のある場所だった。
構造的に今入ってきた唯一の出入り口の他にはどこからも見られることがない。
すみの方で小学生くらいのサイズの陰険な顔つきをした白猿が2頭、たむろしている。

ガイドがこちらを振り返り、問いかけてきた。
「Are you happy?」

深い問いだ。今の砂の城の旅も含め、人生初の出来事ばかりで、大まかにはハッピーと言える。

「じゃ、ガイド代一人500ルピーな」
我々は3人。ルピーは日本円にすると大体1.7倍なので、ガイド代は850×3円である。
なんかもうお前の趣味の写真撮影に付き合ってやったくらいの気持ちでいたので、100ルピーくらい渡してさようなら、そこそこ面白かったよ。頑張ってね。の気分でいた。

渋っていると態度が急変した。
怒気を含んだ猛烈なアピール攻撃である。

「いい写真撮ったし、いい説明した。あなた方それを楽しんだ。あなた方ハッピー。俺頑張った。早く財布開けて。はい500ルピー出す。」
友人が苦し紛れに昨日折った折り鶴を渡そうとした。

文化の力……!

しかしそれを侮辱と受け取ったのか、「そうじゃない、500ルピーだ。」とかなり強い態度に出はじめた。目が火のようにぎらついていて、それを見て初めて身がすくんだ。
しまいには財布に手を突っ込み始めたので、全員合わせて200ルピーということにして、逃げるようにその場を去った。
追い縋られて、後ろから何かを呼びかけられたが、無視した。
太陽の注ぐ中庭までは追いかけてこず、暗闇の階段で立ち止まり、黙ってこちらを見送っていた。

でも、今思えば、最後の言葉は「会えてよかったよね!?」みたいな呼びかけだった気もする。ヒンドゥー語かも英語かもわからなかったけど、でも、はっきりと、寂しい感情の声だった。

もう出口だったし、戻って再会しても気まずいので、そのまま城を後にした。

エントランス広場に、坂道を登り切った象が続々とやってきている。
派手なフェイスペイントを施され、背中の台座がゆっくり左右に揺れている。首の上に座った象使いが棍棒で無造作に指示を出す。
どの象もどの象も俯き加減で、強い日差しから顔を背け、まだら模様の肌はカサカサだった。落ち窪んだ小さな目だけが、夜の池みたいに黒々と潤んでいた。
我々の内側からそのまま現れたような、疲れ果てた生き物だった。足音がヒタヒタ、ヒタヒタ、と妙に柔らかい。次々に城へやってくるそのリズム感も不吉だった。

広場に設置された手彫りのWi-Fi。オーパーツのようで笑った

帰りの車の中でぼんやり考えていた。

あれは一体何だったのだろう。

撮った(撮らされた)写真を見返してみる。
好きではないけど、工夫を感じる面白い写真ばかりだ。どの写真にも、どうやって撮れば面白い作品になるかを考えたあとがある。
そのひたむきさは信じられた。あの時間を過ごしている間、彼が彼のひたむきさで我々と付き合ってくれたことは。
問題はそれが我々にとって全然嬉しくなかったと言うことだが……。

私たちは他人なのだ。と思った。
私とあなたは他人、と言う時の他人ではなく、同じ空間を共有していても、別の層に住む他人である。
層が違えば、言葉も信じているものも、お金の価値も全く違う。200ルピーは彼にとって一体何日分の日当に匹敵するんだろうか。

この国はそういう別の層同士の膨大で雑多な重なりなのだ、と、ここに来るまでのさまざまな風景を思い起こして、考えた。
その層は強固で、自分がたとえどんな振る舞いをしようが、現地の人に馴染もうとしようが、あくまで特別な固定の層「観光客」の中からは出られない。
別の層の住民のことは、理解も難しければ、丸ごと把握することなど到底できない。
そんな別々の層の人々が連携できる最も手っ取り早い言語がきっと金なのだ。金は折り鶴の射程よりもずっと強く、広い。

きっと私は、自分が払った金の意味がわからないのが嫌だったのだ。
日本人に払うようにしか金を払ったことがないから。
だから、その意味が腑に落ちた瞬間、怪しいガイドに砂の城に沈められた思い出も、疲れはしたけどそう悪くないものに変わった。

もう一度やるかと言われたら、やらないけどもね。

城からそう遠くない、山間の美しい小さなゲストハウスに到着し、ご飯を食べて横になった。
インド料理にもかかわらず、なぜか実家を強烈に思い出させる美味しさだった。

→3へ続く。

ゲストハウスのエントランスをくぐる大人しい犬。追い払われていた。
可愛いコートかけ。



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