
絵双六のこと
絵双六ってどんな遊び?

国立文化財機構所蔵品統合検索システム
(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-2896?locale=ja)
バナーの豊国の錦絵と同様、歌舞伎狂言の「恋女房染分手綱」の重の井子別れの段を題材にした作品。幼くして両親と別れ、政略結婚のため遠国へ向かうことになった調姫は、旅立ちを嫌がります。それをなだめる場面に道中双六が登場します。
絵双六は、日本ではお正月の遊びとして古くから親しまれたもので、江戸時代から昭和戦前期まで多くの絵双六が作られました。かつてほどではありませんが、現在でも幼児向けの雑誌附録や、オンラインゲームなどに形を変え、遊ばれています。絵双六はいわゆる「ボードゲーム」の一種です。スタート地点にあたる「振り出し」からゴールの「上がり」まで、サイコロの目にしたがってコマを進め、一番早く上がりに到達した人が勝ちとなる、というゲームです。こうした形態のゲームは、日本特有のものではなく、世界各地に存在しています。そもそもどこで始まったのか、どのように伝播して世界中に広まったのか、はたまた複数の場所で発生し、それぞれの時代や地域で発展したのか、そのあたりのはっきりとしたことは現時点ではわからず、多くの方によって研究が続けられています。
二つの「すごろく」
実は日本には「すごろく」の名を持つ遊びが二つあります。
ひとつは盤双六と呼ばれるもので、碁や将棋のような盤上遊戯の一種になります。長方形の盤面が2列×12マスで区切られており、2人で競います。遊び方は、現在も遊ばれているバックギャモンのルールに近いものだったようです。日本では、7世紀ころにはかなり普及していたと見られており、日本書紀に禁令が出されたことも記録されています。正倉院宝物には奈良時代の制作とされる「木画紫檀双六局」など、全部で5面の雙六盤があり、現存する貴重なものとして知られています。
盤双六の日本への伝播については、清水康二さんの論文「雙六の伝来経路に関する再検討」に詳しいです。

木内省古/作 昭和7年(1932)(原品は奈良時代・8世紀) 東京国立博物館/蔵
国立博物館所蔵品統合検索システム(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/H-1139)
マスは長方形ではなく、花弁情になっているのが特徴的な雙六盤。
長方形のタイプとは伝播経路が違うと考えられています。

江戸時代 19世紀 京都国立博物館/蔵
黒漆の地に草花が金蒔絵で施された美しい双六盤。縦約30㎝、横約40㎝、高さ約20㎝の直方体。
国立博物館所蔵品統合検索システム(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/kyohaku/H乙226)
平安時代以降は、さまざまな文芸作品や絵巻などにも登場しており、朱雀門の上で鬼と紀長谷雄が双六で勝負する物語を描いた平安初期成立の絵巻物「長谷雄草紙」は特に有名です。長く庶民層も含め遊ばれた遊戯でしたが、江戸時代の半ばころにはほぼ遊ばれなくなった、と考えられています。

西川祐信/画 菊屋喜兵衛/版 元文5 年(1740)
国立国会図書館デジタルコレクション
httpsdl.ndl.go.jppid2534221 (参照 2025-02-12)digidepo_2534221_0035
吉田兼好の『徒然草』を元にした絵本。人物や風俗は江戸時代に置き換えられています。
図は第110段の場面を描いたもの。双六の名人に勝利のコツを尋ねたところ、勝負ごとは勝とうと思って臨むのではなく、負けてはならないという気構えで臨むべきだ、と諭された、とあります。
盤双六が衰退するのと入れ替わるように、さまざまな記録類にもうひとつの双六、絵双六の名が現れるようになります。遺されている文献などには、双六、雙六、しゅころくなど、さまざまな表記で登場するので、盤双六なのか、絵双六なのか、名前からだけでは判断ができない場合が多いのですが、合わせて記述されている遊び方の説明などを見ると、どちらの双六なのかは判別できます。「すごろく」が登場する文献や史料を年代順に追ってみていくと、平安時代以前の古い時代のものはほぼ盤双六であり、室町時代に入ると絵双六にあたるものの記述が現れ始め、江戸後期にはほぼ絵双六を指す、という流れが見えてきます。特に、出版文化が発展し、浮世絵師が多くの錦絵を描くようになる江戸時代中期以降は、庶民のお正月の遊びを代表する物となり、明治以降は少年少女雑誌の正月号附録として定番となり、遊びつがれました。この二つは同じ「すごろく」を名にもちますが、ルールも形状も異なるもので、共通点としてあげられるのは、サイコロを使って遊ぶ、という点になります。盤双六から絵双六が派生したという説もありますが、ここも諸説あり議論が分かれているところです。このnoteでは、二つの「すごろく」のうち、絵双六について述べていこうと思っています。
絵双六の特徴
① 遊びの要素
ではまず、絵双六という遊びが、どのような特徴を持っているのか、簡単に説明していきたいと思います。
まず、絵双六が持つ「要素」—絶対的な条件、と言ってもいいかもしれません―についてあげてみましょう。
・一枚の紙に、複数のマスが置かれ、全体としてあるテーマに基づいたバーチャルな空間が作られます。
・その空間の中に、スタート地点にあたる「振り出し」とゴール地点にあたる「上がり」が置かれます。「振り出し」から「上がり」へは、何らかの価値の上昇が設定されます。
・複数の遊戯者が上りへの到達のスピードを競う、競走の要素があります。
・コマの進む先は、サイコロやそれに準ずるツール(ルーレットや算木など)によって決められるという、偶然性の要素があります。
つまりまとめてみると、
振り出しから上がりまで、バーチャルな空間の中で、サイコロなどの偶然の指示に従ってマスをたどってコマを進め、より早くゴールに到達することを競うゲーム
ということになります。
マスをたどって進むコマは、各遊戯者の分身であり、バーチャルな空間の中で目指すゴールへの「ルート」を作ることになります。このルートは、振り出しと上がりの間に価値の上昇があることから、必然的に上がりは単なる到達点ではなく、「目指すべき価値のある最上の場(もしくはモノ)」という意味合いを含むことになります。まずはこの点をおさえておきたいと思います。
② 内容と構成
次に、絵双六の内容と画面構成上の特徴についてみてみます。
絵双六は一枚の大きな紙にいくつかのマス(四角だったり、丸だったり、レイアウトやデザインにより工夫されます)が描かれます。その大きな紙=空間は、一つのテーマを持っており、そのテーマに沿って描かれた個々のマスによって全体が構成されています。
テーマによってマスの配置(レイアウト)のパターンと、そのマスの中を動くコマの移動パターンが決まっていきます。この構成上の特徴があるため、絵双六の作者による創意工夫がされやすく、多種多様な絵双六が作られることになりました。
それぞれについて見ていきましょう。
〇テーマ
言ってみれば、人間の生活の中のありとあらゆるものがテーマとして取り上げられています。ただ、いずれも「あるカテゴリーの中での最上を目指す」という絵双六の重要な要素に沿うものとなります。これを、若干大胆に分類すると、以下の3つに大別できます。
・空間の移動
例:日本橋から京への旅 名所巡り 世界旅行 未来や宇宙への旅 などなど
・人生の盛衰
例:輪廻転生 出世 などなど
・人気ランキング
例:番付 役者のランキング 名物・名所のランキング などなど
〇画面構成
次に、画面構成(レイアウト)上の特徴としては、次の2種に大別されます。
・階層的なレイアウト
マスの配置が、下段から上段まで、階層的に配置されるタイプです。段が上がっていくにつれ、地位やランクが上がっていくようにマスが置かれていきます。
振り出しは下段の右端や下段中央、上りは上段の左端や上段中央に置かれる場合が多いです。
・螺旋状のレイアウト
右下の振り出しから画面中央の上がりまで、マスが渦を巻くように繋がって配置されるタイプです。マスの上辺の線で切り離していくと、絵巻物のように一枚の繋がった絵になるような構成となっています。

いずれの場合も、きっちりとした四角形のマスで区画されるもののほか、例えばカルタや扇など、テーマに合わせたデザインのマスで配置する場合もあり、バリエーションは豊かです。
〇コマの移動パターン
特定のテーマ、画面構成を持った絵双六の紙の上を動くコマにも、移動のパターンがあります。こちらも大別すると次の2つにまとめられます。
・飛び
画面上の各マスを、コマが「飛んでいくように」移動するパターンです。振り出しと各マスには、「一の目がでたら〇〇のマスに行きなさい」というように次の行き先の指示が書かれてあり、それぞれの遊戯者はその指示にしたがって自分のコマを進めていきます。出した目に対して行き先の指示が書いてない場合は、そのマスにとどまり次の順番を待つ、というルールになります。とんとん拍子に進んで一気に上がりに到達したり、逆に最下段のマスにドーンと落ちたり、コマの動きは偶然に支配されることが多く、ドキドキハラハラ感が高くなります。
・廻り
こちらは、振り出しから上がりまで、振ったサイコロの目の数だけ前にコマを進める、というパターンです。偶然性からくる不規則なコマの動きとなる「飛び」に対して、前へ前へと順路に従ってコマを進めていくため、遊戯者同士がゴールへの到達の早さを競う要素がより強くなります。ところどころに、「一回休み」「振り出しに戻る」という指示があるマスが置かれており、行きつ戻りつを楽しむ工夫がされています。
階層的な画面構成の絵双六では、階層間の上下移動が主となるので、コマの移動パターンは「飛び」となることが多いです。こうした形式の絵双六には、例えば現世と来世を行き来する輪廻転生や、出世、力士や役者のランキングなどが相性のよいテーマとなります。
逆に、螺旋状の構成の場合は、一つのルートを順々に進むため、コマの移動パターンは「廻り」となるケースが多いです。こちらは、東海道五十三次を巡り京都を目指す道中双六など、一定のルートが形成されている空間での移動をテーマとしたものが多く作られました。

さらに、両者の要素を兼ね備えたハイブリッドタイプの絵双六も考案されました。コマの移動が基本は「廻り」ですが、時々「飛び」の指示が入る「飛び廻り双六」や、画面上に二つのルートが構成されていて、それぞれの道をたどる「振り分け双六」などがその例と言えるでしょう。
テーマ+画面構成+コマの移動パターンの組み合わせにより、さまざまな形式の絵双六が考案され、結果的に多くの種類が生み出されました。
絵双六が教えてくれること
絵双六は、絵と文字によって構成されています。それぞれの絵双六が作られた時代の風景や風俗、流行のファッション、グルメ、人気役者など、画面上に描かれる事柄からは、文字情報とともにたくさんのビジュアルな情報を得ることができます。それゆえに、絵双六は時代の様相を視覚的に伝える図版としてもよく利用されています。
これに加え、これまで説明してきた絵双六の構成上の要素や特徴から、絵だけでは得られない、「価値観」についての情報も内包している、ということが言えると思います。絵双六が「ひとりで遊ぶ遊戯ではない」、つまり複数の人が同時に遊ぶものであり、出版によって不特定多数のひとびとの手に渡ることから、そこに描かれている内容が共有されていないと、遊びとしての面白さも共有できない、ということになり、そのため絵双六には同時代の価値観が反映されやすい、という特徴を持つことになります。
ここが、それぞれの絵双六が作られた時代の、その遊び手であった市井の人々の持っていた価値観―何が人生においての幸福なのか、何が好きなのか、何が憧れなのか、といった思いを分析するのにこのゲームがとても役にたつ、と私が考えている大きな理由になります。
今は誰もが自分の意見や考えを、文章や映像にして発信できる時代です。なので、時代の価値観のようなものを分析する素材となるものに事欠かないといってもいいでしょう。絵双六は、それに代わるもの、とまでは言えないかもしれませんが、江戸から明治、大正を生きたひとびとの価値観について多くの情報を提供してくれるものだ、と考えられます。
このnoteでは、こうした視点から絵双六をとらえ、おいおい読み解いていきたいと思います。