#114日目 価値観の上書き-ブラジャー編
こんにちは。ロンドンではじめての移住生活を送っているsacaikumiです。
ひとつ前の記事と同日ですが、全くトピックが異なるので記事を分けてみました。
もうひとつ、どうしても最近気になって仕方がないのが、日本のブラジャー市場です。
これも、きっかけはそろそろ下着買い替えないといけない時期だなぁという些細な気持ちでした。
ヨーロッパの下着ブランドのwebサイトを幾つか見て、どこのが良いか、サイズが合うか、など考えている最近なのですが、ヨーロッパの下着って、基本的にパッドが入ってないんです。あの、ふかふかのクッションみたいなやつです。笑
最初は「乳首が思い切り透ける下着も使っていれば慣れてくるのかな?」という尺度で見ていたのですが、それがだんだん「なぜ日本の下着ってだいたい全部にパッドが入っているんだろう?」という疑問に変わっていきました。
lonelylingerieの下着。レースが繊細でとても美しい。
私は実は自分の胸に対して結構無頓着な人間だったので、去年末まで自分の胸のサイズさえ間違った認識でいました。ブラジャーを買う時も、いくつかのポリシー(谷間のところにリボンやキラキラが付いているのは嫌だな〜とかその程度のもの)に則っていれば割となんでも良いタイプだったので、それなら安い方が良いよね!とセールで買うのが基本。
だから、日本のブラジャーの売られ方ってこれまであまり注意して見てなかったんです。なんとなく「ふわふわ谷間メイク」とか、「寄せてあげて盛れる!」みたいな言葉がやたらと目に留まるとは思っていたけど、それにも慣れ過ぎて、とくに考えるきっかけというのがなかったのですね。
でも改めて、パッドが入ってないブラジャーをウェブサイトで毎日見ていくうちに「私って今まで誰のために"盛って"たんだろう…」という素朴な疑問が湧いてきました。
そしてそれは少なくとも自分のためにはなってなかったんですね。私は。
誰かも分からない(けどまぁ、男性なのでしょう)人のために半自動的におっぱいが盛られてたことに気が付いて、ちょっと複雑な気持ちに…。
よし、じゃあこれからはパッドのない下着をつけていこう!と決めた機に、試しに日本のブラジャーメーカーのサイトでパッドなしの商品を探してみたんです。そしたら、その製品名が「見た目スッキリブラ」(のような名前)!しかもサイズ展開はDカップ以上ときました。
なんだかこれだけ見ると、胸が小さい女性は寄せてあげて盛って、胸が大きい女性はなるべくスッキリ見せて、皆C〜Dカップくらいに見えるのがベストだよね!と言われているみたい。
無意識的に平均を目指すことが推奨されているマーケティングに苦い気持ちを抱きました。
きっと、下着以外にも、私たちはこうしたマーケティングにより、色んな価値観に縛られているのだと思います。
もし女性たちのおっぱいの大きさという概念に多様化が生まれたらどうなるかなと考えてみたのですが、これは肌の色みたいな現象が起きると思います。
日本って、色白さんの美意識と色黒さんの美意識が別の形で同時に存在して、それぞれの美学が完成されていますよね。
素の肌が白い子でも美黒に憧れて日焼けサロンに通ったり、その逆もあったり。
胸の大きさや形に関しても、個人個人がなりたい自分の盛り方を目指せるような土壌が生まれたら、一番ヘルシーな形だと思います。
今後私は、ランジェリーは身体につけるアクセサリーという風に捉えていきたいと思いました。
これからは繊細なレースが美しいものを大事に大事に着ていきたいな。運動を定期的にして、レースを纏うに心地よい身体のかたちを作りたいな。
それからもうひとつご紹介。
無意識的に平均を目指す私たちについて、私の素敵な友人のひとりであり、今スイスで暮らしているライターのアリサちゃんが「クッキーカッターな憧れ」と題して、素敵なコラムを書かれています。
彼女がこれからどんな風に日本を見つめていくのか、とても楽しみ。