理性の手綱
昨年、前職の直属の上司だった人が逮捕された。詳しくは書けないが、ちゃっちい罪が明るみに出てそれでお縄になり、職を失ったらしい。限界集落のような場所だったので、テレビで報道されたとなると、もうその場所にはいられなくなったことは想像に容易い。ネットでフルネームを検索すると内容薄めのまとめサイトが出てきて少し驚いた。かつての同僚たちが対応に追われたのかと考えると、二重で胸が痛かった。
20代から大きな仕事に携わって、前例がない仕事をやり遂げて、若くして昇進した人だった。自分が部下だった頃も、それなりに信頼してついていっていたと思う。困ったら相談したし、指示を仰いだし、尻拭いをしてくれたことも数えきれない。そういった思い出も今や全く違った印象になってしまったけれども。
自分が在籍していた時、その人は別の不祥事を起こしていた。これは上層部とごく一部の関係者のみが知り、簡単に言えば揉み消され被害者への謝罪という形を持って蓋をされた。自分はこの事実を事故のように知ってしまったが為に、以降2年程に渡り口を噤まざるを得なかった。その上司の家族とも顔見知りだったし、お子さんもまだ学生だったので、もし告発したとしても誰も得をしないと思っていたのだ。こんな事実が知れ渡ったら、家族ごとここには住めなくなる、という程の内容だった。
でも、隠蔽された事実というのは必ずいつか暴かれると知った。どこから出たのかは分からないが、急にその噂がその土地中に知れ渡ったのである。自分は事実を以前から知っていたとも言えず、ただ初見リアクションを各所ですることしかできなかった。
結局その時点でその人は表向きに処分はされず、違う部署で再スタートを切ることになった。この時点で然るべき対応をしていたら、今回のような事態は間接的に防げたのかもしれない。(ちなみに自分はこの余波を受けて何故かホワイト部署に異動になったのでタナボタ感ありありだった)
そういえば自分が部下だった頃、自分を含めた若手社員が集まって食事をしていたら、その人が現れてこう言ったのを覚えている。
「お前らはまだ何のために生きてるか分からないようなもんだもんな」
おそらく、結婚して子供をもうけて、早めに昇進もし自らの家も所持していたその人から見た、自分たちへの評価を交えたジョークだったんだろう。自分は部下だったこともあって、「うわ、酷いこと言いますね笑」と咄嗟に返したが、その場が一瞬凍りついたのは確かだった。今や仕事も失い家族にも離れられ、住む場所も変えざるを得なくなったことを考えると、皮肉以外の何物でもない。
それでもやはり虚しさのようなものは感じる。いっときでも信頼していた上司。優秀すぎるが故に恐怖も感じていたけど、厳しさも優しさも、そしてある程度の適当さも持ち合わせた余裕のある人だった。住んでいた土地の人からも信頼されていたように思う。
外から見てある程度の富と名声を得た人でも、それはやはり外から見ていたに過ぎず、その内側に絶対に分からない部分が存在するんだ。自分は今のところ富も名声もそれ以外の色々にも縁がない気がするけど、今確かに存在する繋がりやある程度の自由さへの有難さは、失う前に気付くべきだし、忘れてはいけないと感じた。
自分自身への過度な戒めは必要ないと最近特に思うけれど、普段から当たり前に働いてくれている理性が自分を守ってくれているんだな、と思う。冒険できない、捨て身になりきれない、良く言えば堅実な自分をつまらないなと感じる時が多いものの、それが命綱になっている瞬間がきっとある。ただ実感していないだけで、これまでもきっと存在した。そう考えると、あぁつまらないつまらないと感じていた自分も、それなりに悪くないのかも知れない。