【那須】北温泉(二) 温泉プールと迷宮温泉宿
北温泉では、水着さえ持ってくれば、温泉プール〔泳ぎ湯〕へ入ることも出来る。
や、水着持参じゃなくても、入れるには入れるけれど、建物の外にあるし、すぐ横が玄関前の道なので、人の目にさらされること必定。
コンクリート張りの温泉プールは、ところどころがコケでぬめっているけれど、問題ない。
底がさほど深くなく、おぼれる心配もない。
そして、なかなかの広さだ。
これが何を意味しているかというと……冬場になると、ほぼ単なる水風呂ってこと。
それでも、建物から出たところにあるステンレスの滑り台から、
「きゃほー!」
温泉プールの中へ滑り降りる。
楽しい!
寒いけど、楽しい!
ごく稀に通りすがった人の、好奇の目が少し痛いけれど、楽しい!
その気になれば、一緒に来た友達・アンジーと、その辺にある雪を握りつかんで、この温泉プールで雪合戦してもいいくらいだ。
彼女は乗ってくれなかったので、わたしは嬌声を上げながら、一人でどこか適当なところへ雪玉を投げつけてたけど。
とにかく、楽しい!
なにやら、身体の各所が震えてきたけど、楽しい!
誰になんと言われようとも、楽しい!
「……ねえ、のどか、アタシ戻るわ。脱衣所のそばに、硫黄のきっついお風呂あったじゃん、あれに入ってくるわ」
アンジーは生暖かい目で……いや、温度を無くした眼差しで、そそくさと脱衣所方面へ消えていった。
なお、この温泉プールは映画〔テルマエロマエ〕の撮影に使われたことがある。
主人公と愉快な仲間たちが一斉にタイムスリップするシーンで。
ところで、夏場の温泉プールは、こんな感じ。
◯
〔テルマエロマエ〕と言えば、北温泉のロビー的な場所もまた撮影に使われた。
映画のポスターが長年ずっと貼ってある。
ロビーには、囲炉裏だか火鉢だか判断に迷うあったかいものが鎮座していて、白い灰にまみれた炭が、赤く熾っているのが、温泉プールで身体を冷やしたわたしにはとてもありがたい。
すぐ前が玄関なので、たまに雪混じりの寒風が吹き込むことがあるけれど、炭火のじんわりした温かみが守ってくれる。
WiFiが通じる場所がここしかないので、スマホやノートパソコンを使いたい時にはここへ来るしかない。
しかも、あまりに山奥すぎて、スマホの電波が拾えないし。
かろうじて、玄関から少し外へ出たところで、ほんのかすかに電波が拾えるかどうか、といったところ。
うん……秘境だ。
前回に述べたとおり、北温泉はまるで迷宮さながらの、変化に富んだ作りになっている。
階段が多く、角も多い。
「この先は、どういう感じでつながってるんかなあ……」
なんて階段を降りてゆくと、今は使用していない部屋へ行き当たったりする。
埃がつもり、畳が剥がされていて、かつてそこに人の気配があったであろう空間で、
「もし真夜中に来たら、さぞかし怖いだろうな……」
そっと離脱したりもする。
または、ロビーから江戸時代の部屋へ戻る途中に、欄干のある橋っぽいつくりの廊下に出くわす。
壁と欄干の間にわずかな隙間があるので、下はどうなっているんだろうと思って覗き込めば、赤茶に染まった岩のようなものがあって、そこへ、ちろちろと温泉が流れていたりする。
ああ、本当にこれ、橋だったんだ。
建物の中に川と橋があるなんて、素敵すぎる。
廊下のところどころには、長い年月のあいだに蒐集されたであろう素朴な骨董品の数々。
農民が何かの作業に使用していたであろう謎器具から、埃が白く積もった鉄瓶まで色々と。
「ああ、山奥に来てるんだなあ」
しみじみと感慨にひたれる。
と思いきや、訳のわからない謎物品も飾ってあったりもするところが、なんだか好き。
その日は二度も寒い思いをしたので、あんじーと一緒にこたつへ入り、夕食までのんびりすることに決めた。
ということで、くつろいでいると、
「にゃあ」
猫が入って来た。
「こっちおいで」
アンジーが誘うと、猫は気持ち良さげになでられている。
それでは、わたしも……と手を伸ばすと、
「にゃあ!」
猫はそっぽむいて出ていった。
なぜだ、なぜわたしはいつも、猫に嫌われるのか!
その後、夕食のために部屋を出ると、猫は温泉橋の手前の、下に温かい流れのある床でまるくなって寝ていた。
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