【シルクロード】国境の崖を越えろ!(5)ずぶ濡れリュックの争奪戦
前回のあらすじ:
苦労して崖をのぼったら、仲間のリュックがすっころこ〜んと転がり落ちてった。
登った崖の中腹、小さな舞台のように張りだした平岩の上で、わたし達4人は茫然と地上を見下ろしていた。
波村さんが、数メートルむこうの岩の上をねらって放り投げたリュックは、当然のごとく届くことなく、おむすびころりん、すっころりんな感じで、はるかなる地上へと転がりおち、そのまま、音もなく濁流へと吸い込まれていったのだから。
やがて沖さんが、けたたましく笑い、つられてわたしも力なく笑う。
「あー、転がって行きましたねぇ。見えなくなりましたが、河に落ちてしまいましたかねぇ」
自分の荷物を失くしてしまったというのに、波村さんは極めて冷静に、実況中継している。
「じゃあ、降りようか」
力のぬけた沖さんの号令で、わたし達4人は崖をくだってゆくことになった。
あれだけ苦労して、しかも生命の危険と隣り合わせで、がんばってよじ登ったのに……。
でも、わたし達にはまだ、濁流すれすれの岸辺つたいに向こう側へ渡る、という選択肢が残されている。
◯
日が高くなって、地上の、崩れて消失した道路のそばには、案外とたくさんの人々が集まっていた。
わたし達と同様にパキスタンへの国境をめざしてやってきた日本人が何人か。
中国人(漢人)もいくらか。
そして自転車に乗ってるパキスタン人男性のグループ。(国境まで数百キロあるんだけど!?)
なお、彼らは中国で購入した中古自転車を故郷で売りさばくために、はるばる超遠距離を走るそうだ。
さて。
すっかり身軽になって、まっさきに降りていった波村さんが、中国人男性と何やら言い争いをしている。
見ると、ずぶ濡れのリュックをめぐって、バチバチと火花を散らしているのだ。
「あのリュックは……!」
まさに、波村さんのものだった。
沖さんが、そっとささやいてくれる。
「川から拾い上げたから、60元よこせってさ」
うん、それはいいと思う。流されてしまう前に、彼らは濡れるのもいとわず川へ飛び込み、わざわざ拾ってくれたのだから。
でも、問題は……、
「荷物の中に、小さいバッグを挟んであったはずです。それはどこにあるんですか」
波村さんが主張するように、あるべきものが紛失していたのだ。
濁流に流されたのかもしれないし、あるいは……。
「俺はとってないぞ」
中国人男性は、両手をひろげてみせる。
たしかに、見当たらない。
しかし、道路の修復工事をしている作業員の証言によると、リュックを拾い上げた直後、最初は三人いた彼らグループの、残り二人がこの場からこつぜんと消えているのだ。
そうなると、どうしても、疑いをもたざるをえなくなってしまう。
しかもその小さなバッグのは、現金やパスポートなど、旅の生命線といえるものが詰まっていたそうだ。
本当に好意で、この濁流へ飛び込んでくれたのなら、
「100元でも払ってもいい気はするけど……」
沖さんがつぶやく。
男性が、どなった。
「払えないなら、そのカメラをもらう!」
波村さんが腰にぶらさげていたカメラを取り上げる。
即、わたしは奪いかえす。
また、にらみあう。
やがて。
騒ぎを聞きつけた、工事現場の監督が駆けつけてきた。
事情を説明すると、
「なるほど」
監督は大きくうなずくと、その男性からリュックを奪いとり、波村さんへ返してくれた上で、
「お前のようなやつは、中国人の恥だ、消えろ!」
追っ払ってくれた。
どうにか一件落着したところで、荷物がやたらとかさばる小野田さんが、
「やっと着いた……ふう」
ようやく崖から降りてきたのだった。
つづく。