夏が来れば思い出すのははるかな尾瀬、冬がくると鍋焼きそばを思い出すのだ…。
家の近所の志な乃で虫養い。
新宿から四谷、麹町を抜け皇居に向かって一直線に走る幹線道路に面してあって、なのに鄙びた風情漂う不思議なエリア。
伊勢丹まで歩いて10分もかからぬ場所です。
にもかかわらずどこか郊外めいたムードがあって、すぐ裏側が新宿御苑ということが一因なんでしょうネ。
都会のエアポケットみたいな感じで、通りを歩く人もまばら。
ガラガラッと入り口の引き戸をあけて中に入ると、お店の中ものどかな雰囲気。
民芸調とでもいいますか。年季の入ったお店のしつらえ。事前の情報がまるでなくても「ここがそば屋なんだろうなぁ」とわかるのがよい。お店を満たすおいしい出汁の匂いにお腹がグーとなる。
お店のテーブルはみな四人がけ。
お昼どきを除くとやってくるのはほぼ1人客。
相席を求められることもなく、大きなテーブルを独り占めできる程度に静かというのがしみじみ落ち着く。
肌寒さを感じると思い出す店でもあります。
理由は「鍋焼きそば」なんて料理がメニューがあるから。
鍋焼きそば…。
メニューの種類は絞り込まれて限られている。
もりそばにうどん。それらのあいのり。けんちんそばに天ぷら、そして鍋焼きのそば。はじめてメニューに発見したときにはドキドキしました。蕎麦を煮込んだらどうなっちゃうんだろう…、とその仕上がりがイメージできず、でも気になって何度目かにおそるおそるたのんでみた。
やってきたのは柄付きの鉄鍋。
グツグツしてた。
鉄鍋をまたぐように乗せられている大きなエビの天ぷら一本。
かまぼこ、椎茸、大葉にネギが浮かんで、第一印象は鍋焼きうどんのように見えた。
麺も細めのうどんのよう。
ところが箸で引き上げて、見るとそれはまさしく蕎麦。
ここの蕎麦は太めでがっしり。
歯ごたえのある噛んでたのしむタイプの十割。
少々煮込んで熱が入ってもグズグズになってしまうことなく麺の形をしっかり保つ。しかも歯ごたえもほどよく残り、噛むとネットリ粘ってとろける。むっちりとした食感が細い蕎麦がきのようにも感じてとても独特。汁との一体感もうどん以上で、こりゃおいしいとたちまちファンになっちゃった。
食べ続けると具材がゴロゴロ飛び出してくる。ニンジン、いんげん、ぶつ切りにした鶏のもも肉。ニンジンがニンジンの香りを持ったニンジンらしいニンジンで、他の具材もひとつひとつがしっかりしてる。
天ぷらのエビも上等で、しっぽもパリパリ、香ばしい。
鍋の底に玉子が一個。もうどうだろう…、20杯はここで鍋焼きそばを食べたでしょうか。最初の5回ほどは「卵は硬めでお願いします」って注文してた。ある日「卵は硬めでいいんですよね」と聞かれてそれからずっと卵は硬めになってる。ありがたいなぁ…、うれしいもてなし。
それにしてもここの汁は本当においしい。色白、けれど強い旨味と塩がきっぱりきいている。いろんな具材の風味がまじり、おいしい出汁がいっそうおいしい出汁になる。鍋焼きという料理のステキを心置きなく味わった。