【中国・黄山】その1 天下の名山と温泉渓谷
中国には、まるで神仙がつくりあげたかのような、美しさと険しさを兼ね備えた〔黄山〕という名山がある。
風光明媚で、見どころたくさん。
さして高い山ではなく、体力さえ使えば踏破可能。
香港で長期間のビザを得て、まっさきに向かったのが、この黄山。
バスでまずは広州を目指すと、日本とおなじ左車線だったものが、気がつくと右車線に変わっている。
英国が「正しい車線」と主張してやまない車線から、世界標準の「英国的には間違った車線」へ。
広州からは列車を乗り継いで、南昌へ。
この列車では、訛りのひどい中国人男性から「お前の中国語、訛ってるなあ。俺が教えてやるよ」とからかわれたりもした。
列車の中で一夜を明かし、昼ごろ、南昌へ到着するなり、また切符を買って、黄山駅ゆき列車へ乗り継ぐ。
その列車の中には、ホテルの客引きがいた。
黄山へ向かう観光客をあてにして、あらかじめ列車に乗っているのだから、根性がすごい。
学生だからお金がない、と言うと、なんとか折り合いのつくぎりぎりの値段に下げてくれた。
で、黄山駅へついて、その客引きにホテルへ連れられると……聞いてた値段の1.5倍をふっかけられた。
もう夜が更けているし、今さら他のホテルを探すのも難儀。
かといって、言いなりになって支払うつもりもない。
不退転の意思をもって、ホテルのフロントで強硬姿勢の交渉開始。
30分くらい、やりあっただろうか。
最後には、当初の約束通りの値段におさまってくれた。
こういうこと、日本にいると、絶対にできない。
人は、話す言語により、性格が変化すると思う。
◯
ところで、黄山駅へは着いたけれど、すぐそこに黄山があるってわけではない。
そこから更に、2時間ばかりかけてバスに揺られないといけないのだ。
朝からどしゃぶり。
中国の北半分は乾燥した大地だけど、南半分は湿潤たる気候で、雨も多い。
わたしと友達の、2人貸切状態でバスは走って、やがて山景色。
バスを降りると、そこは〔湯口〕という場所。
ここは温泉地区でもあるらしい。
渓流に沿って少しばかり歩くと、さっそく客引きに捕まるも、
「お金、ないっす。学生だし」
最初から貧乏アピールでしのいでいると、わたしの懐事情に見合ったホテルを紹介してくれた。
ツインで100元くらい。観光地で割高なのを覚悟してたけど、一人50元とかなら、願ったり叶ったり。
主要道路からそれて、渓流の上をまたぐ細い橋をわたったところに、そのホテルはあった。
見るからに鄙びた建物で、これなら安い理由がわかる。
仙都山荘とかいうその安宿、いま中国の検索エンジン・百度のマップで調べたら、どうも見当たらない。
似たような他の民宿ならあるのだけど、位置がずいぶん違う気がする。
たぶん、潰れたんだと思う。
周囲は開発が進んでいるというのに、ここだけ当時から、すでにして潰れそうな雰囲気だったし。
しばらくは雨模様で、黄山へは登れそうも無いし、晴天の日になるのを、のんびり待つことにした。
橋のそばの細道を降りれば、渓流へ行ける。
ちょっとした晴れ間には、ここへ降りて、きゃっきゃと水遊びなどしてみる。
宿の隣にたつレストランは、経営が同じらしくて、量も味もよし。
翌朝3時。
どうも晴れるらしいので、起床。
4時、出発。
自分の脚だけで踏破するつもり。
㩜勝橋(らんしょうきょう)を渡る。
この橋の上流が桃花渓で、下流からは湯泉渓と名を変えるらしい。
1時間ばかりも歩いたところで、だんだん空が白み始めたものの、ついでに小雨模様にもなってきたので、
「ああ、だめだ。どうしよっかなあ」
「のどか、ここは帰る判断が吉だとおもうよ」
相棒のぷち子と二人、相談し、慈光閣のあたりで引き返すことに決めた。
ここは、その昔、道士が居住していたところらしいが、今ではロープウェイ乗り場になっているらしい。
宿へ戻ると、6時。
のんびり、雨音につつまれながら、二度目の睡眠をとることにした。
夕刻、ふと、
(ああ、そうだ。西の果てを極めよう。この旅の、いつかの段階で。シルクロードをひたすら西へゆこう……)
そう思い立った。
と、その前に、無事に晴天つづきとなって、黄山を制覇せねば。
雲間のむこう、鈍色にひかる太陽を見上げ、旅のいきつく先を夢想した。
つづく。
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