【盛岡】裏切りのわんこ蕎麦
わたしは友に裏切られた。
◯
わんこ蕎麦の話なのだ。
男女の友達3人で挑戦したときの思い出。
大学時代からジャーナリスト志望だったY君が、初志貫徹の就職で岩手県へ引っ越したので、
「いつか遊びにおいでよ」
と言ってくれたので、K美さんと一緒に計画を立てて行くことになったのだが、二泊三日の旅程の初日、盛岡で待ち合わせしたのなら、ほぼ自動的に、当然のごとく、
「わんこ蕎麦に挑戦してみる?」
そんな流れになる訳だ。
Y君の案内でお店へ入ると、戦績ボードには300杯だの500杯だのといった強者の記録がずらりとならんでいる。そこまでのレベルはさすがに異次元なので、
「せめて100杯はいきたいよねー」
呑気なことを口々に交わしたものだった。
「私は、自分のペースで食べるんで」
少食のK美さんは最初から無理などしない宣言をしたものの、わたしとY君は目をぎらぎらと燃え上がらせ、不敵に笑っていたものだった。
やがて、店のおばちゃん達が大量のわんこをお盆へ乗せて登場。
店のルールを説明してくれるのを、適当に鼻歌まじりで聞き流しつつ──いざ、開戦!
「はい、どんどん!」
「はい、じゃんじゃん!」
敵は軽快な手つきで、即座に蕎麦を投入。一口程度の分量だから、するっと口へ流し込み、蕎麦だから大して咀嚼もせず、つるんと胃袋へ。
10杯を超えてもなお、
「むしろ物足りないくらいだよね、ふふふ」
「のどかさん、言いますねえ、僕も負けていられません」
「私、二人の活躍を生暖かく見守っているね」
なごやかに会話を交わす三人。
50杯を超えたあたりで、
(そろそろ、飽きてきちゃったな……)
だが胃袋はまだまだ戦えると意気込んでいる。
敵は常に補給を絶やさず、かわりばんこに店のおばちゃんがやって来ては、即座に戦場へ物資を投入し続ける。
なお、K美さんは56杯で戦線を離脱した。
80杯。
さすがに……きつくなってきた。
多分、信州上田の〔刀屋〕を基準に換算すると、大盛り3杯ぶんくらいは食べたのではないだろうか。
考えてみれば、この時点ですでに大した戦績ではある。
90杯。
目の前のY君が、とても苦しそうだ。
それでもくじけず、消したそばから再ポップする蕎麦へ、果敢に挑んでいる。
わたしがここで根を上げてしまうと、Y君に申し訳がたたない。
ついに100杯。
(ああ……もう限界だよ……でもY君はまだ頑張っている。わたしだけここで逃げるわけにはいかない!)
110杯。
もはや無心だ。
悟りの境地で、ただ隙間なく注がれる蕎麦を消し去ることにのみ集中する。
うっかりぼんやりしていると、また次の蕎麦が追加される。
おばちゃんの笑顔が、実に素敵で恐ろしい。
120杯。
ついに、Y君が戦線を離脱した。
必死に身体をよじって、自分のお碗をおばちゃんからとおざけ、手で蓋をする。
わたし達は、よく頑張ったと思う。
少なくとも、100杯を超えることができたのだから。
彼の健闘に敬意を表しつつ、
(わたしも、最早これまでか……!)
124杯。
これを最後にしようと決意していた。
お椀の中でつややかに光る、一口サイズの蕎麦を見つめ、ため息を吐き、
(これを口へ啜り込んだその瞬間、手の動きはこうして、可能な限りおばちゃんからお椀を遠ざけねば)
敵は無限の補給。
そんなチートにも等しい相手に、よくぞここまで戦ってきたものだ。
──わんこ蕎麦は、戦争だ!
箸を突き入れ、蕎麦をからめ、口をお椀へ近づけ……ずるり!
「終了ー!!」
宣言を果たした。
◯
「いやー、さすがのどかさん、強いなあ。僕なんて100杯でもう限界でしたよ。それを20杯以上も超えるなんて、さすが!」
え?
Y君が頑張っていたからこそ、わたしも頑張れたのだよ?
「これで証明できたね、仲間内では、のどかさんが一番の大喰いだってことが」
「さすが大喰い大魔神だよね」
Y君もK美さんも、呑気に拍手して、あろうことか、わたし一人だけを大喰い大魔神あつかいしようと画策している。
懸命にのぼった梯子を、突然外されたような気持ちだ。
いや、これは……、
「裏切り者ー!」
Y君は早い段階からペースを緩めに調整し、とにかく100杯目だけを目標に据えていたらしい。
「わたし……もう、一年間くらい蕎麦とか食べたくないや」
嘆くわたしに、二人とも大笑いしたのであった。
なお、この一週間後、さっそくわたしは、東京の神田で老舗〔まつや〕の蕎麦を美味しくいただいていた、という記録もまた、ここに併記しておく。
◯
その晩。
岩手名物として名高いジンギスカンにて、美味しい羊肉を、三人で思う存分堪能したのであった。
胃袋は限界だったはず?
しらんよ、そんなの。