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【シルクロード】国境の崖を越えろ!(1) 大冒険の予感

 ちょっと、崖をのぼってきた。
 現代を生きる普通の日本人としては、なかなかの大冒険だったと思う。
 かいつまんで話せば、
「中国とパキスタンの間をむすぶ道が、土砂崩れで消失したので、崖上りで越えようとしてみた」
 なのである。

         ◯

 中国のあちこちを放浪していた時の八月初旬。
 長距離の寝台バスを乗りついで、中国領の西端・カシュガルへ、ようやくたどりついた。
 そりゃもう、劣悪な移動手段で、寝台は汚れてるし、ぎゅうぎゅう詰めだし、なにより強烈に臭い。

 バスの後部が雑魚寝スペースになっていて、そのすみっこ、窓の脇で寝転がっていたら、ときどき不思議な水飛沫が顔にかかるので、
「どゆこと?」
 目をあけて確認したら、ひとつ前の寝台にいるおっさんが、窓の外へなんども痰を吐き捨てていた。
 それが沙漠の強風にふかれ、霧状となって散り、わたしのすぐ横の窓からバス内へリターンしてくるのだ。
「まじか……!」
 情けない気持ちで窓をしめる。
 が、わたしの隣で寝転んでいる別のおっさんが、すぐそれを開ける。
 ま、暑いしね……。
 結果、ふたたび痰のしぶきが、ぴしぴしと顔にふりかかる状況が復活。
 しまいには桃の種を「ぺっ」と吐いて、それがやはり風に巻かれて窓からリターンし、わたしの腕へ、ぺとっと着地。

 諦めて、うとうとまどろんでいると、周囲のおっさんたちは小さなオアシス村で降りて行ってくれた。
 ほっと安心したところで、ふとわたしの服をみると、
「げげっ……焦げて穴が空いてるじゃーん!」
 すぐそばに、タバコがころがっていた
 たぶん、前のおっさんが窓の外へ捨てて、すぐリターンし、わたしの服へ着地していたらしい……。

 ……こんな苦難をこえて、わたしは新疆ウイグル自治区の省都・カシュガルへと到着した。

 沙漠は極度に乾燥しているし、多少の雑菌は、あっという間に消滅してくれるし、ま、衛生上、実はさほどでもない。
 けれど、精神衛生の面では、すこぶる悪い。
 19時間のバス旅を終えて、カシュガルの長距離バスのターミナルからすぐそこにあるホテルへ、よろよろとチャックイン。
 安い部屋をとって、涙ながらに顔を念入りに洗って、ベッドへダイブ。
 シーツの冷たい感触が、気持ちいい。
 ああ……世界が、美しく感じる。

 すやすや、健やかな昼寝に落ちていた時、ドアのノックで現実へ引き戻された。
「すみません、こちらに日本人が泊まっていると聞いたもので」
 ウチナーグチなイントネーションの強い男性だった。
 沖縄の人だ。
 この彼が、わたしに大冒険を提供してくれるキーパーソンになった。

          ◯

 今後の予定としては、中国領の西端まで来たのだから、あとはタクラマカン沙漠をぐるっとまわって西安へ戻ればいいかな、と考えていた。
 そんなわたしへ、波村と名乗った男性が、こう切り出したのだ。
「僕はあと三日のうちに、国境を越えなければいけません。ビザを取り消されたので
 ちょ、待って、どゆこと!?
「ここから一番ちかい外国は、パキスタンです。なのに、その道が土砂崩れで消滅したそうで……どうにか仲間をつのって、越境したいのですが……」

 事情をきくと、こんな感じだった
 波村さんは、数日前までチベットに滞在していたそうだ。
 しかし現地で公安と口論になり、うっかり、中国領内では言ってはいけないことを口走ってしまったのだ。
 チベットで「言ってはならぬこと」と言えば、まあ相場は決まっている。
 その場で速攻、ビザが取り消しとなり、一週間以内に国外退去しなければいけなくなった。
 やむを得ず、トラックをヒッチハイクし、西へ西へと5000m級の山地をおりて、砂漠の町・カシュガルまで来たそうだ。
 ここまでで、四日間を消費したので、残りは三日間。
 到着するなり、手近なホテルへ飛び込んだところで、
「他にも日本人が宿泊してますよ」
 と教えてもらったのが、わたしの存在だった、といういきさつ。

 来週につづく。

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