沈む話
鬱になる。
病院では鬱と診断されてないけど、病気のせいにして。
少しガラついた喉を咳払いして自販機を眺める。保険証が入った軽い財布の中身には少し辛い価格設定。心の中でため息を吐きながら駅へと重い足を進ませる。
旅の象徴から恐怖の象徴になったSuicaを鳴らしながらホームに向かう。
後ろから制服が3人ほど歩いてくる。自分と重ね合わせようと頭が回り、そして物語じみた自分の姿に嫌気がさしてシャットダウン。
「まもなくー、2番線にー、電車がー、参りますー。」
特に意味もなく点線の内側に入ってみる。前に踏み出せば楽になれると知っているのに、今日一番に重くなる自分の足。
こんな私を後ろから押してくれ、という間接自殺が風圧と共に到着する電車に流される。
命より大事なスマホを必要以上の力で持ち、足早にホームの隙間を飛び越え逃げるようにイヤホンを耳に当てる。
「死にたい時に聞く曲」プレイリストの頭、何度も見たサムネイル。
広告が流れない事に1ミクロの嬉しさを感じつつ、嫌に詩的なコメントを流し見。
臭いセリフと耳触りの良い食感の無味有臭ガムを眺めながら目を閉じる。
ドアから入る少しの秋風、身体に染みる1/fゆらぎに身を任せ感動物語の主人公となる私。
だんだん追いつくリアルに物語の中の私は殺されて、今日の残り時間を告げる帰宅チャイムによる目眩性ノスタルジーに心が沈む。
ランダム再生3本分の間にほぼ沈みきった太陽を背に自分の部屋へ歩き出す。
酒にも夢にも溺れることの出来ない者は、薄暗闇に歩く自分に軽く心酔しながら帰路に着く。
履歴に残った曲にほろ酔い気分でコメント。
いつの間にか目の前の自分の家の鍵を開けて無言で靴を脱ぐ。階段を上り部屋のベッドに優しくダイブ。
オーバーヒート寸前の頭の電源を落として、泥のように体を沈める。
沈むように眠る。
このまま永眠できるように。
このまま三途に沈めるように。