兄
3つ違いの兄がいる。兄弟仲が異常に良く、喧嘩した記憶は10数回くらいしかない。その代わり1回1回がやたらに重かった気がするが。でも自分が中学生になった以降はまともに喧嘩した記憶すら無い。近所の人も「仲の良い兄弟」と認識していた程。遊ぶときはいつも一緒。小学生の時は、兄が友達と遊ぶ時にも何故か一緒にいるくらいほぼ常にくっついていた。
兄は基本何でもできる人だった。勉強もピアノもスポーツも自分よりできて、でもそれを鼻にかけない性格、というか完全に3枚目陽キャだったので友人も多かった。それ故にここまでの字面で受ける印象程モテていた記憶はあまり無い。
田舎で生徒数が少なかったというのもあるからとは思うが、勉強では常に学年トップだった。今思えばだが、本人がトップを維持したかったというよりかは、父親が割とそれに拘っていた感があったように思う。その証拠に、偏差値70超えの高校に進学し親元=監視の目を離れた瞬間良い意味で一気に堕落した。その様子を見て子供ながらにちょっと安心感に似たものを感じたのを憶えている。
本人が割としんどい受験生街道を走らされていたからなのか、自分が受験生のころはかなり気にかけてくれていた。勉強でわからないところがあったら電話で聞きにこい、その他で分からないことがあっても聞きにこい、と言ってくれていた。こんな二次元みたいな兄が今時いるだろうか。
地頭の良さだけではなくピアノも自分より技術的に秀でていた。4歳から習い始めて、おそらく一度もまともに停滞することなく中学卒業まで続けていた。その証拠に自分は全く追いつくことなくピアノ生涯を終えた。ていうか追いつくどころか引き離されて終了っす。お粗末。
ここまで書いていて不思議なのだが、こんなに差がある兄弟だったのにも関わらず、自分は兄に嫉妬を感じたことが一度もなかった。兄が褒められていれば「そう、この人すごいんだよね」と思っていたし、なんなら兄の方が優遇されて当然とさえ感じていた。自分で言うのもちょっと恥ずかしいが、何の迷いも疑いもなく、自分にとって自慢の兄だったのである。
今でもその思いに変わりはない。追いつけないことに何の妬みも嫉みもない。だけど社会人になって、それを許してはくれない目に幾度となく出会ってからは、途端に身の振る舞い方がわからなくなった。兄が歩んだ道を当然のように求められることが、このタイミングから如実に増えたのである。
田舎故の閉鎖的なコミュニティに加え、親戚の目や家族の目、そして兄を経由して増えた「血の繋がりのない家族」からの目を意識する日々。当の本人達はおそらく気づきすらしなかっただろうが、自分は彼らの理想に沿う自分に近づくことに必死だった。それが家族孝行なのだと勘違いしていた。
今になって思うが、自分の心を100%犠牲にしてする行為など、到底孝行とは呼べない。当時の自分はそれに気づくことはできなかった。でも今なら分かる。自分の意思を最後尾に差し置いて為す行動なんかに意味も価値も無いのだ。
そしてついに限界が来て今に至る。雁字搦めになっていた自分を救う為だけに全部を放り投げて東京に来た。兄とは(というかそれ以外の関係もほぼ全てだが)それ以来一切連絡を取っていない、音信不通の弟7年目である。
子供の頃母から、「どんなに仲が良くても、それが壊れてしまう時もある」と言う話を聞かされたことがある。自分はその時真っ先に、「兄ちゃんとはそうはならないな」と思った記憶が残っていて、それを信じて疑わなかった。まさかウン10年後に自らその道を辿るとは。当時の自分に伝えても絶対に信じてくれないだろうな。
兄は子沢山で、今は子育てに奔走している様子であることが、SNSをたまに見にいくと把握できる(こっちが一方的に把握しているという姑息さ)。7年も経っているし、そろそろ自分を時々ぼんやり思い出すくらいになってくれるだろうと思っていたのだが。
そこに、「家族に恵まれてもう既にこの世に未練ないくらいだけど、弟に会うまでは死ねない」と書かれていた。家族の関係というものは、自分が思っているよりやはり相当根強い繋がりらしい。当然と言えば当然なのだが。これが放り投げた側と投げられた側の明確な意識の違いかもしれない。
正直それを見た時、嬉しいとも悲しいとも違う、何とも言えない感情になった。そして想像してみても、再会を具体的に全く考えられない。というよりまず合わす顔が無い。
途中で書いたように、自分を差し置いてする行動に意味はないと自覚しているので、きっと会わなければいけないと思うまで、その時は来ないのだと思う。もしその時が手遅れだったら?と当然考えるが、その時になってみないと分からないものは分からない。
でもきっとこうやって何かを吐き出そうとしているということは、会わずにいることを後ろめたく思う自分がやはりいるのだ。兄から絶えず愛情を注がれていた子供の頃の自分が、今の自分の、服の裾を強く掴んで離してくれない。その手を完全に振り解いて、今度は当時の自分を捨てる時まで、きっと葛藤は続いていくのだなと、漠然と思っている。