情報教育と教育現場の課題をシェア〜SAJ「ワクワクする学びの場創造研究会」第2回レポート
一般社団法人ソフトウェア協会(SAJ)の「ワクワクする学びの場創造研究会」第2回会合が、2022年9月7日(水)にオンラインで実施されました。研究会は3ヶ月に1度開かれ、メンバーとSAJ会員から自由に参加者が集います。
情報交換から自然と対話が生まれる
本研究会の活動目的は、「ワクワクする学びの場」について開かれた対話の場を創出することです。前回、研究会主査のサイボウズ中村龍太氏が示した通り、はっきりとしたゴールを定めずにエフェクチュエーションの考え方で情報交換が行われました。
<第2回研究会参加者(敬称略)>
中村⿓太(研究会主査/サイボウズ株式会社)、丸尾周平(研究会メンバー/トレンドマイクロ株式会社)、朝倉恵(研究会メンバー/さくらインターネット株式会社)、前田小百合(サイボウズ株式会社)、稲田正輝(トレンドマイクロ株式会社)、遠山紗矢香(静岡大学情報学部講師)
国際カンファレンスWCCEの参加報告
今回はまずさくらインターネットの朝倉氏が、8月に広島で開催されたWCCE 2022(World Conference on Computers in Education 2022)に参加したことを報告しました。WCCEは4年に一度開かれる国際カンファレンスで、ICTの教育活用や、コンピューターサイエンス教育などについて、多彩なセッション、シンポジウムが行われます。
このWCCE 2022では静岡大学情報学部の遠山先生が複数の研究発表を行い、運営にも携わっていたため、今回の研究会では、参加者側、発表者側の双方から同時に話を聞けることになりました。
朝倉氏が印象に残ったセッションのポイントを次々に紹介すると、他の参加メンバーの共感を呼ぶテーマがあり、共通の課題感が見えてきました。
プログラミング×音楽、プログラミング×図工
WCCEの基調講演では、音楽家・数学者・STEAM教育者の中島さち子氏がさまざまなSTEAM教育の事例を紹介しました。その中で特に、STEAMに音楽を取り込んだ事例に感銘を受けたことを朝倉氏は紹介。自身も幼稚園教諭時代に音楽と体の動きで物語の世界を即興で表現する活動をしたことを振り返りました。
この話を受け、トレンドマイクロの丸尾氏は、小学校でプログラミングと図工をかけあわせた授業に取り組んだことを紹介。図工の時間に、教育機関向けプログラミングアプリ「Springin’ Classroom」で音の出る作品を作り、Springin’ Classroom上で公開するという内容です。作品公開時に大切なことを子どもたちと考え、チェックリストで確認することで、作品シェアのリテラシーを学ぶ時間を持ちました。
丸尾氏は、情報リテラシーの出張授業をするときに、いつもどこか子どもたちにとって非日常的な時間になってしまうのが気になっていたと言います。その点、こうして図工の時間に具体的な活動の中に組み込めると、子どもたちはリアルなシチュエーションで考えることができるので、理想的だと感じたそうです。
遠山先生は、図工とプログラミングの組み合わせについて、「図工でやると、決まったひとつの答えにたどり着かなくていいというのがとてもいいと思います。音楽でやる事例もあるので、こうした取り組みがもっと増えるといいですね」とコメントしました。
プログラミングのジェンダー問題
WCCEでは、遠山先生によるジェンダーニュートラルなプログラミング教材に関する研究発表がありました。朝倉氏によると、たとえば、キャラクターを移動させるようなプログラムよりも、セリフを喋らせてお話を作るようなプログラムから始めた方が、女子も取り組みやすいのではないかという話が出たそうです。「プログラミングのジェンダーギャップ解消のひとつのヒントになるような気がしました」と朝倉氏。
朝倉氏が、自身の経験から物語づくりが子どもを引きつける要素があることに共感すると、丸尾氏も同様の経験を語りました。トレンドマイクロの親子ワークショップで、プログラミングでキャラクター同士が会話するストーリーを作るイベントで、女子もとても楽しそうに参加していると感じたそうです。
ジェンダーが話題になったことに関連して、遠山先生は国際カンファレンスの運営側から見えた国際標準のジェンダー観を紹介しました。例えばキースピーカー選定の際には、男女が同数になるように配慮。また、女性の発表者に限らず男性の発表者もジェンダーに関連する課題を語ることが多かったそうです。「日本に住む者としては驚きでした」と遠山先生は振り返ります。
どの国も課題を抱えながら取り組んでいる
WCCEで海外の発表者の話を聞いた感想を朝倉氏は次のように語ります。「日本が世界の中で非常に遅れているかというと、そうでもないのではないかという印象を持っています。もう少し自分達のやっていることに自信を持ちつつ、現状をちゃんと把握して前に進んでいくっていう姿勢が大事なのではないかと思いました」。これにはトレンドマイクロの丸尾氏と稲田氏もそれぞれの視点で共感しました。
遠山先生は、進んでいるというイメージのある海外の情報教育もそれぞれ課題を抱えていることの一例を示しました。電子国家で有名なエストニアからの発表者と交流した際に、すでにカリキュラムがいっぱいで情報教育の時間をどう確保するかが課題になっているという話を聞いたそうです。「いかに余白を作ってそこに情報教育を入れていくかという戦いは、どこの国でも同じように起こっているのだと思いました」と遠山先生。エストニアでは、日本よりもはるかに先生の裁量で決められることの幅が大きいという違いはありますが、同様の悩みも抱えているのです。
学校現場の働き方改革も進行中!
WCCEの話題を軸に情報教育について話が展開した一方で、教育現場の業務フローの改善も見過ごせない課題として共有されました。サイボウズの中村氏は千葉県印西市教育センターで「民間企業に学ぶ業務の効率化」について講演したことを紹介。企業の働き方やデジタル化の実態と学校の仕事環境を対比して見せると、先生からは驚きの声があがったと言います。
中村氏が、デジタル化で効率が上がる例として書類の転記や押印の多さなどをあげると、「言われるまでデジタル化した方が良いという発想はなかった」という反応があったほど。教育行政や学校現場が、これまでずっと続けてきた業務の手法に疑問を持てていない現状を伝えました。
それを具体的に解消しようと自治体と協力して業務フロー改善に取り組んでいるのがサイボウズの前田氏です。静岡県三島市教育委員会とサイボウズで、就学に至るまでの児童の情報管理のフローを見直しています。教育委員会と学校、保護者等を行き交う情報の流れを調べて見ると、大量な紙の書類が行き交い転記作業も多く、非常に煩雑であることがわかったそうです。保護者は似たような書類をいくつも記載して提出し、学校は全てを個別に保管していました。デジタル的に1つのマスターデータで管理するという理想にはほど遠い状態です。まずは現在の業務フローの非効率性を可視化するところから始め、具体的な業務改善に向けて動き始めています。
この報告を聞いて、丸尾氏も遠山先生も、民間企業が自治体に伴走して深い課題の解決に向けて動けていることを高く評価しました。そして、企業や研究者として教育現場や自治体の力になりたいと思っていても、なかなか踏み込んだ関係を築くのが難しいという思いと現実が共有されました。
第3回研究会は12月に開催
第2回も、自由な情報共有が自然と参加者間の共通の課題感をあぶりだす展開となりました。次回は、遠山先生がWCCEで発表した内容の一部がシェアされる予定です。日本で1980年代、90年代にプログラミング教育を受けた子ども達のその後を追跡調査した研究について遠山先生よりお話が聞けますので、興味のある方はぜひ参加ください。第3回「ワクワクする学びの場創造研究会」は、2022年12月7日(水)に開催します。
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