かわいい ひざ

 今日も運動会の練習だった。僕足が遅いんだ。今日の徒競走もビリケツだった。小学校1年生の息子が夕食を食べながらボソボソと話す。
うんうん、と話を聴きながら思う。幼稚園までは運動会でも競争なんてなく横並びだった。1番もビリケツも無い世界。小学校に入って突然の競争という荒波に揉まれて打ちひしがれているのだ。
 お父さん、お母さん、俊足っていう靴を履くと、はやく走れるんだって。お友達が言っていた。みんな履いてるの。僕も運動会にその靴を履いて走りたい。買って欲しいという息子のお願いに夫と目を合わせる。息子の願いは切実だ。
 しかし靴を履いたからといって1番になれるわけもない。しばらく考え、夫が息子に確認をする。「靴が今年の誕生日プレゼントになるよ?それでも良い?ポケモンもなーんにも、もう買わないよ」それを聞いて息子は救われたかのような満面の笑みを浮かべ頷く。これで速く走れるのだ(と、思っている)。
 早速その週末、近くのイオンに俊足を買いに行った。息子は買ってもらった靴を大切に、そして嬉しそうに「走る練習もしようね」なんて話しながら抱える。

 翌日の夕方、仕事から家に帰ると昨日買った新しい靴が玄関に揃えられたまま、息子は遊びに出掛けていない。あれ?なんで古い靴で出かけてるんだろう?せっかく俊足を買ったというのに。不思議に思っていると、外に自転車を停める音とただいま〜の声。私は玄関を開けた息子に靴はどうしたの?と声をかける。すると息子は「お母さん、今日運動会の練習で転んじゃったの」両膝と腕にに大きな擦り傷を見せながら。痛々しい。でもそれと靴を履かないことと何の関係があるんだろう、大切に履くってことかな。と考えを巡らせているうちに「俊足が速すぎて僕、転んじゃったの、自分にこの靴は速かったみたい」息子の言葉や考えが余りにも可愛くて愛おしくて、思わずギュッと抱きしめたくなった。靴が速すぎて足がついていかず転んでしまったと思っているのだ。

 ー運動会までまだ時間はある。「そっか、俊足は速すぎたんだね、もう少し走る練習してから履こうか」そう言って私は息子の頭を撫でて、痛々しくも可愛いひざを手当した。

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