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Fungry! ① 【創作大賞2024 ホラー小説部門 応募作品】

あらすじ
幼い頃、ネグレクトによる壮絶な空腹の末にありついた『半解凍のパンとケチャップ』の味に衝撃を受けた萌香は、その悪魔的な味に囚われながら成長した。
新しい両親の元何不自由ない生活を送れるようになっても、絶食を繰り返してはあの日の味を求める日々。
次第にその渇望は萌香を蝕み、ついには自殺へと追い込んでしまう。
しかし海咲と名乗る一人の少女に自殺を止められたことで、萌香の人生は一変する。
人生に向き合うことを決意した萌香は、海咲に支えられながら女子高生モデルとして成功し始める。
忌まわしき味への渇望も影を潜め、萌香は順風満帆な人生を歩み始めたかに思えた。
が、そんな彼女の前に、御堂彩花が現れて…。

※後半スプラッター描写がありますので苦手な方はご注意を



耐え難い空腹の末にありついた食べ物は、それが例え何であれ、およそこの世のものとは思えない、まさに悪魔的な美味しさに感じるものだ。
子供の頃、ママが家を出た。
パパはいなかった。
暗くて汚いアパートの一室で、私はママを待ち続けた。
だってママったら、帰ってくるって言うんだから。
ちょっと業務ストアに行ってくるねって。
だから七歳だった私は、その言葉を素直に信じ、健気に待ち続けた。
忠犬ハチ公ばりにね。
おかしいと思ったのは、それから四日が過ぎたあたりだった。
え?おかしいのはお前だろって?
だってママ、ちょっと業務ストアに行ってくるねって言って、二、三日帰ってこないのは当たり前だったから。
今は男と徹夜de大運動会を開催してたんだなってわかるけど、当時の私は業務ストア=二、三日かかるって認識で、それを疑うことすらしなかったから、いつものようにお菓子食べて菓子パン食べて自由を謳歌してたわけなんですよ。
でも四日も帰ってこないとなると流石に心配になる。
おまけに最後のポテチを丁度食べ終わっちゃったからね。
だからと言って、お隣さんに助けは求めらんなかった。
だって前に、やせた私を心配して声かけてくれたお隣さんとお喋りしてたら、ママすっごい怒ったんだから。
以来怖くて、お隣さんと話す=まずいことって思っちゃったわけ。
最初はよかったよ。
えり好みさえしなければ、ママが買いだめてたお酒のおつまみ、ちょっと私の口には合わなかったあの貝柱とかサバの味噌煮とか、そういうのがあったし。
でも冷蔵庫の中身はからっきし。
納豆一つ入ってないんだから。
ドラ●もんがいたらどうか知らないけど、私の家にあんな便利なネコ型ロボットはもちろんいなくて、ついにお口に合わなかった食料も底をついてしまった。
最後の貝柱が終わって、五日が経った頃かな。
私はもう空腹のせいで頭も痛いし胃も痛いしでへろへろで、起き上がる気力すらなかった。
お腹を満たすためにお水ばっかり飲んでたせいで、もう蛇口をひねったきゅって音を聞くだけで吐き気がするくらいに、水は飲みたくなくなってた。
でも流石にこのままじゃ死んじゃうよなあって幼いながらに思った私は、ふらふらな足取りでわずかな希望に縋って冷凍庫を開けてみたの。
冷蔵庫の有様を見てたから、うちの冷凍庫には食材なんて一個もないんだあ、なんて決めつけてたから、それまで確認もしなかった。
さてさて結果は。
もちろん冷凍庫の中は新品同様。
でも待って。
あれは…。
神様っているのかもねって、あの時ばかりは思ったよね。
冷凍庫の奥に、かっちかちになった食パンが三切れ、霜がついた袋の中に入ってた。
私は無我夢中でそれにかぶりついた。
でも固すぎて、私の顎じゃうまくかみ砕けなかった。
しかも、うちにオーブントースターはない。
そう、ないのに何で冷凍したんよママ、って感じだよね。
だけど私だって、氷を暖かいところにおいておけば溶けるくらいの知識はあった。
おまけにずぼらなママだから、こたつは年中だしっぱなしのぱっぱらぱなし。
だから私、六月だってのにこたつのスイッチ入れて、その中に食パン放り込んだの。
その時ね、さらなる奇跡が私の上に舞い降りた。
散乱するゴミ袋の中にね、ちらと赤いパッケージが見えたの。
もうゴミ捨て場のカラス状態だよね。
必死にゴミかき分けて、そいつを手繰り寄せた。
それがなんと、コンビニでもらえるあのケチャップだったんよ。
しかも未開封品。
一緒になって変なにおいかもす串出てきたから、ママ、フランクフルトなりアメリカンドックなり、ケチャップはつけない派だったんだね。
男のフランクフルトしゃぶりまくってると、本物も素の味で楽しみたくなるのかな?
まあいいや。
そのケチャップの赤のなんと美しいこと。
その赤を見ただけで私の抑え込んでた食欲がもう手のつけようのないくらいにのど元までせりあがってきちゃって。
きっちり溶けるまで待てなかった。
こたつから取り出したパンは水分で表面がぬめぬめのぐちょぐちょになってて、でもまだがっつり芯は残ってる感じだったんだけど、私はお構いなしにそれにケチャップつけてかぶりついたの。
脳みその奥からどっかーんって、すごい衝撃が走った。
もう薬だよね、あれは。
ケチャップと小麦の味が口に広がったあの瞬間、気持ちよくて気持ちよくて仕方が無くなって、気づいたときには三枚あったパン全部食べちゃってた。
あんまりの美味しさで、しばらくじーんと舌が痺れてたんだ。
そんな快楽の残滓に浸りながらぼーっと天井を見てた時にね、げぷって、のどがなって、胃の中に放り込んだはずのパンとケチャップの風味がもっかい口の中にじわって広がったの。
あれほど幸せを感じたのは、17年の人生で、あの時、ただ一度だけだった。


②に続く
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