デンクシフロリ 森田祐二シェフ Interview
今年9月、表参道にオープンした「デンクシフロリ」。「傳」と「フロリレージュ」のコラボレーションレストランとして注目を集める同店の、シェフ森田祐二さん、女将橋本恭子さんはどんな方でしょうか? プロフィールと今のご自身について伺いました!
飲食店に入るきっかけは自動車免許
編集部――森田シェフ、本日はよろしくお願い致します。森田さんは、こちらのシェフになるために北海道からいらしたと伺いました。デンクシフロリさんに入られたのはどのような経緯だったのでしょうか?
森田シェフ――以前働いていたお店で先輩だった、諒悟さん(台北Logy田原シェフ)から「こんな話があるから聞いてみる?」って連絡をいただいたんです。
編集部――それまではずっと北海道にいらしたのですか?
森田シェフ――はい。僕は、道東の別海町(べつかいちょう)という町が地元なんです。最初はとなり町の中標津(なかしべつ)のお店でアルバイトをして、その後、ホテルのレストランで働いてから、札幌や江別のレストランで働きました。
編集部――道東……北海道の東側ということですか?
森田シェフ――そうです。別海はその中でも東の端ですね。香川県と同じくらいの広さなんですけど、酪農地帯も農村もあって、海のものもすごくとれて、というところで育ちました。乳牛が人口の10倍くらいいるんですよ。
編集部――10倍!
森田――それで18歳のとき、飲食店を経営している社長さんとたまたま知り合いで、その人のお店でアルバイトを始めたんです。
編集部――調理師学校に行ったわけではなかったのですか?
森田シェフ――はい。最初のきっかけは、高校を卒業する前に就職か進学か、「どちらか決めなければ車の免許を取らせない」と親に言われていて。
編集部――あ、北海道、車がないと大変そうですよね。
森田シェフ――(笑)そうなんです。それで働き始めて少ししたときに、社長が新しくお店を出すことになって、「本気でやりたいんだったらそっちに行ってみるか」って。温泉ホテルの中のレストランで、和食と中華がメインで宴会とかもやるところで、6年間、調理場の基礎的なことを勉強しました。そこで働いているときに、札幌の「テルツィーナ」のオーナーシェフに会ったんです。
シェフは堀川さんという方で、僕のいたホテルで堀川さんがフェアをしたときに、お手伝いに行って。そのときにまかないで食べたパスタと前菜が、めちゃめちゃおいしくて! もともとイタリアンやフレンチに興味があったのですが、その後、テルツィーナが人を募集するタイミングで「来ない?」って声をかけてもらえて、行くことにしました。
編集部――どんなお店だったのですか?
森田シェフ――今、オープンから22年になるんじゃないですかね。堀川さんの人柄もあって、昔からのお客さんに愛されているお店で。地元のサッカー選手とか、札幌競馬があるときはジョッキーの方とかも来ていました。
シェフはヴェネトやローマで修業した方で、どちらかというと北イタリアの料理ですね。ちゃんとしたイタリアンのコースと、ピザ釜で焼くローマのクリスピーな感じのピッツァも出していました。諒悟さんと働いていたのはこのお店です。僕はそこに9年半いて、最後に上川の「フラテッロ・ディ・ミクニ」というヴィラ付きのレストランにワンシーズンお手伝いに行かせていただいて、上がりました。
編集部――次はどうされたのですか?
森田シェフ――もともとは、テルツィーナとは別のお店の新店舗のシェフ、という話を堀川さんが持ってきてくださって、面白そうだからやってみたいなって。ただ、そのお店は立ち上げてすぐに経営陣が変わってしまって、改めて「nodo」というお店になって再出発したんです。nodoではメニュー決めからすべて任されていて、シェフとして1年8か月くらい働いて、体制ができたところで、このデンクシフロリの話をいただいたという感じです。
編集部――立ち上げ早々大変でしたね。どんなお料理を作っていたのでしょうか?
「畑のにおい」がする地元の野菜
森田シェフ――最初は食材の縛りがすごくあったんです。マニュアル的な感じで、この料理にはこれ、とか、輸入の素材も多くて。お店は江別(札幌近郊)で、地元においしい野菜があるのに、もったいないなって思っていて……だからnodoになってからは、お肉と野菜は地元のものを使っていました。
編集部――地元においしい野菜があるのに、というのは?
森田シェフ――もともと、テルツィーナにいたときは農家さんとのつながりがあったんですけど、新しいお店はそうではなくて。でも、立ち上げてすぐに、ベビーリーフを持ってきてくれた農家さんがいたんですよ。富永さんといって、ハルユタカ(小麦粉)の生産者さんなんですけど、ベビーリーフも作ってるんです。
編集部――ふり幅の広い方ですね(笑)。
森田シェフ――(笑)江別は小麦粉の産地なんです。富永さんはすごいおもしろいおっちゃんなんですけど、その人のベビーリーフがすごーく香りがよくて。箱を開けた瞬間に、いい意味ですごく青臭くて。「さっきとってきたばかりのものだよ」って。その香りを感じて、やっぱり、こういうものをちゃんと使わないとダメだなって、改めて思わされたんです。
……たとえば、すごく天才的な農家さんが作った野菜はトップレベルの味かもしれないですよね。地元で作っている野菜は、こだわっていても、ある意味でそれに劣るかもしれない。でも、そのトップレベルのものが本州から中2日かけて北海道に来るとしたら、地元で朝とってそのままお店に届いた野菜のほうが、僕はいい野菜だと思う。畑のにおいがするというか。ねかせておいしい野菜もあるので、ものにもよると思いますけど。
編集部――「いい野菜」にもいろいろな意味があるけれども。
森田シェフ――はい。その香りって、すごく大事じゃないですか? そういうものが使える環境に身を置いているのはすごく幸せなことなんだから、使おうよ、ってことで、nodoでは直接野菜を仕入れるようにして、農家さんからもいろいろ教えていただいて。
編集部――農家さんから直接の仕入れだと、そのときどきのものがきたりしますよね。
森田シェフ――そうですね。だから、その日ごとのメニューもやっていました。僕がよくお世話になっていたのは、アンビシャスファームさんと、森農場さんなんですけど、どちらも江別の農家さんです。アンビシャスファームさんは新しい野菜を作ってくれたりもして。「種植えするけど何かリクエストある?」って。こんなのが欲しいって希望を送ると植えてくれて、できたものを「正解かわからないけど」って見せてもらって。畑に行くのも勉強になりました。いろいろな状態のものを見て、使って。ベビーリーフみたいな感じとか、花とか、育ちすぎてしまったものとか、製品として出回っている大きさじゃないものも、それはそれでおいしい。
編集部――そうした素材を扱うことが自然と身についていったのですね。それからこちらのお店のシェフになられたということでしたが、お話があったときにすでに、次のステップに行きたいという気持ちもあったのでしょうか?
渦中に飛び込むことで見えるもの
森田シェフ――そうですね。料理人をやっている以上、独立というのも一つの目標としてあるじゃないですか? でも今は働き方の選択肢が増えていて、お店を構えるだけがやり方なんだろうか、とも考えていました。nodoをやめることは決めていたけど、次をどうするか迷っていて、それでコロナがきて世の中がどうなるかわからなかった……そのときに諒悟さんからお話をいただいて。
編集部――あ、そういうタイミングだったのですね。
森田シェフ――はい。ふつうであれば「今は動くべきじゃない」っていう時期だと思うんですけど。
編集部――まわりが変化することが明らかで、しかもどう変わるかわからない時期ですか。
森田シェフ――でもその中でより一層、飲食店での働き方が変わっていくなって思ったんです。現状でも大きく変わっていっていると思うんですけど、そこで、日本のトップシェフがどう行動するのかを間近で見られるのは、経験値として大きな財産じゃないですか? しかも、日本でいちばん人がいる場所ですし、画期的なもの、新しいものが生まれていくと思うんです。それを肌で感じられる、ということもあって、自分のために行くべきなんじゃないかなって。
編集部――すごい場所にきましたね(笑)。
森田シェフ――(笑)でも何よりも、このお店がものすごく魅力的でした。本当に今までないものじゃないですか?
編集部――一つは、あのお二人がコラボをするということですよね。
森田シェフ――和とフレンチが融合するというだけでなく、間違いなく独創的なものになるだろうし。ただ、お話をいただいたのが6月の終わりくらいで、本当にコロナが、わからない時期で……。
編集部――そういう時期でしたね。
森田シェフ――東京に行くのは厳しいなと、最初は思っていたんです。でもせっかくお話をいただけたから、なしで終わるのは嫌だなと思って……。僕、今単身で来てるんですけど、北海道に家族がいるんです。
編集部――川手シェフから少し伺って、その状況でいらしているのはすごいな、と思っていました。時期的にもきっと、「あんな場所へいくの?」くらいの感じですよね。
森田シェフ――はい。最初、話を聞きに行くのすらもNGみたいな感じで。でも冷静に考えたら、チャンスかもしれないのに、それが理由で潰してしまうのは間違っていると思って。かかるかもしれないけど、でも、わからないじゃないですか? 誰でも。
編集部――そう思います。
森田シェフ――それで、「話だけ聞きに行かせて」ってすごく説得して。「なんなら俺戻ってから2週間ホテル泊まるから」って。
編集部――(苦笑)リアルですね。でも、それだけご家族を説得したということは、「話を聞くだけでも」という時点で、心はかなり傾いていたのではないですか?
森田シェフ――まさにそうですね。断る理由はないんじゃないかなと思いました。もちろん、川手シェフ、長谷川さんにお会いしてどう思われるかはその時点ではわからなかったですけど。
編集部――もともと、お二人やお店のことはご存じだったのでしょうか?
森田シェフ――長谷川さんは今回初めてお会いしたのですが、フロリレージュは諒悟さんが働いていたときに食べに来たことがあったのと、川手さんの講習に行ったことがありました。北海道で業者さんの展示会が毎年あって、東京の星付きレストランのシェフや、パリとかからも有名なシェフが来るんですけど、僕はそれが好きでいつも参加していて、川手シェフはそこに来ていたんです。
編集部――じゃあ、川手シェフがどんな方かはなんとなくイメージがあったのですね。それで、シェフお二人に会って、やはりデンクシフロリさんでやりたいなと?
森田シェフ――はい。でもそこから、今度は親にも反対されて、その説得がすごく大変でした。子供も生まれたばかりだったというのもあって。
編集部――それを経て、シェフになられた。それだけ強い気持ちがあったということですよね。
第一線のシェフ達から受ける刺激
編集部――メニューは、どのように決まっていくのですか?
森田シェフ――川手さんと長谷川さんが考えてきて、ここ(店)でばっと作って、みんなで共有して、僕たちが作る、という流れです。
編集部――オープン前から今まで、お二人に接して、いかがですか?
森田シェフ――うーん…‥‥一線で働くって、こういうことなんだなって。本当に、二人とも、ずーっと料理のことを考えています。そうなるだけの努力をしているんだ、それを欠かしてこなかったんだって。天才とかそういう言葉で片づけては失礼なくらい。もちろん、出会って日が浅いので知らないことのほうが多いですけど。
編集部――お料理のクリエイティビティの面で何か感じるものはありますか?
森田シェフ――経験値が違うのはもちろんなんですけど……メニューは絶対にどちらかのキッチンで作りながら食べて、「こっちがいい」「これはちょっと違う」とかやりとりしながら決めていくんですけど、すごくいい意味で、「ああ、こういう感じなんだ」って思いました。
編集部――それも決して特別ではない、ということでしょうか。
森田シェフ――そうです。やるべきことをやって、その料理ができている。もちろん、そのときの発想や仕上がりのクオリティの高さもありますし、引き出しがものすごく多いだろうなと思います。それと、一つの食材があったとして、たぶん一瞬で組み合わせを考えて、完成度、統一感のある一皿に持って行くまで、始まったらあの二人はものすごいスピード。しかも和食とフレンチで合わせているのにそれができるというのがすごい。
編集部――お二人の波長や見ている先が合うというのも、あるのかもしれませんね。そのメニューを森田さんは実際に作るわけですが、お二人から料理についての説明はあるのでしょうか?
森田シェフ――そうですね。たとえば今日作ったイワシとレバームースのお皿は、フロリレージュと傳が、10年前に初めてコラボをしたときの料理がルーツです。イワシとフォワグラっていう組み合わせがあって。イワシが傳、フォワグラがフロリレージュ。
編集部――ああ、それで今、定番的に出されているんですね。どんな作り方なのでしょうか?
森田シェフ――わかりやすく言うと、イワシをナメロウのようにしています。イワシ、ネギ、ショウガ、ミソでタネを作って、串を刺して炭火で焼き上げたものです。ムースは鶏レバーと、フォワグラもけっこうたっぷり使ってます。上にかかっているのが塩昆布と焦がしたレモンのパウダー。
編集部――このお料理の面白いところはどこだと思いますか?
森田シェフ――青魚とレバーという組み合わせに意外性があると思うんですけど、イワシの油脂と、フォワグラの油脂が合う。ムースをソースのようにつけて食べていただくとわかると思います。10年前は形が全然違ったらしいのですが、今、デンクシフロリの料理として、その組合せの意図やおいしさがよりお客様に伝わりやすく仕上げられているのもすごいですよね。そういうストーリーがある料理を作れることもうれしいですし、こちらも思いが入ります。
編集部――もう1品作っていただいたのは、がんもどきですか?
森田シェフ――これは新しいメニューなんですけど、中に具材は入っていなくて、潰した豆腐を片栗粉でつないでいます。外がサクッとするまで揚げて、上にパプリカと七味唐辛子、白ごま、かつお節を合わせてふりかけ状にしたもの。それと、発酵させた白菜を混ぜ込んだマヨネーズ。フロリレージュではカブのぬか漬けを使っているんですけど、これは傳で発酵させた白菜を使っています。下はキャロットラペで、和歌山のみかんを使ったドレッシングで和えています。
編集部――がんもどきとキャロットラペなんて、めずらしい組合せですよね。
森田シェフ――はい。色のコントラストもきれいで。この料理、お客様から好評なんですけど、シンプルだし使っているもの自体はどれも親しみやすいじゃないですか? でも、食感や香りの変化、食材の組合せで簡素に感じさせないし、その中でフレンチと和食の調和もとれていて、お客様を感動させられる魅力があると思います。
「力のある料理」を作るという経験
編集部――こうした、川手さんと長谷川さんお二人が考えた料理を作る中で、森田シェフご自身は、どのようにやっていきたい、表現していきたいと思っていますか?
森田シェフ――お二人も、いずれはこちらが料理をブラッシュアップしたり、提案して作っていけるようになったらいいねと言ってくれていて、目指すところはそこだと思っています。まずは、二人が考えるメニューを忠実に、「よくここまでおいしくできたね」というレベルまできちんともっていくこと。そこから、料理に対して、こちらからのアプローチをしっかりできるようにしたいです。
編集部――どんなアプローチでしょうか?
森田シェフ――たとえば、「今日は材料のイワシが仕入れられない」ということがあるかもしれない。でも、そのときに「どうしますか」と聞くだけではなくて、「これが仕入れられるから、こうするのはどうですか」といった代わりの提案をしたり、それだけでなく新しい提案をして、デンクシフロリの皿を作りたいなと思います。
編集部――森田さんご自身はもともと、どういうお料理が好きなのでしょうか? 先ほど、素材へのお考えについては伺いましたが……。
森田シェフ――食べるのであれば、どちらかというと気楽な感じのアラカルト料理が好きです。でも、ここで働いてみてだいぶ考え方が変わってきていて、変わっていくだろうとも思います。
編集部――変わってきたのはどこですか?
森田シェフ――ここでは完全におまかせでコース料理を出していますけど、いろいろな嗜好がある食べる側の、「間違いなくおいしいものが出てくる」という期待に対して、アラカルトよりも逃げ道がないですよね。それでもこれだけお客さんが来てくれるのは、お店の力もあるけど、料理の力でもあるじゃないですか。そういう(力のある)料理を作り続けることは、大切な経験だなと。作り手として「これを食べてほしい」と一皿にかける思いは変わらないから、おまかせ料理を作ること自体がどうこうということではなく、この経験をして、将来自分が何を選ぶかということなんですけど。
編集部――そうすると、このお店で、一品として自分のものを出していくって、すごく大変なことですね。あのお二人の中に割って入っていかなければならない……。
森田シェフ――そうなんです。やばいです(苦笑)。でもこれからはそれを目標としてやりたいなと思っています。
編集部――オープンから2か月たちましたが、お店として何か見えてきていることはありますか?
森田シェフ――本当にあっという間で、今はみんな、振り返る作業というよりも、これからどう良くしていこうかという方向に向いています。営業形態も変わっていく予定で。今は夜の二部制なんですけど、年明け少ししたらランチを始めて、夜は一部制にして、よりゆっくりしていただきたいなと。どうなるかまだ分からないですけど、やるしかない。
編集部――これからなんですね。私は、森田さん発信のお料理が出てくることを待ち望んでおります。
森田シェフ――気合い入れていきます(笑)。
Fin. 森田シェフ、取材にご協力いただいたみなさま、ありがとうございました!