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第167回芥川賞候補作を読みながらつけたメモ

7月20日に発表される第167回芥川賞の候補作を全て読んで軽く予想をしています。
予想はYouTubeの方で動画にしていますので、よければご覧ください。

今日は候補作を読んだ時にメモしたものをアップします。本当にただのメモです。
誰も興味ないとは思いますが、何かの参考にでもなれば幸いです。

『ギフテッド』

母の最後を看取る娘の話。
娘はコリアンタウンや歓楽街で働く水商売の女。
私生児。
母の最後の数日を同じ部屋で過ごし、母の過去を知る男性などが現れ、探っていく。
途中、自殺した友人についての件があるが、あまり物語上必要性は感じなかった。
文章は淡々としているが、味があり濃厚な文体。
主題が別の作品も読んでみたい。
書き方や世界観は僕の好きな傾向。
ラストは候補作の中で一番好き。

『あくてえ』

悪態のこと。ばばあときいちゃん(主人公の母・本名は沙織)とわたし(ゆめ)の話。
ばばあは母にとっての義母。
ばばあはデイサービスを利用しているが、声がデカく被害妄想もある厄介なばばあ。
元夫は不倫の末に家を出て新しい家庭を持った。
ゆめは小説家を目指している。
アンチ小説のような話。
現実はどこまでも続くのだ、というメッセージを感じた。
人間性や関係性になんの変化もないのがそこに表れている。
ばばあも親父もずっと嫌な奴で、きいちゃんはずっと耐え忍んでいる。
小説ならばここに展開が加わるはずだが、最後まで貫き通す。
でも、まさに現実ってそうではないか(特に生活とはそういうもの)。
秀作。

『家庭用安心坑夫』

三人称。
主人公の小波は主婦。
今はテーマパークとなった元・炭鉱に置かれている人形【ツトム】の話は幻想的に描かれる(マジックリアリズムの手法)。
つまり、現実と幻想世界の二つの世界が同時進行している。
子供の頃唯一の遊興施設だった(マインランド尾去沢)の坑道の中腹に立っていた坑夫の人形、それがツトムだった。母はそこを通るたびに「パパ、会いに来たよ」と言う。それを「墓参り」と称していた。
そのツトムが東京に上京し、結婚した小波の前に再び現れる。
文章のレベルは相当高い。
文学的な評価も高いと思う。やや過剰にもとれるほど執拗に事細かな描写が続く。ただ、そこに小波の感情や思念が乗っかりすぎている。三人称の意味がない。
ツトムのパートの時は程よい距離感で書かれていて(野良犬のペスとの挿話など特に良かったし、後半のお風呂のシーンも良かった)三人称である意図がいよいよ分からなかった。
文体もまだ確立されてないようで(ツトムを誘拐しようとする件で)は急に文豪のような古めかしい言い回しになる。など、ところどころ破綻している。
しかしメタレベルが高い、と(群像新人賞の)各選考委員が大絶賛している。
でも、そのメタレベルにやや既視感を覚えた。

『おいしいごはんが食べられますように』

ラベルパッケージの制作会社が舞台。
登場人物は二谷。
支店長補佐の上司・藤さん(40代のおじさん)。
芦川さんは若い女性。
支店長はあまり好かれていない。
藤さんが芦川さんのペットボトルのお茶を勝手にひと口飲むシーンからはじまる。
藤さんは「ごめんごめん」と言い、芦川さんも「気にしてませんアピールで」目の前で飲んでみせたりする。
パートの原田さんは「捨てればいいのに、うわぁ」と言う。
押尾さんはそれをちょっと不快そうに見ていた。

次の件では押尾さんの一人称。
「わたし芦川さん苦手なんですよね」と二谷さんに言っている。
2人で居酒屋に行くシーン。

二谷は芦川さんと付き合っている。
芦川さんは食に貪欲なタイプ。おいしいものを食べている時が幸福だと感じる。
二谷はカップ麺が一番「食べた」と実感できるぐらい食に鈍感。
ただ、性欲は人並み以上にありそう。
実際、押尾さんともそういう行為をしかける。
押尾さんは芦川さんが嫌い。
晩御飯を会うたびに作る芦川に「コンビニでええやん」と二谷は毎回思う。(68ページ)
芦川さんは料理好きでお菓子も作る。
体が弱く、仕事をセーブする代わりに仕事場に手作りのお菓子をバンバン持ってくるようになる。
名言「みんなで食べるものは大体まずい」
生きていく上で必要な「食」が「ファッション」や「アート」や「交流のツール」になっている現代にやんわりとした違和感を覚えるが、そこに抗うわけではなく、疑問を抱く程度に抑えられていて、読後にタイトルの「おいしいごはんが食べられますように」を復唱した時に鳥肌が立った。
一推し。

『N /A』

主人公が月経を止めるために炭水化物を抜くという場面からはじまる。
みんなから「松井様」と呼ばれている主人公まどか。
そのことからやや男性的というか、サバサバした印象を受ける。
でも、こういった分類さえも忌避されがちな物語で、つまりはなんでもカテゴライズしてしまいがちな現代へのアンチテーゼの物語。
主人公は元教育実習生の「うみちゃん」という女性と付き合う。
生理を止めるための行為は「拒食症」、たまたま交際相手が女性であったことに対する「同性愛者」などのカテゴリー化はほぼ暴力だとしてそこに対峙しようとしているようなお話。
でも、完全にその意識を主人公に持たせるわけではなく、主人公もある部分では「不完全」であり、フラついている。
そこからも読み取れるのはとにかく文章にしろ作中の発言にしろ「嘘がない」「破綻していない」というところ。
これはできそうでできないことだと思う。
だからこれだけ評価されているのだと思う。
そして実はこの作品の一番の魅力は構成のうまさ。整合性がとれていて、細部までよく練られている。
作品の出来栄え、目新しさ、文章力からいって一番評価が高いであろうことは揺るぎない。
でも外した方が予想的には面白いかな。
二作受賞なら100%受賞。


素人の戯言です。
フラットな気持ちで読んでください。

では、また。

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