カノジョに浮気されて『八犬伝』かおとぎ話かわからない世界に飛ばされ、一方カノジョは『西遊記』の世界に飛ばされました⑨
悟空は山の神を呼び出して、海松を拐った妖怪について尋ねた。
「あの妖怪は、六百里鑽頭号山の枯松澗火雲洞の主で、紅孩児という妖怪です。父は牛魔王、母は羅刹女で、1丈8尺(5.994m)もある火炎槍を使い、火炎山で300年修行をして、目や口や鼻から水では消せない火を出す三昧真火という術を会得しております」
と山の神が答えると、
「何?牛魔王の子だと?」
と悟空が言った。
「兄貴、知ってるのか?」八戒が聞くと、
「ああ、牛魔王は俺が花果山で美猴王と名乗ってた頃からの義兄弟だ。つまり紅孩児は義理の甥だよ。ちょうど良かった。紅孩児は俺の言うことを聞いてくれるだろう」
悟空はこう言って、八戒と沙悟浄を連れて六百里鑽頭号山に向かった。
山に着き、枯松澗火雲洞に入った悟空は、
「おーい紅孩児、俺はお前の父上の牛魔王の義兄弟の孫悟空だ」
紅孩児はのっそりと出てきた。まだ背丈の低い子供である。
紅孩児は、後ろに5つの車を引いている。
「お前が父上の義兄弟?聞いてないぞそんなことは」
と、訝しそうに紅孩児は答えた。
「お前は知らないかもしれないが、俺はお前の父上の義兄弟で、お前が拐ったのは俺のお師匠様だ。お師匠様を返してくれ」
悟空は言ったが、
「知るか!西域に取経に行く坊主の肉はうまいというからな。お前らに渡すもんか!」
と紅孩児は悟空の言うことを聞かない。
「このわからず屋め!」
と言って、悟空は如意棒を持って紅孩児に向かっていった。
火炎槍を持った紅孩児は悟空と互角に近く渡り合ったが、紅孩児は戦いの経験が足りず、次第に悟空に押されていった。
紅孩児は口に呪文を唱えた。
後ろの5つの車は、木、火、土、金、水の5つをなぞらえた火車で、紅孩児の呪文でそれら5つの車が火を吹き出した。三昧真火である。
「あちっ!あちちっ!」
悟空は慌てて飛びのいた。悟空もハ戒も沙悟浄も、三昧真火の火に押されていく。
「どうもこの火には叶わん」悟空が言うと、
「兄貴、龍王に水をかけてもらえばどうだ?」
ハ戒が言うと、
「それだ!」
と悟空が頷いた。実は海松の馬は龍王の子の玉龍に喰われてしまっていて、玉龍が馬に化けて海松を乗せていた。
「沙悟浄!玉龍を連れてきてくれ!」
悟空が言うと、沙悟浄は洞窟を出て玉龍を連れてきた。
それだけでなく、玉龍は父の東海龍王に加え、西海龍王、南海龍王、北海龍王の四海龍王を連れてきた。
玉龍と四海龍王達は大雨を降らせて、紅孩児の三昧真火を消そうとしたが、火は消えるどころかますます強くなった。
とうとう悟空の体にまで火が点き、悟空は慌てて川に飛び込んだが、悟空は動けなくなってしまった。
その頃、佑月は東に向かって旅をしていた。
佑月は下野国(栃木県)に入り、大曽(宇都宮市大曽)を通りかかった。
(荒芽山に向かうには、ここから南下すればいいのか?)
佑月は方角がよくわからない。
(つーか犬士達と別れてからもう何ヶ月も経ってるんだけど、まだ犬士達はいるのか?)
とも思ったが、他に行く当てがない。そこに、
「大曽村の北西にある兎田という馬捨場に行け」
と声が聞こえた。
佑月が声の方を見ると、路傍の石に腰をかけている老人がいた。
その老人はふっと消えた。
(大曽の北西の兎田という馬捨場ーー)
佑月はその方向に向かった。
(荒目山への方角とは違う。クエストの以来だろう)
佑月はゲーム感覚でそう思った。
馬捨場に着くと、そこには10丈もある、数多くの目を持った、髪が刃のような妖怪がいた。
(でかい!)
佑月は慌てて、近くの廃屋の陰に隠れた。
(ーーあんな化け物、どうやって退治する?)
佑月が考えていると、近くに白骨死体が転がっているのに気づいた。
(ーーひっ!)
思わず声を上げそうになった。多分妖怪を退治しようとして殺されたのだろう。
佑月は妖怪の方を見た。妖怪は佑月に気づいていない。
白骨死体は、手に弓を握っていた。
(ーー弓?)
佑月が恐る恐る弓を手に取って持ち上げると、白骨死体の指の骨はぱらぱらと音を立てて落ちた。
白骨死体は、背中に矢を背負っている。
佑月は、弓の弦を弾いてみた。弦はびぃんと音を立てた。
(ーー使えそうだ)
佑月は妖怪を見た。まだ妖怪は佑月に気づいていない。
佑月はまた恐る恐る矢に手を伸ばし、矢を眺めて使えそうだと思うと、矢を弓の弦に当てて引き絞った。
(ーー弓の経験はさほどないが、前は一度当てたな)
佑月は矢を放った。
矢は妖怪の胸に命中した。
「ぎゃおー!」
と妖怪はけたたましい声を立てて、その場に倒れた。
(ーーなんだ、これで終わりか?こんな簡単なのが試練だってのか?)
佑月は多少の疑問を持ったが、それ以上の詮索をせずに、その場を離れて南へ向かった。
川を流れてくる悟空を、ハ戒が拾い上げた。
「悟空の兄貴、このまま生きてたらあと10000年は生きられたのに、こんなとこで死んじまってさぞ無念だろうなあ」
沙悟浄が悟空を憐れんで言うと、
「悟空の兄貴がこんなことで死ぬもんか。須弥山と泰山と峨眉山に潰されても死ななかったんだぜ?火傷と精神的なショックで気絶してるだけさ」
ハ戒はそう言って、悟空の体を揉み始めた。
「ハ戒の兄貴、何をしてるんだ?」沙悟浄が聞くと、
「これは、俺が天界で天篷元帥だった時に身につけた按摩禅法さ。この按摩で瀕死の兵士も息を吹き返す。さっきは久々に兄貴が負けて面白かったな。今まで兄貴ばかり手柄を挙げてたけど、今回は俺も役に立ったって訳だ」
やがて、
「お師匠様ー」
と悟空が呟いて息を吹き返した。
「紅孩児の三昧真火には正直敵わない。ここはいっそ、奴を騙してやるか」
と言って、悟空は変化の術で牛魔王に化けて、もう一度枯松澗火雲洞に向かった。
「紅孩児よ、元気でやっておるか」
と牛魔王に化けた悟空は、洞に入っていった。
「これは父上」
と、紅孩児は出てきてかしこまった。
「近くに寄ったのでな、休ませてくれ」
「もちろんです父上、昼食を用意いたしましょう」
「うむ、ところで紅孩児、もうそろそろここに西域に取経に行くお坊様が通りかかる頃だと思うが」
「はい父上、その坊主なら生け捕りにしております。丸焼きにいたしますので昼食に差し上げましょう」
「何?それはいかんぞ紅孩児」
「なぜでございますか?」
「いやなに、儂も齢を取って菩提心というものに目覚めてな、取経をして仏の教えを広めてくれるなどありがたいことではないか。ともかくそのお坊様は殺してはならん。生かして西域に旅立たせるのじゃ」
紅孩児はしばらく考えて、
「父上、母上の名前を仰ってください」と言った。
「何?」
「母上の名前です。父上ならば言えるはずでしょう」
「何を言うかと思ったら……お前の母の名は鉄仙公主(羅刹女)じゃ」
「父上の第二夫人の名は?」
「玉面公主じゃ」
「父上の弟の名は?」
「如意神仙」
牛魔王の義兄弟だった悟空は、この低度の知識は持っている。
「ならば私の誕生日は?」
「くっ……、いやしもうた、齢を取るとどうも忘れっぽくなってしまってな」
悟空はなんとかごまかそうとしたが、
「父上は毎年俺の誕生日を祝ってくれてたんだ!お前は偽物だな!」
と紅孩児は叫んだ。
「ちっ、この父親のろけの甘ったれが!」
と悟空は変化を解いて紅孩児にうちかかった。
悟空と紅孩児はしばらく打ち合っていたが、紅孩児が例の5台の車を引っ張ってきて三昧真火を吹き出したので、悟空はまたもや逃げざるを得なかった。
「こうなっては、もう観音様に助けを求めるしかない」
と悟空はハ戒と沙悟浄に言って、筋斗雲に乗り観音菩薩のいる補陀落山に向かった。
(なぜだ……)
佑月は自問を繰り返していた。
佑月は北に向かっている。
(なぜ俺は北に向かってるんだ……)
「桃太郎さん!鬼ヶ島は求めすぐです!」犬が言った。
(なぜここに犬と雉と猿がいるんだ……)
佑月は、犬と雉と猿を従えて歩いていた。
(なぜ俺はもう一度鬼退治をしようとしているんだー!)
佑月は心の中で叫んだ。
(そもそも俺は南に向かっていたんだぞ?それがなんで北に行くんだ?何の目印もない砂漠を歩いていると、真っ直ぐ歩いたつもりでも少しずつ曲がっていって元の場所に戻るって話を聞いたことがあるがそれが起こったのか?)
佑月にはわからない。
「桃太郎さん、鬼ヶ島に着きましたよ!」
と犬が言った。
(ああ……鬼と戦うのめっちゃ怖いんだぞ)
佑月はため息をついた。
「観音様、どうかお助けください」
と悟空は、観音菩薩の元で手を合わせて頼み込んだ。
「わかりました。まずは紅孩児の火を消しましょう。それと悟空、条件があります」
観音菩薩が言うので、
「なんでしょうか」
と悟空は改まって聞いた。
「紅孩児は私の弟子にしますので、火を消してもその場で倒さずにここに誘き寄せなさい」
こうして悟空は観音菩薩と共に3たび枯松澗火雲洞に向かった。