【白川郷】 聖地巡礼・雛見沢紀行(一) とろけるほどの飛騨牛串
何年か前。
入江診療所が無くなってしまった、という話題をネットで見て、わたしは焦った。
「今のうちに雛見沢へいかなきゃ、どんどんロケ地がなくなるかもしれない!」
ゆえに、遠くて尻込みしていた彼の地への『聖地巡礼』へ、わたしは駆り立てられた。
「一般的には世界遺産の〔白川郷〕かもしれんが、わたしにとっては〔雛見沢〕なんじゃ!」
すっかりイッちゃった目で口から泡をふき、わたしは狂信的に愛する作品〔ひぐらしのなく頃に〕の世界へひたるべく、車をはるばる岐阜県へと走らせたのだった。
◯
念の為、説明させてもらうと……。
〔ひぐらしのなく頃に〕は、閉鎖的な村で次々に起こる惨劇を軸として、その謎に挑みつつも、主人公たちは疑心暗鬼にとらわれ、悲惨な末路をむかえちゃったりすることもある物語。
主人公たちは小学生から中学生で、その日常が明るく楽しい描写がされている分だけ、『おやしろさまの祟り』と称される惨劇が際だつ。
昔、一時期その残酷な描写が社会問題になったこともあるそうだけど、根底に流れているテーマは『死んで良い人間など誰一人いない』『人を信じることの大切さ』で、ちゃんと内容を知っている者からすると、むしろたくさんの人に知ってほしい、素晴らしい作品だと思う。
むしろこれは、人間讃歌ですらある。
残念ながらわたしはリアルタイムのファンではなく、昔は、
「あー、男性向けの萌えゲームね」
という程度の認識で、興味もなかったんだけどね。
DS版が、中古で安かったので買ってみたら……気がつけばアニメ版も全部見て、PS3版も買って、小説版も全巻そろえて、その物語を何周も味わうほどディープなファンになっていた。
なお、作品を知っている人向けに一言だけ言わせてもらうなら、
「わたしは魅音が一番好き!」
◯
その舞台となる雛見沢は、最初に原作版が出てからもう20年ちかくも経っているということで、もたもたしているとロケ地となった建物や風景がどんどん変わっていってしまう。
焦ったわたしは、だから、現地へ向けて車を走らせた。
本当は6月下旬ころに訪れるのが、物語的にも一番いいのだけど、それでもわたしが訪れたのは5月中旬。ま、時期的に近くはある。
残念ながら、ひぐらしがなく季節には至っていないが、まあしょうがない。
二泊三日で、初日は温泉施設のある〔白川郷の湯〕で宿泊。
二日目は〔ひぐらしのなく頃に〕でその内部がロケ地ともなった〔民宿 孫右ェ門〕だ。
事前にロケ地情報を入念にチェックし、原作版と同じアングルで写真を撮るべきポイントもおさえ、ついでに何を食べるかという愉しみも忘れず留意しつつ、旅行計画を練った。
◯
いざ村内を歩けば、ひろがる田んぼ、連なる合掌造りの家々。
ぐるりと山に囲まれ、世界遺産目当ての観光客が行き交う。
とりま、まっさきに向かったのは、そんな白川郷……じゃない、雛見沢を見下ろせる高台。
この風景も、原作ゲームではひんぱんに目にしていたっけ。
雛見沢を一望できるポイントだ。
道には、特徴的な消火栓。
そういえば白川郷、火災に備えて消防訓練をおこなっていて、それもまた風物詩になっているんだっけ。
これは、アニメ版でも背景としてよく描写されてたような気がする。
ただ歩くだけの道すがらであっても、さりげなく原作ゲームに登場する風景があるから、油断ができない。
事前に印刷してきた、聖地巡礼マップを注意深くチェックしながら歩く必要がある。
単なる古びた倉庫っぽい建物であっても、ファンにとってそれは『梨花ちゃんハウス』なのだ。つまり、主要人物である小学生女子の家で、ここで起こるほのぼのした日常風景や、不気味な展開、緊迫感に満ちた出来事がフラッシュバックする。
何もない山中の風景も、そこは沙都子がトラップを仕掛けた裏山なのだ。
単なる道であっても、そこは主人公たちの通学路なのだ。
一般的には白川八幡神社と呼ばれる場所であろうと、そこは村の守り神さま『おやしろさま』をお祭りする〔古手神社〕なのだ。
特にファンでもない人からすると、この必死さ、冷ややかな目で見られそうだけど、誰にだって、こよなく愛する何かを持っていて、そうしたものに執着する気持ちを持つこともある、ということで、生暖かいまなざしで見守ってほしい。
◯
ところで、ぎらついた眼光でカメラを振りかざし、村の中を散策していると……、
「あ、いい匂い」
風景を逃すまいと殺気ばしっていたわたしの緊張が、ふと解きほぐされる。
腹も鳴る。
すきっ腹がなく頃に、ちょうどよく食欲を誘う煙がわたしを捉えた。
そこはお土産屋さんとお食事処をかねたお店で、その脇では、飛騨牛の串焼きを焼いていたのだ。
ひと串500円もしたけれど、それだけの価値はあったと思う。
味付けは塩のみ。それが、肉の香ばしさを最大限に引き立ててくれている。
じっくりゆっくり、焼き立ての串肉を頬張り、じゅわっと沁みる肉汁とともに噛みしだき、口中から鼻腔へいたるまでを満たすその香りを、よりよく堪能すべく、静かに深呼吸しつつ、食べ切ることを惜しむように、ひと噛みひと噛みを大切にし……山深い集落の空気とともに、その美味を魂へきざみつける。
雛見沢紀行は、まだ始まったばかり。
愛おしげに串を捨て、わたしは、いざカメラを構えつつ、再び歩き出した。
つづく
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