構想10年の価値体系をもとに、お客様に「喜んでもらえる海苔」を
坂井海苔店のこと
みなさま、はじめまして。愛知県名古屋市にある株式会社坂井海苔店の坂井宏と申します。
家業に入り、14年。海苔業界に身を置く中で、問屋として海苔をただ売っていればよかった時代ではなくなったと感じるようになりました。
海苔問屋という立ち位置で、何かできることはないのか?
事業領域の見直しを図り、行き着いたのは海や海苔のことを、海苔を食すみなさんたちへ広く発信していくことでした。noteへの投稿もその一環です。また、新たに始めたワークショップも、ご好評をいただいています。初投稿の今回は、坂井海苔店の想いやワークショップ開催の経緯や内容などをお伝えします。
最初に、坂井海苔店のことを少しお話しします。
創業は大正9年(1920年)。曾祖父の坂井末吉が、今も本社を置く愛知県海部郡飛島村の地先に広がる遠浅の海で養殖された海苔を仕入れ、自転車に積み、名古屋に売りに行ったことに始まります。以来、時代は変わっても、「美味しい海苔で喜んでいただきたい」という変わらぬ想いのもと事業を続けてきました。
現在は、業務用卸しの他、寿司店などプロ向け商品の販売、一般消費者向けの小売販売を手掛け、名古屋市の名駅五丁目の堀川沿いに「名古屋店」、名駅4丁目のマルナカ食品センター内に「柳橋中央市場店」を構えています。名古屋店の2・3階が加工場で、選別から焼き上げ、検品、仕分け、パック・包装までを行っています。
激減している、海苔の生産枚数
その年の海苔養殖は、海水が冷たくなる10月下旬ごろから始まります。生産者さんが海苔のタネがついた海苔網を海に張り、収穫は11月下頃からからおよそ4ヶ月間続きます。
生産者さんが生産した海苔を束ね、検査・等級付けをするのが各地域の漁業共同組合さんで、県の漁連さん(漁業協同組合連合会)が県内で生産された海苔を集荷し、入札会を開きます。そして、入札権を持つ弊社のような海苔問屋(商社)が買い付けをします。
買い付けた海苔を販売し、流通させる我々問屋は、当然のことですが、海苔が生産されなければ、流通させることはできません。
ところが近年、海苔の生産枚数が激減しています。平成13年度は105億枚だった生産枚数がこの20数年でどんどん減少し、令和4年度はとうとう50億枚を切ってしまいました。
海苔がたくさん生産されているときは、問屋としては「漁師さん、いいもの作ってくださいね」でよかったでしょう。でも、生産枚数がピーク時の半分以下という、生産そのものが危ぶまれている時代になってしまった。
こうなると、いくら流通担当の我々でも「いいものを作ってくださいね、売りますから」というスタンスいるだけではダメだと強く思うようになりました。
海のこと、海苔のこと、海苔生産のこと、海苔が直面している現状を、自分たちもちゃんと知らないといけない。そして知り得たことを、次は海苔を買う人、食べる人たちに伝えていかないと、と思い至ったのです。
その発信手段の一つとして昨年から「ワープショップ」を開催しています。
温暖化と「海の食物連鎖」
海苔の生産が激減しつつある原因は、環境問題の一つ、地球温暖化にあります。
海苔は冬が漁期ですが、温暖化の影響で漁期が短くなってきています。また、海水温も上昇。そうすると海苔が病気に感染するなどして質が下がり、思ったように生産量が上がらなくなってしまうのです。
この温暖化による現状を伝えるために、ワークショップでは「海の食物連鎖」のお話もしています。海苔が育つ漁場となる海に、大きな影響を与えるのがそこに流れ込む川です。川が、森や畑の有機物を雨水に溶かして海に運んでいます。生活排水も栄養の一部で、それら栄養を川が運ぶ。「川の恩恵」というやつです。
川にダムができてしまうと、栄養が海に運ばれなくなることがあります。また、栄養が流れてきても、海水温が高いと植物プランクトンが活性化し、栄養が海苔にいかずに植物プランクトンにとられ、いい海苔が育たなくなるのです。
多少気温が高くても冬の冷たい風が吹くと海面は冷やされ、海苔が育ちやすい海水温になっていきます。ところが、風も吹かずポカポカで、雨も降らない冬となると、海水温が下がらす海苔は育ちません。今シーズン、記録的な不作に見舞われた有明海はまさにこの状態でした。それでも1月に大寒波がやってきて状況は一変。いい海苔が育つ状態となり持ち直しました。
海苔はそれほど自然の影響を受ける食材で、自然の絶妙なバランスによって成り立っているものでもあるのです。
食べ比べや焼き体験
「産地による海苔の違い」も、みなさんに知ってもらいたいところです。
海苔は産地によって違いや特徴があり、同じ産地の海苔でも年によっても違いがあるほどです。淡水と海水が混ざり合う漁場となる海の環境や地形、川から海に運ばれる栄養状態が、その産地特有のその年の海苔の味、美味しさとなるからです。
ワークショップでは、産地や等級の違う「海苔の食べ比べ」を取り入れ、産地による海苔の違いを体験してもらいます。また、乾海苔(ほしのり)を自分で炙って、香り・味・食感などを体感する「海苔焼き体験」も行っています。
便利になった今の時代、あらかじめ焼かれてパック詰めされた海苔しか知らない方も多く、焼いていないとれたての乾海苔(ほしのり)に触れる機会はなかなか少ないのではないでしょうか。でも、海苔の本当のおいしさというものは、とれたての乾海苔の風味を味わってこそわかるものだと思っています。
海苔だけでなく食材全般に言えることですが、素材自体の風味を味わうことを知らないと、食文化がどんどん貧しくなっていくような気さえします。乾海苔をそのまま食べたときと、炙ってから食べたときの違いに驚かれる方がほとんどで、参加者さんにとって貴重な体験となっているようです。
参加者さんの感想は、
「海苔の味がこんなにいろいろあるとは知らなかった」
「自分の好みの海苔が分かった」
「乾海苔を初めて食べたが、これもいける」
「温暖化、ほんとどうにかしないと」
などなど。ワークショップを通じ、奥深い海苔の世界に触れていただけていると感じています。
坂井海苔店のワークショップ 詳細&お申し込み
いい海苔とは、「喜んでもらえる海苔」
坂井海苔店の商品カテゴリには、「一番摘み焼のりプレミアム」「一番摘み焼のり」「産地別焼のり」「本場寿司」などがあり、産地別では、知多、鳥羽、桑名、三河湾、有明海の海苔を揃えています。
現在の商品ラインナップには、10年ほど前には扱っていなかった値段的に高いものも並ぶようになりました。10年前の坂井海苔店は今よりもリーズナブルな海苔を中心に販売していて、業務用海苔を卸していた寿司屋さんがどんどん姿を消していった頃でもありました。今後もうちが継続していくためには何が必要だろう?自分たちの強みは何だろう?と、当時ずっと考えていました。
あれこれ挑戦するより、何か一つに絞って取り組んでいくのがいいのではないか。その一つを模索していた時に、気づいたのが「今ある海苔」が「今いるお客様」にすごく「貢献している」ことでした。
それまでは私自身も一般的な見方と同じように、高級な海苔がいい海苔だと思っていましたが、そうではなかったのです。お客様の用途や好みに合った「喜んでもらえる海苔」が、いい海苔だったのです。だったら、お客様の役に立っている今ある海苔をベースにして、その上のラインナップを作っていったらどうなるだろう?と商品を作っていきました。
坂井海苔店独自の価値体系を構築
5年ほど前に、当時扱っていたいくつかの初摘み(一番摘み)海苔の成分を専門機関に検査してもらいました。味の調整ができない天産物である海苔を、可能な限り安定した品質・美味しさで提供していくために、目安とするデータが欲しかったからです。
その検査数値を基に「うま味軸」と「塩味軸」で表わしてみたら、図表の位置関係が実際に食べた感想に近いことが分かりました。これを根拠にして、坂井海苔店独自の価値体系を構築していくことができました。
海苔の価値というものは、海苔屋さんそれぞれが持っていますし、結構伝統的に引き継いでいくものでもあります。坂井海苔店が、価値があるとしている海苔は、他の海苔屋さんにしてみればそれほど価値がある海苔ではないかもしれません。その逆もあったりもするのですが、うちでは高価格帯の商品に関しては全て、この独自の価値体系を軸にしています。
<感覚的要素>と<本質的要素>で海苔を評価
海苔を評価する要素は、<感覚的要素>と<本質的要素>の二つに大別して考えています。海苔は、「香り」「歯切れ」「口溶け」で捉えられることが結構多いのですが、これらをうちでは<感覚的要素>としています。
では、<本質的要素>とは何か? 「うま味」と「塩味」と「味(甘味・酸味・苦味)」です。これらを、海苔を評価する本質的な要素と定義し、買い付ける海苔を厳選しています。
味のタイプは「濃厚」「淡泊」「ほろ苦」があり、ネタによって海苔を使い分けることもご提案しています。
今年の1月には、業務用カタログ「おいしい海苔が見つかる海苔の新ガイドブック」を作りました。構想から約10年かかった弊社の価値体系は、独自の見解ではありますが、お客様の反応からそれなりに説得力のあるものに仕上がっていることが分かり、手応えを感じています。
すべては、「お客様に美味しい海苔で喜んでいただくために」。創業以来大切に受け継いできた想いとともに、用途や好みに合った「喜んでもらえる海苔」を、自信をもって提供していきます。