ギャルとやまおとこと僕の話
※この話はフィクションです。
僕はポケモン博士だ。
と言っても、ネットや配信で揶揄されがちな、「面倒くさい」ポケモン博士だ。
二言目には種族値、個体値。ネットで実況があれば「そんなことも知らないのかよ」とマウントを取るタイプの嫌なやつだった。ただそれでも、万能じゃなかった。タイプ相性とか、裏技やバグ技、世界観やシステムをあまりよく知らない頃の話だ。
中学2年の秋。突然、クラスのギャル、いわゆる「イケてるグループのやつ」に話しかけられた時にはびっくりした。
「ねえ、ポケモンしってんの?」
彼女の名前は椎名真琴(しいなまこと)。いかにもギャル、って感じの見た目だった。当時は今ほどゆる〜いギャルの見た目じゃなく、ゴリゴリの化粧にゴリゴリのギャルファッションだったから、僕はあまり近寄らないようにしていた。椎名の周りにはいつも似たようなギャルと、似た雰囲気の強そうな、そしてチャラそうな男が常にいたからだ。
だから話しかけられた時はすぐに言葉を返せなかった。恐らく僕がポケモンに詳しいことを誰かから聞いたのだろう。それでも僕は立派な(?)コミュ障だ。
出てきたのは
「え、あす…ハス…」
みたいな、例えるなら昆虫の羽音みたいな声だった。
「あのさ、ルビサファでさ、ロープウェイ、あんじゃん?」
『ルビサファ』とはポケモンゲームの3作目である『ルビー・サファイア』を略した言い方である。
当時僕含めポケモン博士(と勝手に感じていた)の間ではもっぱら『ダイヤモンド・パール』という4つ目の新作の話で持ちきりだったので、1個前の作品である『ルビー・サファイア』の話を持ち出されたのは意外だった。
ただそれも、当時の、「ポケモンをやってない」人、ましてやギャルなんていう人種からすればあまり関係なかったのだろう。
話を元に戻すと、『ルビサファのロープウェイ』とは、ルビー・サファイアの作中に登場する移動手段であるロープウェイのことだ。ゲームの中で、ある場所からある場所へ移動するのに、ロープウェイを使うのだ。
「う、うん」
「そこでさ、やまおとこ、走ってるよね?」
「えっ?」
『やまおとこ』とは作中に出てくるNPCである。虫取り少年やオカルト少女など、さまざまな人が出てくるのだが、『やまおとこ』がロープウェイに出てくるのは、その時の僕は知らなかった。
「出て、こないと思うけど」
「嘘!?いや、嘘、マジだって、昔やったらさ、出てきたんだって!やまおとこ!」
実は、かなりの低確率で、ロープウェイ使用中にやまおとこが登場するというレアな仕掛けがある、ということを僕はその1年後に知った。だが、その時は知らなくて
「見間違いとかじゃないの…?」
と、言ってしまった。
「そっかあ…」
ギャルのくせに(失礼な表現だ。でもそう思ったのだ)、目に見えてしょぼくれてるように見えた椎名が、何に見えたのかは覚えていないし、僕がそれを見て何を思ったのか覚えていないが、すぐさま僕は
「家にルビーあるから、試してみるよ」
と、言ってしまった。
すると途端に椎名は目を輝かせて
「まじ!?絶対出るから!報告してな!」
と前のめりになりながら僕に言い、その割にサバサバとどこかに行ってしまった。
家に帰ってルビーを起動する。
例のロープウェイを使ってみた。そしたら
「あっ」
一発で出た。やまおとこが山の斜面を走っていたのだ。
それから何回もロープウェイを使ったが、やまおとこが出てきたのはそれ1回きりだった。
翌日。
「ねえ!出た!?やまおとこ!」
椎名が目を輝かせながら聞いてきた。
「うん、ほんとに、あの、いたね、びっくりした」
「でしょ!?やっぱ見間違いじゃなかったんだよな〜 ありがとね、〇〇」
後にも先にも、僕の名前を椎名が呼んでくれたのはそれきりだった。
なぜレアなロープウェイのやまおとこにあんなにも興味を示していたのか、なぜいることを証明したかったのか、なぜ礼を言われたのかは今でも不明なのだが、ポケモンのゲームを起動するたび、あの目を輝かせていた椎名のことを思い出す。
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