【那須】北温泉(三) 大天狗に睨みつけられる温泉
夕食は、山奥の雰囲気が濃厚にただよう板の間で。
行燈型の灯りや、ランプ型の照明に、秘境の家屋めいた光景が浮かび上がっている。
ま、メインの照明は蛍光灯だったりするんだけどね。
真っ黒な梁からはとっくりがぶら下がっているし、柱には骨董の柱時計。
べっこう亀らしき剥製やその他歴史を感じさせる絵画が、一貫性のない和のカオスをかもしている。
天井を見上げれば、不思議なところに梯子が釣り上げられてある。
上の層にも行けるようだけど、開かずの間状態で、そこにどんな空間がひろがっているのかを想像すると、わくわくしないではいられない。
黒光りする板の床には銘々膳と座布団。
囲炉裏が仕切ってあって、その中心に鉄瓶。
料理はと言うと、まったくてらいのないメニュー構成。
ヤマメの塩焼きは、さすが山奥の立地を感じさせてくれるし、他にタケノコや椎茸の煮物。
膳の外には、お麩の吸い物と、シメジと豆腐のあつもの。
ただ、メインディッシュはトンカツと千切りキャベツにフライドポテトだったりするのだ。
他に、厚切りのハムや焼きホタテ。
山奥ならではの川魚や山菜類をおさえつつ、洋食的メニューも平然と出すあたりが、なんだか好き。
なお、翌朝はプチサラダを中心に、焼きサバ、納豆、焼き海苔、おひたしに、何と言っても温泉たまご。
その他にはジャムのかかったヨーグルト。
サバは海の魚なのでは……というツッコミは、この際、却下で。
◯
〔北温泉〕で一番の目玉は、なんと言っても〔天狗湯〕にとどめを刺す。
なにしろ、巨大な天狗の面に睨みつけられながら湯につかる羽目になるのだから。
それも、二体の天狗に。
大きい方は、優に1mは超えている。
小さい方も、やっぱり1m近くはある。
困ったことに、ここは混浴なのだ。
あるいは、基本は男湯で、宿泊客のみ女性も入れる、という決まりだったかもしれない。
どっちだったか記憶が曖昧だけど、いずれにせよ女性客には少しばかりハードルが高い。
幸いにも、今まで宿泊した三度とも平日での利用だったので、いくらでも男性客のいない隙を狙えた。
他に誰もいないのを確認した上で、
「さ、今のうち!」
友達と一緒に、そそくさとお風呂セットを手に駆け込むのだ。
もし後から男性客が来たら……ま、その時はその時で。
◯
女湯として、安心して入っていられるのは〔芽の湯〕。
女(め)の湯、にかけてあるようで、階段をぐるぐる登っていった高みに、それは湯気を放っている。
渓流沿いの〔河原の湯〕は男女それぞれに分かれた湯が用意してあるが、この〔芽の湯〕は完全に女湯のみ存在している。
建物の上の、高い場所にあるだけに、昼間ならとても眺めがよく、冬なら雪景色、夏場なら目に優しい深緑を楽しめる。
ただ、女湯だからといって、やはりアメニティ類はまったく期待できない。
シャンプーやコンディショナーなんて置いてあるはずもないし、当然、シャワーもない。
女性向けの居心地の良さ、使い勝手などとは無縁で、容赦もなく、北温泉の他の湯と条件は同じ。
ただ、洗い場はある。
細長い木の桶に、湯が貯めてあるのだ。
どちらかというと、馬の水桶みたいな見た目だ。
湯を吐き出す木の筒は、年月を経て先っぽが割れていて、黒く染まっているし、苔さえ生えている。
湯船は細長い作りになっているので、求める湯温に応じて位置を変えて堪能することが可能。
……と、北温泉の魅力を各方面の友達に伝えつづけ、それまでに三人を連れてゆくことに成功した。
残り、あと一人だけ、約束しておきながら果たせないでいた友達がいたけれど、ふとした勢いで、今年の三月にようやくそれがかなった。
しかも、コロナ禍だからこその、逆説的な楽しい旅になった。
その時のお話は、またつづきにて。