真の芸術家になるには?・成願義夫 記
「デザインとアートの違いとは?」
少し前この違いについて質問された。
私は以下のように即答した。
「アートは自己満足の追求。デザインはエンドユーザーの満足の追求」であると。
厳密に言うと、デザインには必ず前提条件や制約が伴う。
そしてクライアントが存在する。
それに比べてアートは、自発的に制限や制約もなくなんでも表現できる。
平面作品を前提として今回アートを語るならば、実はデザイナーとアーチストの間にもう一つのジャンルがある。
商業画家だ。肖像画や襖絵などのような、注文依頼された内容に沿って描く絵師だ。
クライアントがいるところはデザインとの共通点だが、デザイナーと大きく違うのは描いた作品が最終商品になるところだ。
ところで、現代活躍している高名な芸術家達は、ほぼ例外なく、アート市場を意識して活動している。
一般的なアーチストは、自己満足の追求と言いながら、実際は画商や市場やさまざまな情報を加味して、「売れる作品」を目指している。
その代表的なアーチストが村上隆さんだ。
彼は芸術をビジネスとして捉え、アート市場を意識して活動し、成功した一人だ。面白いのは、成功した後に少しづつ真の芸術家の方に舵を切り始めていることだ。
彼が多くの芸術家を目指す者に言いたいことは、「真の芸術家を目指すのは、金を儲けて有名になったその後だ」と、いうことなのだろう。
かつて劇作家のバーナード・ショーがこのように言っていた。
「真の芸術家を目指す者は、妻と子供を飢えさせ、年老いた母親に労苦を強いることになる」と。
そういえば、貧しいまま真の芸術家を目指した田中一村は、確かに奄美大島で貧しく、孤独に死んでいった。
この点においてはゴッホとの共通点を感じる。
そしてゴッホと一村は、共に死後、彼らの作品は高く評価され、多くの人に感動を与えたという点においても似ていると言える。
ところで、昔、横尾忠則さんがグラフィックデザイナーとして一世を風靡して、活躍していたのを覚えている方も多いだろう。
彼は、1960年代のポップカルチャーを反映した、カラフルでサイケデリックな作品が特徴だ。 アンチモダンといわれる個性的なデザインで、異素材のコラージュや自己反復が特徴だった。
ところが、まだまだデザイナーとして活躍を期待されていた1980年に突然、真の芸術家を目指し「画家宣言」をしてデザイナーから油彩の芸術家に転向してしまった。
なんと、それを機にデザインの依頼は全部断ったそうだ。
デザイナーから真の芸術家に転身した異色の画家だ。
これは村上隆さんが言う通り、有名になり、お金を持ったからできることで、考えてみれば村上隆さんのやり方の先駆者だったとも言える。
横尾さんの転身の直接のきっかけは、ピカソの絵をニューヨーク近代美術館で目の当たりにし、衝撃を受けたことだったらしい。
画家に転向してしばらくしたある日、何かのインタビューでデザイナーから画家に転身した本当の理由を以下のように語っていた。
「結局、自分の真似をするのに疲れてしまったんだよ。」
私は、「なるほど」と思った。
成願義夫