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Fungry! ⑪ 【創作大賞2024 ホラー小説部門 応募作品】
Day7
「なあ、まじでこれ、食べんのか?」
何をいまさら。
とは言いつつも、それを目の当たりにした途端、げろ便ちゃんのマスコットが放った『ファッキンクリ―ピー』って台詞が脳内再生されるくらいには、私も受け付けることができなかった。
だってこれ、ほんとにファッキンクリーピーなんだから。
私たちは肉を少し甘く見ていたらしい。
地獄の釜さながらごぽごぽと煮えたぎる鍋の中では、未だ原型をとどめた指やら縮み上がった子宮やらゆで卵よろしくぷるんぷるんの目玉が、一緒くたに混ざり合って、小刻みに震えていたのだ。
中でも異彩を放っていたのが、私がはぎ取った頭皮だった。
まるで波間を揺蕩う大きな海藻のようにぶわあと広がった毛髪が、カレーの表面にへばりつき、生きているかのように揺れ動いている。
髪はともかくとして、肉は溶けるかと思っていたけれど、どうやら溶けるのは脂だけみたいで、筋肉の方は、縮はすれど、そう簡単に溶けてはくれなかった。
だけど、あれからずっと煮込んでいるのというのに、ここまで原型をとどめてるなんて。
もう少し煮込もうか…。
とは思ったものの、絶食の危険水域に入る七日目を、今日すでにむかえてしまったのだ。
退路を断つためにも限界まで我慢したのは、やっぱり正解だった。
私たちにはもう、猶予なんてないのだ。
事実、頭はぼーっとして視界もかすみ、こうしてたっているのもやっとなほどに、体は限界を迎えている。
彩花を煮込み始めた日、私はあのパンとケチャップの味との再会の予感を、確かに感じた。
それにつけて、彩花の死体の処理。
もし、海に捨てる前に警察に職質されたら?
もし、何かの間違いでカレーを落として、それが警察に検査されてしまったら?
ありえないような事態だけど、万が一にもそんなことが起きれば、私の人生は、そして海咲の人生もパーになってしまう。
可能性は、少しでも潰しておいた方がいい。
だから私は、これを食べることにしたのだ。
胃袋に入れてしまえば、入れた分だけ可能性はついえ、私たちの未来はつながる。
あの日、彩花カレーの仕込みが終わり、ご飯を食べに行こうと言い出した海咲に、私はもう一度自分の境遇を話し、あの日食べた食パンとケチャップの味がいかに素晴らしいかを説明し、懇願した。
私には確信があった。
あの味を前にしたら、不安感も、嫌悪感も、罪悪感も、そして何より、人を食べるという禁忌を犯すことさえもどうでもよくなってしまうということが。
けれどそれは、海咲が私と同じ呪縛に囚われてしまうってことを意味していた。
でも、背に腹は代えられなかった。
海咲には可哀そうだけれど、それでもあの快楽を大好きな海咲と共有できると考えたら、今度こそ、ほんとのほんとに海咲と繋がれるような気までし始めていた。
結局、私が何時間も説得するうちに、海咲は渋々、了承してくれたのだった。
「マジでこれどうすんだよ…」
「混ぜたりしたら、案外ほろほろーって崩れたりして」
試しに、表層で揺れていた親指らしき部分を菜箸でつまみ上げてみる。
と、それはつまんだ途端にぶにゅっとつぶれて、箸はたちまち骨まで到達、肉の部分は第一関節のあたりで真っ二つに割れてしまった。
「おお!案外崩れるよ?」
「まじか!」
「うん!」
これなら食べやすいと、私はヘラを使ってそのほかの肉も潰すようにしてかき混ぜ始める。
水をつぎ足し継ぎ足し煮込んでいたせいか、カレーは私たちが想像していたこってりしたものではなく、どちらかというとスープカレーのようになってしまっていた。
入念にかき混ぜていると、鍋の底から、まだちゃんと原型をとどめた手足の指がゴロゴロと表層に浮き上がってくる。
こいつらは骨が残ったままになっていたので、私は焼き鳥を串から外すように丁寧に骨を取り除いていった。
「んじゃあたしはこっちぃいいうぃゔぃあ!!!!」
頓狂な声を上げて跳ね上がる海咲を見れば、彼女は頭蓋骨をまるまる煮込んだ鍋の蓋を開けてしまっていた。
「あー」
そういえば、頭はあんまり複雑だったから、途中で投げ出してそのまま冷蔵庫で放置してたんだっけ。
それであの日、また肉をそぐのも面倒だったから、煮たら何とかなるって、そのまままるまる鍋に放りこんだのだ。
「それ、スプーンでほじくればなんとかなるでしょ」
「何とかってお前……こりゃさすがにまんますぎるだろ」
「髪ついてないだけましでしょ」
「そうだけどよ…」
「耳と鼻もそいであるわよ?目も出しといたし」
「そういう問題じゃあ…」
「何よあんた、頭焼き知らないの?」
「鯛じゃねえんだぞ…」
「似たようなもんでしょ」
「いやあ…あたしは流石に…」
「わかった、私食べるから、そっち混ぜて」
私が顎で指すと、海咲はそっとお頭焼きに蓋をして、もう一つの鍋を開けた。
「そっちは内臓ばっかだから多分崩れないけど、一応ね」
「そうかよ……ってなにこれ湯葉…?」
言われて見れば、海咲が開けた鍋の表面に、カレーをたっぷり吸いこんで茶色くなった膜のようなものが張っていた。
その膜の丁度真ん中あたりには、風船の結び口のような突起が一つ。
湯葉というより、割れた風船の残骸のようだった。
「おっぱい」
「ああ!?」
「おっぱいよ。皮だけになったんじゃない?ほとんど脂肪だったし」
「まじかよ…」
そう言いながら、海咲はその膜を箸で絡めとって掲げてみせた。
「いや、裏に結構残ってんぞ」
「うそ」
「まじ」
見れば、確かの皮の裏には、牛筋にくっついているようなぷるぷるの脂がびっしりと残っていた。
「案外溶けないのね」
と言いつつ、私は自分の鍋の中で蠢く毛髪を箸でつんつんしていた。
確か、髪の毛は胃液では溶けないはずだ。
もう色々面倒でとりあえずカレーに突っ込んでしまったが、これはお風呂場で燃やしておいた方がよかったかもしれない。
「邪魔ね」
びちゃっ、と私は毛髪をシンクに投げ捨てた。
「うわっ!おま、ふざけんなや」
と、またまた慌てる海咲を見れば、彼女の持つ箸の先には、50センチは優に超える腸が、鎌首もたげた蛇のように、鍋からにゅっと突き出ていた。
「腸はお前だろ」
海咲がジト目で私を見つめる。
そういえば、腸も途中で面倒になってそのまま放置していたんだっけ。
「そういえばさ、腸押したとき生クリームみたいで面白かったよね」
「じゃなくてだな…」
誤魔化せれんか。
「仕方ないでしょ。うんこ流すの大変だったんだから」
そう、腸に切れ込みを入れた際にすぐさまお風呂場に充満したあの最低の匂いに耐えられなかった私は、おえ、とかうげえ、なんて言いながらのらりくらりと言いわけして手伝おうとしない海咲を横目に、一人、必死になって腸の中を洗浄したのだ。
「あんた、文句いえんの?」
私が睨むと、さすがの海咲も何も言わないまま、静かに鍋の中に腸を戻した。
それからしばらく、私たちはもくもくとカレーを混ぜていた。
直前になって、少しだけ、怖くなったのかもしれない。
ぐるぐる回る彩花を見ながら、私はこうして永遠に、このカレーを混ぜていたいとすら、思っていたのだから。
けれど、いつまでもこんなことをしている場合じゃないことはわかっていた。
いつかは玄関の扉が開いて、ただいまあって、明日美さんと和樹さんが帰ってくるわけで。
何より、部屋を満たすこの慢性的な蒸し暑さに、いい加減、嫌気がさしていたのだ。
ぱちんと私は、勢いに任せてコンロを切った。
ぱちん。
ぱちん。
三口全部の火が止まっても、しばらくカレーは煮えたぎっていた。
ちらと海咲を見れば、それを合図だと思ったのか、火の止まったコンロをただ茫然と見つめていたかと思うと、ごくり、生唾をのんだ。
そうして私の視線に気づいたのか、遠慮がちな、それでも覚悟は決めたと言わんばかりの瞳で、しっかり私を見つめかえした。
私はもう一度、鍋の表層に視線を落とした。
もろに彩花を感じさせるようなものは底の方に沈殿しているのか、幾分かましな、いや、はたから見ればただのカレーになったそれは、妖艶な香りでもって私の鼻腔をくすぐり、舌先を、じーんと痺れさせている。
じっと見ていると、私は確かに、口の中にぞくぞくと湧き上がる唾液の存在を確認した。
溢れんばかりのそれをごくりと一度飲み込むと、また新たに、新鮮な唾液がわき始める。
意を決して手近なお玉を手に取り、表層にゆっくりと沈めてみる。
途端、カレーは吸い込まれるようにしてお玉の中に入ってきた。
その中には、さっき懸命に崩した彩花の細切れも、いくつか混ざっている。
おたまが満タンになると、私はそれをゆっくりと眼前に掲げた。
もくもくと上がる湯気の中、旨味の溶けだした琥珀色の液体の上では、蛍光灯に照らされた無数の脂が、さながら真夏にみる小川の水面のようにキラキラと輝いていた。
何度か息を吹きかけて、意を決し、私はそれに口をつけた。
瞬時に広がるクミンの香り。
見た目とは裏腹、うまみを凝縮するねっとりとした脂が口腔を覆う。
七日間、味も匂いもしない水だけを受け入れ続けてきた舌口に、この塩味はあまりにも刺激が強すぎた。
口内全体の細胞がカレーを構成するいくつものスパイスやうまみ成分に呼応するように躍り上がって、その衝撃は口の中から溢れ出し、のどを伝って私の内臓へ、そうして脳へと全身をくまなく駆け巡った。
その衝撃的な快楽はとどまるところを知らず、体の内側に油膜となってまとわりつき、じっとりと、緩やかに、けれど確実に、私の前身を締め上げていった。
前に、海咲と一緒にSMをテーマにした映画を見たことがあった。
緊縛された主人公の女は、体が締まるにつれていよいよ恍惚とした表情を浮かべ、豊満な肉がはちきれんばかりに締め上げられたその瞬間、ついに絶頂を迎えていた。
その感覚がわからなかった私は、映画が終わった後、面白半分に海咲に首を絞めさせてみたことがあったけれど、さっぱり、どこが気持ちいいのか、結局理解することなんてできなかった。
でも、今ならあの女の感覚が手に取るようにはっきりとわかる。
纏わりついたカレーの衝撃は私の喉を、胸を、そして下腹部を締め上げて、酸素の足りなくなった脳はなだらかに自由を奪われ、じいんと痺れ、緩慢に、けれど確実に私を快楽の底へ底へと沈めてくる。
まるで、月明りに輝く水面を見つめながら、暖かい海の底へと沈んでいくような、そんな心地よさで。
そうして、行き場をなくした快楽の塊が、体の奥底で爆散するのを今か今かと伺っているような不穏な気配。
これ以上堕ちてしまえば、きっと二度と戻れなくなってしまう。
いよいよ私は、人間ではなくなるかもしれない。
そんな危殆な予感すら、一種のスパイスのようになり私の心身を犯していく。
次の一杯で、きっと私の帰り道は消失してしまうのだろう。
手を出したが最後。
けれどほんのわずかに残った理性の警鐘も、快楽の油膜に覆われた私の鼓膜には、まるで他人事のように、遠くかすかに響くだけだった。
ぼちゃん。
私は、勢いよくお玉でもう一度カレーを掬って、食べた。
今度は、肉の有無なんて気にしなかった。
それどころか私は、早く肉を食べたいとすら思っていた。
異常なまでに膨れ上がったこの空腹を、あのふんわりとした彩花の肉で満たしていしまいたいと。
ずるると飲んだ。
弾けた。
ぐるぐる、歪む。
視界。
剥離。
手に負えない事態に、脳みそは理性を捨ててしまえと判断したのか、もう一切のためらいも、警鐘も、消えてしまって。
広がるスパイス。
ぎゅっととかみしめた彩花の肉。
ほのかに酸味を感じさせるそれは、どこの肉なのか、少しだけ筋っぽくて、何度も何度もかみしめる。
そうすると、ほんのりとした酸味の奥からスパイスのしみ込んだ旨味がじゅわり。
ごくり。
飲み込み、ぼちゃん。
得体のしれない快楽はとどまることを知らない。
もはや私の心は早く次を、早く次をと四肢をせかし、足はがくがくと震え、必要もない足踏みを何度も繰り返し、両手は一度に救える量のもどかしさからせわしなく鍋の中のものをすくいあげていく。
けれど、いくら食べようとも柔らかくて細かな肉片ばかり。
私は今になって、煮込んでしまえば小さくなって食べやすいだろうなんて考えていた少し前までの自分を恨まずにはいられなかった。
舌先で溶けてしまう腹の肉、尻の肉。何度もかみしめなければ味わうことすら困難な手足の指。
そのどれもがもどかしく、私の衝動をのらりくらりと交わしていく。
もっと質量のある、噛み応えのあるものを。
気づけば私はお玉を捨て、両手を鍋に突っ込んでその中をまさぐっていた。
ぬるりと指先を、確かな弾力と面積のある何かがかすめた。
取り上げてみれば、それは子宮だった。
彩花をばらした日、裂いたお腹の中に存在したそれは、今は相当に縮み上がってしまっているけれど、形状は確かに子宮そのもので。
彼女のお腹からそれを取り出した時、ああ、私みたいなやつも彩花みたいなやつも、元はと言えばここから生まれてきたんだなあ、なんて感傷に浸ってしまって、結局、その神秘的な部位を切り刻むことへの抵抗から、そのままの姿で鍋の中に入れていたのだ。
がぶりと、私は子宮に食らいついた。
程よい弾力のあるそれを噛みしめると、スパイスの豊潤な香りの奥から、血の匂いの混じった何とも言えない不快で、それでいて心地よく癖になる香りが広がった。
その得体のしれない香りが、彩花の生を、そうして人間の生を体現しているようで、今私が食らいついている器官があまりにも神秘的でデリケートな部分なんだと感じさせた。
けれど、その神の叡智の結晶ともいえるような臓器ですら、今の私にとっては至高の快楽を伴ったこの上ない食材でしかなく、私はその神秘的な味を余すところなく味わうことも忘れ、ひたすらにかみつぶしては飲み込むを繰り返し、あっという間に平らげてしまった。
もっと、もっと食べ応えのある肉が食べたい。
けれど鍋の中に残るのはカスばかり。
私は必死になって鍋の中の肉片をかき集め、まとめて口に含んだ。
そこでふと、煮込んだ彩花の頭部があることを想いだした。
ああ、あそこにはまだたくさんの肉が残っているはずだ。
思い立ち、ふと頭を煮込んだ鍋を見てみれば、あれほどまでに食べることを拒否していた海咲が、目を爛々と輝かせながら、彩花の頭部を一心不乱に貪っていた。
私は声を発することも忘れてその頭部を取り返そうと海咲につかみかかった。
けれど私なんかが海咲に勝てるはずもなく、彼女の腕の一振りで、簡単に薙ぎ払われてしまった。
まるでライオンの一鳴きで蹴散らされるハイエナのようだ。
しばらく恨めしく海咲を睨んでいたけれど、ふと、臓器を煮込んだ鍋の存在を思い出し、頭部に気を取られている海咲の脇からすっとその鍋を取りあげた。
海咲に気づかれないようにキッチンの隅にしゃがみ込むと、隠すように体で鍋を覆って、ようやく一安心した私は、そのまま鍋の中身を貪り始めた。
心臓、肺、腸、肝臓、腎臓、膵臓、ありとあらゆる臓器を適度に刻んで煮込んだこの鍋は、頭ほど肉々しくはなくとも、食べごたえは十分にあった。
いくつか、どこのものともわからないコリコリとした内臓を平らげた後で、私は海咲がさっき手に取っていたおおぶりの腸の存在を思い出し、鍋の底をまさぐれば、ぬるりと、簡単にそれは見つかった。
一口かじってみれば、もわんと、若干の臭みが口の中に広がったけれど、そんなこと、どうでもよかった。
どれくらいの時間が経ったかはわからない。
結局、臓器を煮込んだ鍋を食べ尽くし、最初に手を付けた鍋の中の細切れも大方片付けたところで、私は極度の満腹感に襲われた。
あれだけ詰め込まれていた鍋の中も、ルーこそ大量に残ってはいるものの、肉はほとんど残さず食べ尽くしてしまった。
キッチンの隅に座り込んだ私の体を、未だにあの快楽の残滓がまどろみのように包み込み、心地の良いしびれを伴って心身の自由を奪っていた。
辛うじて動く瞳で海咲を見れば、彼女はまだ食べ足りないのか、しきりに鍋の中をまさぐっては、うんざりした表情を浮かべていた。
そうして諦めたように鍋から手を取り出すと、足元に散らばっているかち割った頭蓋骨の破片を手に取り、しゃぶりつく。
ちゅうちゅうと骨を吸う姿は、これぞまさしく骨の髄までって感じで。
両肘からぼたぼたとルーを垂らしながら骨をしゃぶっていた海咲だったけれど、ふと、何かに気づいたように立ち上がると、おもむろにシンクの中から黒い塊を取り上げた。
さっき私が捨てた頭皮だった。
海咲はそれを乱暴に鍋に沈み込ませると、何度か鍋の中でぐるぐるとそれを回した。
しばらくそうしてかき混ぜていた海咲だったけど、満足がいったのか、鍋から毛髪を取り出し眼前に掲げると、そのまま勢いよくそれの頭頂部辺りにしゃぶりついた。
カニの足を吸う時みたいな卑猥な音が鳴り響く。
じゅるじゅるちゅるちゅる。
海咲が毛髪をしゃぶりあげるたびに、口の端やら唾液の混ざったルーがこぼれ、ぼたんぼたんと床に広がる。
けれどそれでは飽き足らず、今度は口に含んだ毛髪を咀嚼し始めた。
噛み応えがあるわけでも、かみ切れるわけでもないだろうに、海咲は一心不乱に噛み続ける。
そうしてしばらくすると、ずるりと、まるでうどんをすするかのようにして、毛髪を半分ほど飲み込んでしまった。
食べる気だろうか…。
人間の髪の毛は胃液では溶けない。
ラプンツェル症候群?なんて病気もあったはずだ。
だとすれば、あんなもの食べたら大変なことになる。
でも、止める気にはならなかった。
私だってさっき少しだけ、同じようなことをしようと考えていたのだから。
私がそんな風に考えているうちに、海咲はさらに、ずるり、と毛髪を吸い上げ、吸い上げ、ついにはすべてを口に含んでしまった。
まるでハムスターみたいに頬を膨らませてしばらく硬直していた海咲だったけれど、ごくり、大きく喉を鳴らして、ついにすべてを胃に収めてしまったようだった。
それでもまだ満足しないのか、海咲は細切れしか残っていない鍋を手に入れると、ごくごくとそれを飲みだした。
一体どれだけ食い意地がはっているのか。
のどをならして無我夢中でルーを飲む海咲の姿を、半ば呆れながら、ぼーっと見つめていた時だった。
げぷって、のどがなって、胃の中に放り込んだはずのカレーの風味がもう一度、口の中にじわっと広がったのだった。
⑫に続く
Fungry! ⑫ 【創作大賞2024 ホラー小説部門 応募作品】|霧島はるか (note.com)
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Fungry! ① 【創作大賞2024 ホラー小説部門 応募作品】|霧島はるか (note.com)
Fungry! ② 【創作大賞2024 ホラー小説部門 応募作品】|霧島はるか (note.com)
Fungry! ③ 【創作大賞2024 ホラー小説部門 応募作品】|霧島はるか (note.com)
Fungry! ④ 【創作大賞2024 ホラー小説部門 応募作品】|霧島はるか (note.com)
Fungry! ⑤ 【創作大賞2024 ホラー小説部門 応募作品】|霧島はるか (note.com)
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Fungry! ⑦ 【創作大賞2024 ホラー小説部門 応募作品】|霧島はるか (note.com)
Fungry! ⑧ 【創作大賞2024 ホラー小説部門 応募作品】|霧島はるか (note.com)
Fungry! ⑨ 【創作大賞2024 ホラー小説部門 応募作品】|霧島はるか (note.com)
Fungry! ⑩ 【創作大賞2024 ホラー小説部門 応募作品】|霧島はるか (note.com)