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へんてこりんでいとおしいうどん…、山本屋本店の味噌煮込み

日本にある飲食店を、どこでも一軒、自分のものにできるとしたらどの店を選ぶか?
20年くらい前のボクは「山本屋エスカ店」と即答してた。

「超」がつく繁盛店でした。
駅前地下街の外れといった場所にあり、なのに一日ずっと行列。
お店にやってくるお客様のほぼ半分は地元の人たち、残り半分は名古屋に出張でやってくる人たち。
関西からやってきたんでしょう…、お国訛りの先輩が後輩に「ここのうどんはびっくりするほど硬くてへんてこりんなんだ。でもクセになるから注意しろよ」っていいながら待っていたりする。

「へんてこりん」と称される。
なのに行列ができるほどに人気があるということは唯一無二の特徴があるということ。
しかもメニューは絞り込まれていて基本味噌煮込みうどんだけ。
サイズが並と「一半」と呼ばれる1.5人前の大盛り2種類。
かしわ、卵を入れるか入れぬか。
ご飯がサイドにつくかというだけ。
カンスイを加えず生地を鍛えることで硬さを出した麺を味噌だしをはった土鍋に直接入れて、グツグツ煮込んでそのまま提供。つまり調理器がそのまま器になるという合理的な仕組みも見事。
その上、うどん屋でありながらすべての商品が1000円を遥かにこえる高単価。

ボクが自分のものにしたいと思う理由のひとつが「これほど儲かる店はないだろう」と思ったから。
外食コンサルタントとしての虫が騒ぐとでもいいますか…、この店一軒でちょっとした外食チェーン一社分のパワーがあると思ったのです。

商品力もすごかった。
味噌煮込みうどんといえば名古屋を中心とした東海地方で広く食べられる郷土料理。
だからライバルはたくさんいる。
けれどこの店の味噌煮込みうどんほど、硬く、味噌の風味や味わいが強い煮込みうどんは他にない。
味噌の酸味や渋みが強く、その赤味噌に負けぬ濃厚な出汁。おいしい煮込みうどんのお店が名古屋にはたくさんあるけど、これほどへんてこりんで独特で、だから思い出に残る煮込みうどんは他に無い。

それに加えてサービスがよい…、というのも特徴でなにからなにまでうやうやしい。
煮込んで仕上げるうどんですから提供時間が少々かかる。その間、漬物を食べて過ごして…、と提供される漬物がおいしい上にお替わり自由。しかも「おかわりください」なんて無粋なことを言わずとも「おかわりいかがですか?」とお店の人が大きな鉢をもってくる。
「おかわりください」と「おかわりいかがですか?」の差は大きい!

今でも十分にへんてこりんでうやうやしさは変わらない。
けれどメニューの種類は増えました。
キツネに天ぷら、しじみにニラ。エビの天ぷらなどと多彩。季節によっては鶏のささみと九条ねぎなんて具材も提案されてて、今の売りは激辛に炊いた牛モツうどん。
同じことだけをずっとやり続け、お客様を満足させることが一番なのでしょうけど新しい提案もしなくちゃいけなくもある。なやましいところでしょうネ。

ボクのオキニイリは黒豚煮込みうどんです。
土鍋の蓋の隙間からシュッシュと蒸気が噴き出しながらやってきます。なかはグツグツ、スープはいまだ沸騰していて蒸気と一緒においしい味噌と出汁の香りがただよってくる。
赤味噌独特の酸味を帯びた濃厚な香りが漂う。
土鍋の縁までなみなみの汁。具材が蓋して麺は見えない。箸をさしこみ麺をグルンとひっぱりだすと、湯気がフワリと湧いてカメラのレンズを曇らす。
麺は太いです。
しかも固くて自由にならない。
鍋の中で煮込まれながらよじれた姿のままでスッと持ち上がり、口に運ぶまで形はそのまま。蓋に食べる分だけ麺や具材や汁をうつして食べるお作法。
ほどよく冷める。蓋を持ち上げ口元に運んで食べれば、汁が飛び散るリスクもなくなる。そのため蓋には蒸気を逃がす穴がない…、というのがたのしい。
一味をパラリとかけてパクリ。
コシはない。表面から芯にかけてすべてが硬い。塩をつかわず仕上げているから染み込む味噌や出汁の旨味が素直に口にやってくる。噛めば噛むほど小麦の甘みや香りが広がり、その独特にウットリします。

味が強い。黒豚の量もたっぷりで、ご飯をねだる。
注文するときに「生卵は大丈夫ですか?」と聞かれる。
苦手です…、っていうと半熟になさいますか?それとももっと固くしますか?って聞いてくれる。
白身硬めの半熟で…、ってお願いしたらそんな感じにしっかり仕上てくれる。玉子を鍋の中に落とすタイミングで調整しているんですって、そういうちょっとした心遣いがとてもうれしい。

いろんな思い出のある店、商品。
例えば讃岐生まれの父が腹ペコでこの店にきて、一口食べて「コレはうどんじゃない」といい、そのまま向かいの「よしだ」に飛び込みきしめん食べた。
それから二度と食べることがなかった料理。
そうそう。
ココのうどんをイタリアから来たシェフに食べてもらったことがある。もう30年ほども前のコト。日本で売れるパスタを共同開発しようと、まずは日本のいろんな麺を食べてみたい。中でももっとも特徴のあるモノを食べたいというのでココ。
一口食べて、絶句しました。
そして一言。「オソロシイ…」って(笑)。
まずいとか、旨いとかじゃなくてこんな麺が存在している日本という口の文化の多様と多彩なところ。それを「オソロシイ」と表現したのでしょう。ガラスの仮面で、「恐ろしい子、北島マヤ」と思わず絶句してしまった姫川亜弓の気持ちだったに違いない(笑)。


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