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不倫醜女馬鹿オンナ・梅田ひろみの件

 偶然、スーパーで若い女と先生を見かけた。嫉妬の感情が湧き上がる。私は夫に言った。夫の腕を引っ張り、

「見て、先生がいる」

 私の夫も先生に気が付いたみたいだ。

「ひろみ、先生に声、かけないでいいのか? 」

「いいよ」

 幾ら何でも現在進行形の不倫相手に向かって「お久しぶりです」は、ないだろう。
 そう、思った。

「まあ、いいか」

 夫は言う。私は話題を変える。

「ねえ。今日、何食べたい? 」

「そうだなあ。久しぶりにスキヤキが食いたい! 」

 今日は土曜日だ。簡単にスキヤキを食べて、寝るまでの一時をのんびりまったりするのもいいかも知れない。

「じゃあ、お肉買いに行こう! 」

 私は夫の腕に自分の右腕を絡ませた。

「お肉、高いから、安めのお肉でもいい? 」

「いいよ」

「了解」

 肉も魚も高いなあ、物価が上がった気がする。

「カレイの切り身が八百五十円なんて、信じられない。私はカレイの煮付けが大好きなのに! 」

 つい、ブツクサ言ってしまう。私はグラム三百九十八円のお肉を約六百グラム、買い物かごの中に入れた。内心、ドキドキしていた。
 久しぶりに見た先生と、先生が連れていた、若くて美しい女の姿が目に焼き付いて離れなかった。
 嫌な汗が出る。汗が目に染みてきた。どうしよう、私は妬している。

「目が痛い」

 私は、持っていたハンカチで目を押さえた。なんで、泣くの?

「大丈夫なのか? 」

「大丈夫よ」

 目を押さえながら、笑った。
 スーパーは結構なこみ具合だった。肉、ネギ、しらたき、焼き豆腐、しいたけ、白菜、春菊、卵、牛脂、お餅。私はどんどん、食材をカゴに入れていく。

「二人でお肉六百グラムって多い? 」

 私は尋ねた。

「食えるだろう」

 今は新婚で、夫と二人きりの生活だ。だいぶん、慣れて来た。

 先生との不倫が始まってから、五、六年。今の夫と付き合い始めてから六年。
 時期が思いっきり、被っている。

「梅田、お前、俺の彼女だったの? 俺、ただ、穴だけだと思っていたよ。穴って言うかモノ」

 先生が言うから、多分、そうなんだと思う。ホテル代も、良くてワリカン。全額私が出すときもあるし。
 お金を払って、抱いてもらっているようなものだ。惨めな女。でも、大麻だけは先生が買ってくれる。
 先生は私に大麻を教えてくれた人だ。大麻を覚えて私の世界が広がった、そう思う。
 スーパーからの帰り、私は愛車を運転していた。私の車のすぐ隣を先生のワゴンが過ぎていく。多分、先生は気がついてはいない。
 抜いた車が私の車だった事に。先生は助手席に女を乗せていた。先生、行先はどこですか?

「今日はスキヤキだあ」
 こちらも助手席に乗った夫が、人のよさそうな顔で笑っている。この夫と結婚して半年がたつ。

「まだ、新婚なのかな。新婚なのに、こんなにも寂しいなんて」

 小さく呟く。

「ひろみ、何か言った? 」

「ごめん、なんでもない。ひとりごと」

 結婚前は、先生と毎週金曜日の夜、会っていた。でも、今は夫がいるから夜、会うことはほとんどない。

「ありがとう、兄さん」

 呟く。夫がいてくれているから私は立っていられる。本当に夫には感謝の気持ちで一杯だ。私は車をマンションの駐車場に入れる。
 この車は、結婚と同時に私が即金で買ったお気に入りの車だ。限定色を予約して買った。この可愛い愛車のシートをつい先日、先生の精液で汚されてしまった。
 先生に、嫌われるのが嫌で何も文句は言えなかったけど。本当は嫌だった。先生が悪気なく笑っていたから。

「あんたなんか、死んでしまえ」

 私は時々、思ってしまう。
 私の、コートのポケットの中の携帯電話が鳴る。

「この音はライン? 」

 夫が言う。きっと、先生だ。

「ひろみ、出なくていいのか? 」

 夫がまた、言った。

「多分、まゆみから、急ぎじゃないと思うから、後で返信するわ」

 また、先生からだ。私は小さな嘘をつく。ちなみに、まゆみは私の年子の妹だ。
 私は、沢山買い物をして重みに破けそうになっているビニール袋を両手に持った。この、洒落た、3LDKのマンションも結婚と同時に買った。
 頭金や諸費用は夫が出してくれたから、後は私が家計の中から、月々、八万円弱のローンを支払う。
 考えると、笑ってしまうくらい、順調で恵まれた結婚生活を、私はスタートさせていた。

    でも、まだ先生との関係は切れていない。私の名前はひろみ、今の名前は永田ひろみ。
    旧姓は梅田ひろみだ。年齢は後、二カ月で三十三歳になる。結婚と同時に長く働いていたスーパーの仕事は辞めて、今は楽な専業主婦だ。家事は自分なりに真面目にやっている。
    幼馴染で私が五歳の時からの知り合いだった夫、永田は私より六歳年上の今年三十九歳。夫は私と、先生の仲には、今も何も気が付いていない。
    六年間も。先生と夫は高校の先輩と後輩で今も仲がいいのに。午後五時。私は夕飯の支度を始める。

    家事にまめな夫もネギを切ったり、焼き豆腐を切ったりして出来る限り手伝ってくれている。
    夫とは私が、五歳の時からの知り合いなので、      私は時々、この人を、兄さんと呼んでいる。

    兄さんとはとてもうまく行っていた。
    スキヤキをつつきながら、私は言った。

「美味しい? お肉硬くない? 」

    私は肉よりも、スキヤキの後、すき焼きのタレで餅を煮て食べる方が楽しみだ。

    私は緊張しながら夫に言って見た。

「兄さん、今日、佐々木先生がスーパーにいたね」

「そうだな」

    夫は食べながら応えてくれる。

「それにしても、よく、やるよな。思いっきり小学校の校区内なのにな。しかもPTAの会長だし」

    夫は、焼き豆腐を食べながら言った。

「本当よね! 私までドキドキしたわ」

    内心のドキドキと激しい嫉妬が渦巻く、感情。

「あんな、家から近いスーパーで若い女と二人で買い物なんて、俺には出来ないな」

    兄さんは静かに言った。

「だって、子どもの友達のお母さんと偶然あったりしたら、子どもの心を傷付けるよ」

「兄さんじゃなくても、普通、出来ないよ。あの人、先生は特別」

    まだ、完全に切れてはいない私も私だけど、子どもの心に傷をつけるような真似だけはして来なかったつもりだ。

「絶対に、先生の感覚の方がおかしいの」

    夫の事は好きだ、優しくて穏やかでいい人だと思う。
    でも、私は先生に強く惹かれる。ずっと、惹かれている、今でも。
    ずっと、これからも。私と先生とはこの五年間、不倫関係にある。究極のご近所不倫だ。私の甥っ子や姪っ子と先生の子どもが同じクラスで、隣の席だったりする。
    運動会では顔を合わせないように、サングラスをかけたり、マスクをしたり帽子を被ったりと色々、大変だ。
    先生は本当の学校の先生じゃなくて、私が高校生の時に、教育実習に来ていた、実習の先生だ。教育実習で二週間、美術の授業を受けていただけの間柄。
    でも、偶然、仲のいい友達のお兄さんと言う事もあり、お互い顔と名前は覚えていた。

「久しぶり、梅田」

    近所の居酒屋で再会した後も、私は先生と呼んでいる。
    先生も私を、梅田と名字で呼ぶ。この五、六年間。
    何度、こっちが別れようとしてもどうしても別れられない。

「先生のことが好き」

    この感情は、幼馴染の夫を

「好きだ」

    言う穏やかな気持ちよりも、濃くて、ドロリとしていてとても厄介だ。

「もてるんだろうな。あの人」

    夫が言った。あの人とは先生の事だ。ドキッとした。

「あの人って先生の事? 兄さんだってモテていたじゃない? 私と結婚するまでは」

「そうだったかな」

「兄さんは先生と違って、浮気症じゃないけどね」

    確かに先生は私には勿体ないくらい、かっこいい。俳優の誰かに似ている。に似ている、モテるタイプの人だ。
    私の夫も自覚症状がないだけで、かなりモテる人だ。だから、もてないのは私だけだ。

「兄さんもかっこいいよ。かっこいい! 」

    新婚生活は楽しかった。私は以前先生が経営する会社で社員として働いていた。
    私が先生の経営する会社を辞めたのには理由がある。何年前の話だったか。
    二十五、六歳の時、私は先生の経営する、印刷会社で経理係をしていた。美術の先生になりたかった先生は、大学卒業時にお父さんが急死し、美術教師の夢を諦めて、大学卒業と同時に会社を継いだ、二十二歳の二代目若社長だ。
    その会社の社長の先生にスカウトされ、再会当時、たまたま無職だった私は先生のお陰で、経験があり得意な経理の仕事に就くことが出来た。

「寝ようか」
    夫とパジャマに着替え寝ようとした矢先、先生からメールが飛んできた。
「今から、ラブホテルに行きませんか。いつものリリイ」
    先生だ。

「ワリカンで良ければ」

 枕元の時計を見たら、十時だった。

「ひろみ、メールは誰から? 」

「まゆみから、困ったな」

「何って? 」

「美由紀ちゃんが熱をだしたから、今すぐ来てだって」

「大変じゃないか。ひろみ、すぐにまゆみちゃんの家に行ってあげてよ」

 優しい夫はそう言ってくれる。美由紀とは妹のまゆみの長女だ。

「いいの? 」

「行っておいで」

 私はワンピースに着替えて、先生にメールした。

「今から、家をでます」

「現地集合で」

「はい、分かりました」

 私は運転して、ラブホテル・リリイの駐車場に入ったら先生も来た。

「突然、悪いな」

「ううん、まゆみのせいにしたから後でまゆみに謝って、口裏を合わせる」

 無理に笑顔を作る。

「会えて嬉しい、先生」

「梅田。俺、スゲーたまっていてさ。口で抜いてよ」

それだけ。

「俺も会いたかったよ、梅田」

 そういうのは、私にはないんだ。
 少し、寂しくなる。肩を抱いてもらえるわけでも、キスをしてくれるわけでもない。また、期待した私が馬鹿だったってことだ。
 先生はベッドに腰掛ける。下半身だけ脱いでいる。

「梅田、たのむわ」

「先生、SEXはしないの? 」

「めんどくせー。がたがた言わないで、取りあえずやれよ」

「はい」

 自分だけ快楽を得て、先生は満足げにGパンを履いている。
 鞄から、ピンクの大人のおもちゃを出して、

「やるよ」

 と言って、私の方に投げてくれた。

「ありがとう」

 先生との逢瀬はいつもこんな感じだ。私は、

「これは、不倫じゃない。私は恋愛しているんだ」

 そう思う事で、私は自分を何とか支える事が出来た。
 本当は不倫でもなかった。

「生きているダッチワイフみたい」

自分でも自覚もあった。その後、三十分くらい私の身体をピンクローターで遊んで気が済んで先生は帰って行った。
 ホテル代はワリカンだった。

「ざっぱでいいだろ? 梅田、三千円ちょうだい」

「三千円? 」

 私は先生に三千円を渡した。

「サンキュー! 」

 この部屋の値段は四千九百八十円だよね? これを言ってしまうと、全てが終わる。
 それくらい、分っていた。

「いつか、この人を殺したい。私じゃなくて、どこかの女に刺される前に私が私の手で刺したい」

 紛れもない、殺意が恋心の裏にはあった。表裏一体とはこの事だ。愛情と殺意。どちらも、私の物、私の感情だ。
 こんな、エピソードばかり。笑ってしまうくらい。次の日、まゆみに電話をした。年子の妹のまゆみは二十歳で結婚して今は二児の母だ。

「だからね、美由紀ちゃんの高熱で外出したことになっているの。よろしくね」

「えー! あたしからの電話? おねえちゃんに? それも、用件がうちの美由紀が高熱? いい迷惑。美由紀はピンピンしているんだけど」

「今度、埋め合わせはするからさ」

「まあ、いいけど。今回限りにしてよ」

「分かりました」

「おねえちゃんさあ、いい加減、不倫なんか止めなよ」

 そうきたか。

「何もおねえちゃんの、プラスにならないし。お義兄さんが気の毒すぎるよ」

「分っている」

「本当に分かっているの? 」

「分かっている、つもり」

 とにかく、あやまる。

「ごめんね、まゆみ」

 笑ってしまうくらい、安いエピソード。先生にまつわる話はいつも安い汚れ話ばかりだ。初期の頃、入社してほどなく先生と私の社内不倫が始まった。
 当時、会社では先生の美人妻も働いていた。しかも、私と同じ経理課。何もかもが、危ない不倫だった。
 そこにあるのは、くだらないスリルとしつこい執着心、恋愛感情。私は、先生の自慢の美人妻が大嫌いだった。
 だからこそ、

「やってやろう」

 仕返しに近い、燃えるような感情があった。おまけに、先生の美人妻は、とても性格が悪かった。
 私も、人の事なんか言えないくらい、性格悪いんだけど。自覚しているだけ美人妻よりましだと思う。
 なにかあれば私が高卒だと上から物を言ってくる。

「梅田さんは高卒だから。難しい仕事はしなくていいのにその点、私は四大出ているし。あなたは、雑務だけしていればいいの。トイレ掃除をお願いね」

「私の父は小学校の校長だから」

 これが口癖だ。
 本当に性格が悪い。小学校の校長をやっている父、それが自慢みたいだ。
 私と先生の社内不倫がばれたのは、笑うくらい、お粗末な理由。
 社内メールから。今から考えると先生と私が一番、頭が悪いんだけど。
 迂闊だった。もともと、私と先生のインテリ美人妻とは、折り合いが悪かったから、私は解雇された。
 美人妻はこう言った。私の容姿の事だ。私は美人ではない。かわいくもない。
 平々凡々な顔立ちで、おまけに少し太っている。

「不倫するのは勝手だけどもう少し、容姿のましな女だったら、私も納得がいって許せるのに。なんでよりにもよってこんなに、不細工で太った、低学歴の、こんなにもみっともない女が不倫相手なの? 」

 美人妻に言われた。ナイーブな私は傷付いて、追われるように先生の会社を辞めた。それからは、スーパーでレジ打ちのアルバイトをしていた。
 美人妻は今も、涼しい顔で先生の会社の経理課で働いている。
 一番厄介なのは、会社を辞めた後も、先生と会うのは辞められなかったことだ。しつこいだけの恋情。

 私が結婚するまでは、金曜日の夜は先生とラブホテルで時間を過ごしていた。
 その時に先生にはいろいろ教えてもらった。大麻も。
 パプニングバーも先生に教えてもらった。先生からのメール。

「浅井です。今度の木曜日の昼間、空いていますか? 」

 先生からのメールだった。

「はい、空いています」

 先生とのメールは、いつも何故かお互い敬語だ。
 木曜日、先生と久しぶりに会えるかも知れない。そう思っただけで、胸がドキドキしてきた。

「リリイに行きませんか? 今日は奢ります」

 先生の奢りか、

「珍しいな、何かありそう」

 そう、思った。

「行けます。大丈夫です」

 私は返信をした。また、ラブホテルなのか。先生は変わらないな。不満は残る。
 でも仕方ない、私が好きなんだから。私は先生が恋しくて恋しくて、仕方がなかった。
 今でも。それは変らずに、好きだった。

「では、いつもの場所で十三時に」

「了解しました」

 私は、返信をした。

 木曜日。いつもの目立たない公園の端の目立たないベンチで先生は座って待っていた。

「おひさしぶり」

私の車に乗り込んで来る。

「この前、スーパーで会ったよ」

「あれ、気が付いていたの? 」

私は言った。

「お前の旦那の永田さんも久しぶりに見たよ。元気そうで良かった」

「先生」

私は言った。

「何? 」

「新婚さん、幸せそうだな」

「ありがとうございます」

「梅田、見た? 」

「見ました、しっかりと。あれが新しい女の人? 可愛いね」

「今日の梅田、嫌味じゃないか? 」

「嫌味じゃないです、普通です」

「それならいいけど」

「で? 今日は何用? 」

先生はいつも挙動不審だ。

「ちょっと、梅田に頼みがあって。昼間時間が空いたからさ」

「頼み? どんな? 」

「それは、リリイで話すよ」

「OK」

「今日は自分で大麻も持ってきた」

「ありがとう。はい、ちょうど、着いたわ」

「安い部屋は開いているかな? 」

「さあ、どうかしら」

私はタッチパネルのボタンを押す。いつもの二時間、四千九百八十円。

「三階ね」

 エレベーターに乗り込む。先生は大荷物を持っている。

「先生。大きな荷物ね。一泊で旅行にでも行くの? 」

返事はなかった。

「さあ。部屋に着いた。とりあえず、中に入ろうぜ」

 先生は私の背中を押す。私はソファに座って私は煙草に火をつける。

「先生、煙草吸っていい? 」

 私は先生に言った。

「もう、吸っているくせに」

「まあ、そうね」

 先生は大麻は吸うけど煙草は吸わない。

「今日は何? 」

「梅田、撮影をさせてくれないか? 」

 先生は遠慮がちに言った。

「ヌードモデル」

「撮影? 私を撮るの? 」

「梅田に、ヌードモデルになって欲しいんだ」

「いつも、デブデブって五月蠅く言うくせに」

「絶対に顔は出さない」

「絶対に? 」

「顎から下の梅田の豊満なボディを取りたいんだ。それをネット上に上げて、反応が欲しいだけなんだ」

「例えば、インスタとか? 」

「そうそう、反応とか評価とかさ」

「そのモデルを私に? 」

「う、うん」

「梅田しかいなくてさ。ただで頼めるの」

 そりゃ、そうでしょ。

「新しい人は? 」

「あいつに、そんな真似させられる訳ないだろ! 」

 先生は笑い転げている。

「大切にしているんだね。あの子の事」

「ま、まあな」

「ヌードモデル、かあ」

「頼む! 梅田! ただモデルはお前しかいないんだ! 」

「どうしようかなあ」

「梅田、お前、撮られるの好きだろ? 」

 そう、私は撮られるのが大好きなタイプだった。
 それにしても、無料、無料って言い過ぎだわ。

「いつも、俺とプリクラ撮りたいって言っているじゃないか! 」

 先生、プリクラと、ヌードモデルは、全然別モノなんですけどね。

「いいわよ。なってあげる、ヌードモデル」

 私は言った。

「本当か? 」

「うん」

「ありがとう! 梅田! 」

「早速? 」

「早速だ。じゃあ、下着も全部脱いでベッドに横になってくれ」

「はあい」

 実は私はひそかにヌードモデルに憧れていた。元々、撮られるのが好きだったのと。
 ギリギリ、綺麗なうちに自分を残したいとも思っていた。
 先生の申し出は私にとってもラッキーだった。普通、この三十歳を過ぎた小太りの身体を撮りたいと言ってくれるカメラマンはいないだろう。
 私は、洋服を勢い良く脱いで行った。コート、白いニット。Gパン、ブラジャーとセットになっている赤い小さなショーツ。
 そして、ベッドに横になった。

「絶対に梅田の顔は撮らない、それだけは約束する。信じてくれ」

「分かった」

「後、無理はさせない」

「了解、撮り始めていいよ」

 私は言った。
 先生の眼が輝いている。

「その前に」

「何? 」

 私は言った。また、余計なもの出して来るんじゃないでしょうね。
 いつもの大麻とか? 

「金の粉を塗ってもいいかな? 」

 低姿勢の先生はなんだか気持ちが悪い。

「いいわよ。シャワーのお湯でおちるんでしょ? 」

 先生は、持参の太い筆で私の身体に金粉を塗り始めた。

「くすぐったい」

「我慢してくれ」

「しますけどね」

 私の胸、ウエスト部分、二の腕、細いとは言えない太もも、お尻、余分な肉のついた首筋、デコルテ部分。

「梅田、撮るよ」

「ええ」

 先生は自慢のデジカメで撮っていく。

「梅田、顎を上げて」

「こう? 」

「そう! その角度で」

 シャッターの音。

「もうちょっと、足を開いて」

「こんな感じ? 」

「そう! 」

「俺、細いだけの女に興味なくてさ。梅田みたいに、ぽっちゃりしている方が好きなんだ! 」

 先生は、どこか、はしゃいでいる。
 いつもは、デブデブって言っているじゃないの。
 私の気持ちも考えないで、先生はいつもそうだ。撮影は一通り終り、シャワーを浴びて金粉を落とした。
 先生は嬉しそうにデジカメで何かを確認している。

「梅田、また、今度頼めるかな。他の無料のモデルが見つかるまで,俺、梅田でがまんしてやるよ」

は? 

私で我慢? 

「頭にくることを、わざわざ言わないでよ」

そう思った。私は少し、イラっとする。

「まあ。いいけど」

「やったー、梅田、ありがとう! 」

「どういたしまして。「で? 今日は、大麻もSEXもなしなのね」

 私が、言うと、時計を見ながら、

「梅田さん、時間がありません」

「さっさと美人妻の元に帰れば? 」

「すまない。梅田」

 私はつい笑ってしまう。
 私がここに来たのは、撮影の為じゃない。先生にあいたかっただけなのに、全然、分ってない。

「ばーか」

「梅田、何か言った? 」

「ううん、なんにも」

私は笑って言った。

「今日のラブホ代は先生が奢ってくれるし! かえろうか? 」

「梅田、あのさ」

「何? 」

「また、頼んで良い。お願い。撮影の場所を変えたい」

「話の中身にもよる」

「今度はハプニングバーで撮影をしたいんだけど」

「ハプニングバー? 」

 それは、何?

「そう」

「俺、皆さんの反応が見たいんだよね。俺、一応、美術教師志望だったから、評価や意見が欲しいんだよ」

 もう、何だっていいわ。
 先生に利用されるために私は生まれてきたのか? 

「いいわよ」

 私がいうと、仔犬のようなキラキラした目をして喜んでいる。

「俺、最近は取引先の関係上、木曜日の午後が開いているんだよ。梅田は? 」

「私もこの時間なら、空いているわ」

「じゃあ、来週、大丈夫? 」

「二十九日? 大丈夫よ」

「じゃあ、今日の場所で十三時に待っているから」

「はい、はい。大丈夫なの? ご自慢の美人妻の方と若い愛人ちゃんは」

「大丈夫」

「それならいいけど」

「梅田! ハプニングバーの金、奢るから」

 当たり前だ。

「今さら」

 何、言っているの? 

「私、今、収入ないから奢ってくれないと困るよ、先生」

「それも、そうだな」

 そう言って先生は笑った。先生は根っから写真や絵が好きなんだと思う。
 そして、自分の作品に評価や賞賛が欲しいだけ。その先生の欲求にカモにされている、私。ただ、それだけの話だ。
 カモにも感情があって、今、目の前の男を殺したい欲望に囚われている。

「じゃあ、梅田、来週の木曜日な」

 先生は公園に止めていた自転車に乗って帰って行った。

「これって、毎週会えるってこと? 」

 結婚してからあまり会えなかったから私は素直に嬉しかった。メールをチェックする。まゆみ、なんだろう。

「お姉ちゃん、先生とラブホに入って行ったところ、私、見たよ。

気を付けて」 

 見られていたか。

「ごめんね、ありがとう。気を付けるわ」

 返信する。
 ちょっと、ヤバイところに来ている。先生にメールする、すぐ見て、そして消して。

「今日、リバティーに入るところを、うちの妹が見ていたみたいです。これからは、もっと気をつけましょう」

 すぐに返信が来る。

「妹さんってまゆみちゃんですか? これから、気をつけましょう。僕はまゆみちゃん、綺麗で好きです。今度連れて来て下さい。3Pでもしましょう」

「絶対に! しません! 」

 先生はのんきでいいなあ、私が傷付くことを平気で言って。
 先生を殺せたらどんなに、胸がすかっとするだろう。

「梅田、今日は、アレ、持ってきてやったぞ」

 リュックサックの中からおもむろに取り出す、大麻だ。
 本当に先生といると、世界が広がる、私も上昇できる。

「あの女の子とは大麻使わないの? 」

「馬鹿言うなよ、梅田。お前だけだよ」

 嬉しそうに。
 私も嬉しいけど。大麻って言う先生とども通の秘密がある事。
 それだけで、嬉しかった。

「先生、今日のラブホ代は? 」

「奢る、奢る。だから、撮影させてくれ! 」

「分かったわ」

 撮られるのは、好きだ。
 私は今日も、あっさり、服を脱ぐ。先生は大きな筆に金粉をたっぷりとつけ、ワクワクした様子で私を待ち構えている。

「いいかな? 」

「どうぞ」

「今日は胸の写真を撮りたくてさ」

「わかったわ」

 先生は私のおっぱいに金粉を塗っていく。心地よい。

 カメラのパシャパシャと言う音がする。少し、くすぐったい。
 笑いそうになる。

「今日は、新しい筆と銀粉も、もってきたんだ」

「好きにしていいわよ」

「梅田、もっと胸を寄せて」

「こう? 」

「そうそう」

「久しぶりに、今日は撮影の後でSEXでもやるか! 」

 先生はやる気、満々だ。

「その時も大麻を使うの? 」

「うん」

 嬉しそうにしている。

「その為に、もって来た」

 盛り上がって来た、SEXの最中にストローで鼻から大麻を吸う。
 ちょっと、間抜けだけど。この、他ではなかなか得られないこの快楽。
 ああ、久しぶりだ。一回目が終わってから先生に言った。

「先生? 」

「なんだ? 」

「私、先生の事が好き。 」

 先生は言った。

「知っている。だけど、困る」

「どうして? 」

「だって、お前みたいな不細工な女が愛人なんてみっともないよ。彼女とか思った事ないし、俺は美意識高いし、昔から面食いなのはお前も知っているだろう」

 やっぱりね。私はうなだれた。

「無料の穴って感じ」

 穴か。人間として見てないとでも言いたいのか。

「先生には、自慢の女がいるもんね」

私は言った。

「そうそう、うちの美人妻。あいつ、美人なんだよ。化粧してなくてもすごいキレイなんだ。それに、梅田、お前さ、太っているし、どうしてそんなにも老けてんの? 」

 美人妻も。皆、いらない。
 先生、私、本当に先生が好き。

「先生、私は先生の何? 」
「愛人ではないな。彼女? やっぱり、違う。恋人は美人がいい。美人じゃないと嫌だ。梅田は金払ってくれるしな」

 あ、そう。じゃあ、何なんだろうね。財布?

「つまり、単にただでやらせてくれる穴。俺さ、どうしても叶えたい願望があるんだよね」

「どんな」

「お前が、男を三人くらい、相手にしているところを見て見たい」

 やっぱり。そっち系の願望か。

「でも今は、無料で使えるヌードモデルだな」

「うん、そうだね」

「俺さ」

 先生は言った。

「何? 」

「この前、駅でお前の妹を見たよ」

「まゆみ? まあ、近所だからね。あうよね」

「綺麗だよなあ、まゆみちゃん」

「ああ、あの子は綺麗におしゃれするのが好きなんだよ」

「俺、お前の妹のまゆみちゃんが良い! 一回やらせてくれって梅田から頼んでくれないかな? 頼んでよ」

「やだ、まゆみは結婚しているの。旦那ともうまく行っているし」

 先生は私に言った。

「頼むよー。後、梅田さ。梅田の他にモデルになってくれる子、知らないかな? 」

「モデルって、ヌードモデル? 」

「そう。ただで喜んでやってくれる子。お前ばっかりじゃ、俺、飽きちゃってさ。出来れば、細身のナイスバディ希望」

 イラッと来た。

「俺、もっと、芸術作品を作りたいんだよね」

 ああ、そうですか。
 私は先生が私の事が好きで好きでたまらない。でも私は「穴」にしか過ぎないのだ。
 先生は私の事が好きだから、私の写真を撮りたいんだと思っていたけど、なんだか、違うみたいだ。

 でも、キツクは言わない。これを言うと必ず機嫌が悪くなる。

「いないと思うけど、一応、知り合いにあたって見るわ」

「梅田、ありがとう」

「先生、あのね」

「何? 」

「私、先生だから撮らせてあげていたの」

「写真のこと? 」

「そう」

「まあ、そうだな。それが梅田の言い分か? 」

「先生は、違うのでしょう? 」

 先生は頷いた。何だか、素直で気持ちが悪いくらいだ。

「違うな」

「俺はさ、もっともっと俺の芸術作品を増やしたいんだよね。だから、ヌードモデルが欲しいわけ」

「うん」

「分かる? 」

「分かったわ、もう、何も言わない。今日はありがとう」

「いいえ」

「大麻、気持ち良かった? 」

「うん」

 それは、本当だった。
 いったい、私はどこにいこうとしているんだろう。この芽生えた殺意は?

「梅田、来週の木曜日、いつもの、ハプニングバーに行かない? 」

「ハプニングバー? 行ってもいいけど? 」

「梅田、その日生理じゃないよな? 」

「俺、ハプニングバーで、お前と男三人でやりたいことがあるんだ」

 私と? 嫌な予感がするんですけど。

「何? 」

「まだ、秘密」

「先生、今日とった画像とか、前回の画像とかは、どうしているの? 私は、見せてももらえないの? 」

「アプリがあるんだ。それぞれの作品を上げて、評価し合う」

「そのアプリって私も見る事が出来るの? 」

「出来るよ」

 そう言って、先生は鞄からスマートフォンを出した。

「ちょっと待っていろ。ほら、これだよ」

「これ? 」

 先生はスマートフォンを貸してくれた。

「これが、その、アプリ」

「画像ゴラージュ? 」

「略して、画ゴラ」

 先生は

「ついでに、今日、インストールしたら? 」

「うん」

「梅田、ちょっと貸して」と言って、

「それで、この三十九位にいるのが、俺、ハンドルネームは、コカゲ。最近、始めたんだ」

 先生は言った。

「ふーん、見てもいい? 」

「今日は時間ないからまた、今度見せてやるよ」

 ああ、私は何やっているんだろう。家から近いこんな場所で、しかも、車の中で。

「梅田さあ」

「なに? 」

「本当に俺と会っていてもいいの? 」

「どうして? 」

「あんなに、いい旦那がいてさ」

「うん、分っている」

「俺、正直お前の事、道具だよ。穴だよ。金だよ。一回も人間として見てない、これからも見ない」

「うん」

「一生こうして会っていても俺は美人妻を抱くし、若くて可愛い女も作るつもりだ。彼女にはなれない。その顔ではな」

 私は頷いた。

「たとえば、死んでも、俺の彼女や嫁にはなれないんだぜ? 」

 泣きそう。
 それ、以上、言わないで。

「あと、聞いて欲しいんだけど」

「なに」

 私は運転しながら返事をする。もうすぐ、いつも先生を下す公園だ。

「旦那と子どもはつくらないでくれ」

え?

「分かったな。お前は俺の頼みは絶対に聞く、奴隷ってそういうもんだよな? 」

「う、うん」

「そうだけど。理由も、聞いてもいい? 何でなの? 」

「だって、妊娠なんかしてみろ、俺の思い通りに行かなくなるもん。色々、面倒くさい」

 その気持ちはわかるけど。

「俺、迷惑だもん。撮影とか制限されるし、気も使うしさ。だいたい、お前みたいなブスに似た子なんて世の中にこれ以上いらない。そう、思わない? 」

 ああ、そうですか。
 この人を殺せたらどんなに楽だろう。いつか殺してしまいそうな私がいる。

「また、来週の木曜日十三時にここで」

 子どもをつくるな? 
 自分には三人もいて? 先生は愛用のママチャリで、颯爽と帰って行った。
 言いたい事だけ言って。
 でも、先生、私、先生を愛している。多分、兄さんよりも。 

 
 木曜日、私は先生を迎えに行った。行先はもちろん、ハプニングバー 

「先生、今日は何しに行くの? 」

「行ってからのお楽しみだ」

 いつものハプニングバーについた。

「予約したオオニシです」

 偽名、使っている。当たり前か。

「おまちしておりました。どうぞ、こちらへ」

 私と先生は着くなり店の中央に置いてあるキングサイズのベッドに、案内された。
 ここには何回か来ているけど、こんな事ははじめてだった。

「先生? 」

 店員さんは大きな声で信じられない事を言った。
 先生、一体何が始まるの?

「皆さーん、この女を今日は好きにしてください。身体に触っても良し、ただ見るだけでも良し。挿入もありですよー 」

「おっぱいも? 」

「全部。自由でーす」

「最後のアレは本当にいいんですか? 」

 店員さんが先生に聞いた。

「コンドームを付けてくれたら、何をしてくれても、OKでーす」

 先生が、大きな声で言った。先生?

「本当にいいんですか? 」

 誰かが言った。

「その人、嫌がっていますよ? 」

「ああ、こいつはね、俺のモノなんですよ。モノには感情なんかはないんです」

「でも」

「なあ。そうだよな? 」

 私は、何も考えられなかった。

「そうだよな? 梅田? 」

「はい」

 私は思わず「はい」と言った。YESと言ってしまったのだ。

「皆さーん。もう一回言いまーす。こいつは人間じゃない、俺の所有物です。人間じゃない、ただのモノなんです。だから、皆さんの好きにしてください」

「では、遠慮なく」

 無数の手が私の身体をはい回っている。モノにも限界があるのよ、先生? 

「おい、まひろ、足、開けよ」

 先生が言った。まひろ、とは私の呼び名のようだ。

「やりにくいだろ、色々と。モノとしての役割くらい果たせ」

「はい」

 私は少し大きく足を開いた。

「今から、僕、遠慮なく、行きまーす」

 思いっきり足を誰かに開かれた。若い、男の子?

「おい、なんか反応しろよ」

 先生が私に催促をする。

「みなさーん」

 先生は言った。

「こいつの口が空いていますよー! 」

 店員さんが先生に、

「時間制限とかってあるんですか? 」

「そうだな、四時頃までにしましょうか」

「では、メンバーの皆さん、まひろちゃんの女体ショーは四時まで、という事で」

 この店では私は、まひろちゃんと呼ばれている。私は結局、三時間、男たちの相手をした。
 私の身体は、見知らぬ男たちの唾液まみれ、精液まみれだ。
 ぬるぬるして気持ちが悪い。三時間後。奥のVIPルームにいた先生が、

「梅田、今日は疲れただろう」

と、ねぎらってくれた。優しい。

「いいか、梅田、今日はあくまでも、リハーサルだ」

「うん」

 また、あるって事か、今日、みたいな女体ショーが。

「梅田、腹減ってないか? 」

「減っている」

「でも、ぼちぼち旦那が帰って来る時間だろ」

「そうね」

「俺も愛する女の飯食わないと、だし。晩飯は今度食いに行こうぜ」

「うん! 」

 こんなに醜い私を優しく労わってくれる先生が好き。
 嫌だったけど、我慢して良かった。そう、思った。

 そう、思うしかなかった。いつもこうならいいのに。

「先生が好き! 」

 笑顔でそう言えればいいのに。

「お前みたいな醜い女、迷惑」


 言われそうだ。多分、言われる。

 家に帰り、簡単にシャワーを浴びた。
 身体の精液と唾液を落とした。急いで夕飯の支度を始める。メインを一口カツにして、ササミとカイワレ大根のサラダ、朝から砂抜きをしていたアサリのお味噌汁に、エビとマカロニの和えモノサラダ風をささっと用意する。 
 その日はさすがに疲れて泥のように眠った。それから、私が何かと忙しかったこともあり、一週間、先生から連絡がなかった。
 ただ、私の生理がかなり遅れている事以外、別段変わった事はなかった。

「生理が遅れています」

 先生にメールを送った。

「お前、俺と別れたいのか? それくらい自分で考えて決めろ」

 どうやら、返信だけはするらしい。

「子どもを産むな」

 と言うから、連絡しているのに。まったく、分ってない。
 前回の生理日の初日から十週間たって、私はやっと、妊娠検査薬を一本買って見た。

 やっぱり、子どもが出来ていた。多分、夫との間の子だろうな。程度の、予測。

「子どもが出来ました、夫との子どもです」

 夫に言う前に、先生にメールをした。

「どうしたら、いいですか」

「俺との関係を切りたくなかったら、一日も早く中絶してください」

 先生から返信が来て、私は肩を落とした。

「出来たら、子宮も卵巣も卵管もオプションで取ってください。

 遊ぶのに邪魔で仕方がないです」

 ああ、そうですか。いつか、殺してやりたい、この男を。

「まじで邪魔なんで」

「わかりました」

「ついでに、盲腸も取ることをおススメします」

 言いなりとはこの事だ。私は頭がおかしかった。 

「そうします」

 私、どうかしている。

「はい、分かりました」
 
 ここまでして? 
 そうまでして、先生とこのまま繋がっていたいのか、私は。

「子どもの命と、先生が引き換えか」

 なんでこんなに、先生と離れるのが辛いんだろう。
 子宮? 卵巣? 卵管? それに、オプションで盲腸? 私は先生と離れたくないから、そんな理由で。
 黙って、一人で堕胎した。端から見たら、頭のおかしい女だろう。端から見なくても、自分でも、おかしい自信はある。
 妊娠十一週目だった。
 涙が止まらなかった。少しの間だけど。母親の気持ちだっだから。私は何でもない顔をして、夫に嘘をつき、子宮も卵巣も盲腸も子どもも、除去した。
 なにもかも、そう、何もかも。命が一つ、消えた。
 子どもの命より、先生と快楽を共有する方が私には大切だった。

「大切な? 」 

 私、狂っている? 
 病院から帰ってすぐに先生にメールした。

「堕胎してきました」

「了解です」

「いつから、SEXしていいんですか?」

と、先生に聞かれた。

「少し時間が掛かると思います」

「してもいい時期が来たら、また、ハプニングバーに一緒に行ってください」

「はい、分かりました」

 先生、私は先生と会えるなら何でもする。所有物と言われても。
 どうしても。欲しいのは、先生だけ。
 先生のそばにいたいだけなのに。通じない。私は昨日のカレーを、温めなおすために台所へ行った。

「これで、やろうか」

 包丁を握ってしまう。
 夫と二人暮らし。家事にも、慣れたし。食事の支度は私の役目だ。
 鍋を火にかけて、ぼんやりしていたら、嫌な匂いがして来た。

 鍋の中のカレーが少し焦げてしまった。

「やっちゃったか」

 何時間、先生の事を考えて毎日、生きているんだろう。
 何で私は、こんなに耐えてばかりいるのだろう。

 

 

 木曜日が来た。
 いつもの公園。先生はいた。相変わらず、先生はカッコいい。

「梅田、大丈夫なのか? 」

「大丈夫よ」

 そう言ったら、

「分った」

 先生は言った。

「ついでに言うと。言われた通り、一切合財全部取りました」

「そうか」

 先生は言う。
 子どもを殺すついでにあんたを殺したかったわ。心で、思った。
 今日の先生は沈んだ感じだ。

「先生、今日、テンション低くない? 」

「梅田、この前の、女体ショーな」

「うん」

「あのハプニングバーの看板メニューにしたいってさ。店長が」

「そうなの? 好評だってこと? 」

「もちろん、毎回、梅田にやれって話ではないから」

「うん、分った」

 どこかで女の子を調達してきたのだろうか。それは、どんな女なんだろう?  
 興味が有った。

「でも。今日は女の子がいないらしいから、梅田、頼む」

 やっぱりか。

「いいよ、分かった」

 私は言った。こんな男のどこがいいんだろう。所有モノだって、傷付く心はあるのに。
 先生は気が付かない。

「先生。今日も、四時半終わりでお願い」

「おう」

 私は念を押す。ハプニングバーの扉は重い。
 私は力がないのでいつも先生が開けてくれる。先生は優しい。

 店員さんの声が聞こえてきた。

「本日。十三時三十分から十六時まで、恒例の、まひろちゃんの女体ショーが開始されます」

「おおおおお」

 どよめきが起こる。

「な、好評なんだよ。梅田は」

 私は全裸になり、キングサイズのベッドに、横になった。

「皆さん、こいつ子宮とらせたんで、避妊具、必要ないですから」

 先生はお客さんたちに言った。

「まずは、触ってみようかな」


 先生の方をふと見ると、隣のベッドで、二十歳そこそこの若い女の子を相手にしている。たまに、ハプニングバーには、

「処女を卒業させて欲しい」

 女の子が一人でやって来る。先生はボランティアでそんな子の相手をしている。
 今日の先生は随分激しい。すぐ、隣の私の身体には六本の手がはい回っている。私はただ目を閉じている。少したって、目を開けた。
 パシャパシャ。シャッター音がする。
 先生は、練習台が終わったらしい。先生は私を提供するだけではなく、写真を取るのに必死になっていた。男たちに陵辱されている、私を。
 笑いながら、写真を撮っていた。
 先生。私、先生に嫌われたくないから、先生の言う事をなんでも、

「ハイハイ」

 聞いているの。先生を殺したい、毎日殺意と戦っているの。先生が好きだから。
 殺したら、全部、私の物になる。先生はいつものように、金粉、銀粉で私の身体を染めていく。私は先生の性奴隷だから。
 先生、私を見て。いつの間にか男の手は六本から八本に増えている。
 嫌だ、今日は触られたくない。
 先生、本当は触られるのも嫌なの。でも、私、先生の女だから。
 先生に恥をかかせるわけにはいかないから! 
 今日も私の身体は唾液と精液まみれになった。夫が帰って来るまでに洗い流さないと。
 私は普通の専業主婦の顔になる。

「え! 」

 今、何て?

「だから、四人目の子どもが生まれたんだ、俺」

「美人妻? 」

「そう」

 今日こそ、殺りたい。

「先生。私には子宮も何もかもとれって命令したよね」

「した。それでこそ、梅田だ」

 それでこそ。

「自慢の、美人妻とは四人目で? 」

「女の子? 」

「男の子」

 私の子どもはどっちだったんだろう。ねえ? 先生? 

「それが、めちゃくちゃ可愛くてさ」

 私は泣いていた。

「梅田、何かあった? 」

「私は子宮も卵巣も何もかも、取ったのよ」

「そうだな」

「先生が言ったから何もかもとったのよ! 私はもう、自分の子どもを持てないの! 」

「何か、梅田。今日、機嫌悪すぎ、感じ悪いよ、帰ろうかな」

「先生、分からないの? 」

 私は叫んだ。

「私は先生がSEXの邪魔だからって、生理が来ないように手術をしたの! なんで、先生の美人妻は、子どもを産んでいるの? 」

「梅田が今は子ども欲しくないって言っていたから。梅田の気持ちを思って。言ったつもりなんだけど」

「先生には、分からないわ。女が一生子どもを持てない事が、どういうことか」

 先生は、帰り支度を始めている。

「言葉が見つからないわ、もういい! 」

 次の瞬間、思い切り平手で殴られた。

「何? 」

「モノが当たり前の口きくんじゃねーよ」

「ごめんなさい」

「梅田、さよなら。元気でな」

 ちょっと待って。何で私が、捨てられようとしているの? 

「先生? 」

「お前との関係は絶つ」

「どうして? 」

「俺は都合のいい女が好きなんだ。お前みたいに、ガタガタ煩い女は、大嫌いだ」

「先生、待って」

「まあ、たまに道であったら、挨拶くらいはしようぜ。久しぶりだな、これくらいの程度の」

「ごめんなさい! 先生、待って! 」

「今日は歩いて来たから、タクシーで帰るよ」

 違うの! 先生! 

「違うの、私、先生のモノだった。モノはしゃべらないでしょう。モノが意見を言ってごめんなさい! 謝るから! 」

「梅田さあ」

「捨てないで! 」

 先生は私を見て言った。まるで、汚いものを見るような目だった。

「お前、うざい。こっちは、お前みたいに、デブで不細工な女に未練はないんだよ」

 先生は、去って行った。何もかも。私を捨てて、帰っていった。不倫が、終わった。
 不倫? 汚い不倫? 
 違う! 私には、大切な恋だった。私は、泣いて、泣いて。

「先生! 待って! 」

 私は叫んだ。

「待たない」

「待って、お願い」

「俺に1メートル以上、近付くな」

「先生、どうして? 」

「お前、しつこいよ」

「お前はストーカー気質だから、とっくの昔に、警察にストーカー届を出している」

「先生? 」

「これ以上、俺に近付くと、俺は警察に駆け込むか、お前をストーカーで現行犯逮捕してやる」

 ストーカー? 私が? 先生の? 
 私は、先生のストーカー扱いだったんだ。

「飼い犬に手を噛まれたくはないからな」

「飼い犬」

 穴とモノの次は犬か。

「先生、私先生の言う事なら何でもする。身体を売ってそのお金で先生に大麻を買ってあげる」

 私は必死だった。

「ラブホテルのお金や、ハプニングバーのお金も全部払う」

 ああ、私は今、男にすがっている。

「だから、捨てないで! 」

「私を捨てないで! 」

 泣いて、すがっている。

「今まで見たいに週一で会えなくてもいいから! 」

「俺のモノなんだな? 」

「うん、先生のモノだよ」

「俺の性欲を処理して、生きていきます、って言ってみろよ」

 眼を閉じる。

「私は、一生先生のモノです。先生の性欲の処理をする為だけに生きていきます」

「頭の悪いお前にしては、上出来だ」

「先生、じゃあ」

「今日からは、俺が満足するように、努力してみろ」
「はい」

「たまには、会ってやるよ」

 私は言った。

「ありがとうございます」

「次は来月末が暇だな」

「あいているか? 」

「はい! 」

「大麻を用意しておけ、量はいつもと同じくらいでいい。わかったか? 」

「はい! 」

「あ、それとな」

「なんでしょう? 」

「これからは、俺の彼女とか女とか言う話を、一切、止めてくれ」

「はい、分かりました」

「俺の美意識が汚れる。顔面偏差値が低すぎるんだよ。お前、自分がどれだけブスか、わかっている? 」

「言う通りにします」

「それでいい」

「やっぱ、お前の車で帰るわ。タクシー代がもったいないし。送れよ」

 なんとか先生を繋ぎ止めるのに成功した。愛人から、性欲処理の肉便器に転落かあ。

「情けないなー 」

 夕食の準備をしながら考えた。

「お金、どうしよう? 」

 考えた挙句、私は人妻デリヘルに登録することにした。

「軍資金の事ですが、人妻デリヘルに登録しました」

 メールを送信した。

「頑張って稼いでください。お前が稼いだ金は全額、俺に渡すようにして下さい」

 私は送信した。

「先生に全部ですか? 」

「いやなら、この関係を断つだけです」

 先生は続けて。

「君は俺のモノです。何か問題でもありますか? 」

「承知しました」

 先生がただ、好きだだった。刺し違えたいくらい好きだった。

 お金を得る為に私は人妻デリヘルで働くようになった。ホテル代。
 働いても働いても、大麻代とホテル代に消えて行った。以前は先生と過ごすときだけ吸っていた大麻だったが、いつからか、私は毎日、隠れて大麻を吸うようになっていた。
 落ちて行く。先生には各月、会ってもらっていた。先生は私に、

「おこずかい」

 お金を要求するようになっていた。その日にもよるけど、一回一万円から一万五千円程度。
 私は落ちて行った。
 デリヘルで良く指名してくれる、常連さんに誘われるままに、私は、覚せい剤も覚えた。

「まひろちゃん。これ、一緒にやろうよ。あ・ぶ・り」

「それって、覚せい剤じゃないんですか? 」

「みんな、やっているよー 」

「そう、なんですか? 」

「大阪府にいった事ある? 」

「ありません」

「大阪市内のある区なんてさ。マンションのドア開けるでしょ」

「はい」

「まひろちゃんの身長くらい、この粉が山のように積まれている。そんな部屋もあるんだぜ」

「安く手に入れる方法知っているからさあ、まひろちゃんもやろうよ」

 落ちて行く、翼を捥がれた鳥のようだ。
 気が付くと、私はあぶりを覚え、自分で注射を打つようになっていた。
 このころからだろうかあまり、物が考えられようになって行った。
 怖かった。新しい事を常にやっていないと、先生において行かれるような気もしていた。

「ねえ、先生もあぶりやる? 」

 先生は目先の快楽の為なら何でもする。この頃になると大麻は卒業して、二人で、覚せい剤をやるようになっていた。
 私はあぶりより、注射の方が好きだった。先生はあぶりが好みらしかった。 
 二人で落ちて行きたかった。それが、私と先生の幸せだと思っていたから。
 どこで、こうなったのか? 
 分からない。

「今日も明日もバイトか」

 ため息をつく。
 最近、ひとりごとが増えた。しばらくして、先生に言われた。

「梅田、エロビデに出て見ないか? 」

「アダルトビデオ? 」

「そう、俺まとまった金がいるんだ」

「幾らくらい? 」

「そうだな」

「まあ、五十万もあれば」

「そのお金を私が作るの? アダルトビデオに出て? 」

「お前みたいな体型の崩れたデブにも、需要があるってさ。

 どこにでも需要はあるんだな、初めて知ったよ」

「需要ですか」

「俺、一、二万くらいの金じゃあ、足りないんだよね」

「何に使うの? 」

「女」

「女? 」

「また、若い女が出来たんだ、十七歳だぜ? 高校には行ってないけど。その子が色々欲しがるから、買ってやりたくてさ」

「そうですか」

 私はそのお金もデリヘルで稼ぐと言った。
 アダルトビデオだけは嫌だった。後が残る。若くもなく美人でもない、ブスの単価はびっくりするほど安い。
 デリヘルで必死で働き、五十万を貯めた。

「はい、五十万円」

「サンキュー! 」

 今度こそ終わりにしよう、何もかも。
 私、落ちている。今。でも、まだ、落下はしていない。
 終わりにしようと思っても、男と女は濃密な糸を引く。先生とは、時々、街で会う。タイミングがあえばラブホテルへ行く。
 そこで先生にお金を払う。ハプニングバーに行く事もある。
 デリヘルのバイトも続けていた。

「梅田、女が時計が欲しいって言っているから、二十万、ちょうだい」

「はい、分かりました」

 私は人形だった、ただただ、従順な。

「梅田、見てくれよ」

 子どもの画像を見せられる。私の子どもは生きていたらもっと、

「可愛くて仕方がないんだろうな」

 寂しく思う。
 子どもを産めない自分を本当に、寂しく思う。先生は、一方で、若い女に夢中のようだ。

「女がさ。今はやっているバッグが欲しいって」

 そう言って勝手に私のお財布から三十万円抜いている。私は、大麻と覚せい剤で始終ぼんやりとしている。
 若い女の物欲の為に生きている。
 一度だけ新しい女を見たことが有る。身長は百五十センチ程度、体重四十キロくらい? 
 本当に可愛い。手足はすんなり伸びて、目は大きく濡れているようにキラキラしていた。

「この人、誰? 」

「そう、こいつ、ATMのおばさん。俺の性奴隷」

 若い女は。
 私に向かって、

「おばさん。私、買い物しに韓国に行きたいの。韓国、知っている? 」

 笑いをふくみながら言った。

「知っています」

「おばさん、安い服着ているのね」

「だって、人間じゃねーもん。俺のATMだからさ」

「ふふふ、そうだったわね」

 と笑った。

「今日は帰るわ、佐々木さん。せいぜい、ATMのご機嫌を取ってあげて」

 ふわふわと女は帰っていった。

「女がさ、今度は、ケリーの鞄が欲しいって言うんだよ。何とかならない? 」

 また?

「幾らですか? 」

「最低でも、二百万は欲しい」

「分かりました。デリヘルのバイトで何とかするので、時間下さい」

 これで、受け渡しの時、先生に会う事ができる。
 私は、嬉しかった。

「梅田、これ、見る? 」

「何? 」

「うちの末息子」

「別にいい」

「まあ、見て見ろよ」

「見るわ、見せて」

「とにかく、末っ子だと思うと特別可愛いんだよ」

そこには、可愛い赤ちゃんが写っていた。

「可愛いね」

「お前もそう思う? 」

先生は嬉しそうだ 

 先生を殺して私だけの物にしたい。
 私の願いだった。薬が欲しい。私は覚せい剤なしでは生きて行けなくなっていた。

 お金は幾ら稼いでも、まったく、残らなかった。
 デリヘルのバイトで、馬車馬のように働き、何とかお金を貯めた。

「はい、これでなんでも買って」

 先生は枚数を数えている。その様子を私はぼんやりと眺めていた。

「すまないな、梅田」

「いいえ」

「梅田、今度こそ、別れないか? 」

「別れる? 」

 先生と私が?

「どうして? 」

「女に子どもが出来たんだ」

 子ども。

「先生、美人妻とは? 」

「別れる」

「俺は女と子どもを守りたい。女と子どもと三人で生きて行きたいんだ」

「美人妻は何て? 」

「今夜、話す」

「そう」

 どうしよう、言葉が出てこない。私は子どもも、何もかもを諦めたわ。
 なのにその、十七歳の女の子は、先生の子どもを産むの? 

「不満か? 」

「ちょっと、今、訳が分からなくて。混乱している」

「とにかく、お前には辟易していた。くびれのないデブ、連れて歩きたくないのは男なら当たり前だろ?  」

「私は女だから、その理屈、わかりません」

「分からなくていいよ、取り敢えず、別れて」

 軽く先生は言う。

「決まりな」

「先生、この六年間は何だったの? 」

「さあ? 」

「六年間もよ? 」

「お前は俺と切れたくなかったんだろ? 」

「うん」

「じゃあ、それで良くない? 」

 良いのかな。違う。
 私にとっては宝物だった。時折、街中で、先生と女を見かける。
 幸せそうに歩いている。何もかも覚えている。先生の声も、笑顔も何もかも。
 忘れられないの? 
 何もかも覚えている。先生の事なら何でも、忘れない。

「梅田さん、SMに興味はありませんか? 」

 久しぶりの先生からのメール。

「ありません」

 私はすぐ返信した。

「今度、ハプニングバーで試して撮影させてもらえませんか? 」

 どうしても断れない。

「はい。分かりました」

「今度の木曜日、十三時にいつもの場所で」

「わかりました」

 木曜日が来た。

「おひさしぶり、だな」

「ハプニングバーに行こうか」

「はい」

 私は少し硬くなる。

「オーナーから、依頼があってさ。梅田の女体ショーにSMの要素を取り入れたらどうかって、提案があったらしいんだ」

「それで、SM? 」

「そう」

「今日は特別に秘薬を持ってきた。大麻と違って合法のな」

「いつも、どこで仕入れてくるの? 」

 聞くと、

「大人のおもちゃ屋さん」

「ああ、そうですか」
 
 また、次から次へと、この人は。

「今日は脱がなくていいからな」

「服を着たまま、犯したいって言うのも、男の欲望の一つだよ」

 先生は秘薬を出して見せてくれた。

「俺はこれで、新しい切り口の写真が撮りたいんだ」

「協力します」

「ありがとう。行くか! 」

 私は、車を走らせた。

 店に着いた、

「佐々木さん、まひろさん、いらっしゃいませ」

「少し遅れてすみません」

 先生にはなぜか律儀な面もある。

「まひろさん、こちらへ」

 私は店の隅の柱に太いロープで洋服をきたまま、くくり付けられた。
 先生が私にアイマスクをつけた。

「なにも見えないんだけど」

「馬鹿、そのためのアイマスクだ」

 店のオーナーが大きな声で言った。

「恒例のショーが始まります。久しぶりにまひろちゃんの女体ショーの始まりでーす」

 いつのまにか恒例になっている。

「今日は、痴漢気分を味わってもらうために、まひろちゃんに服を着てもらった状態で始めます」

 先生が付け加える。

「こいつ、一応主婦何で今日は四時までとさせていただきます」

 私の身体に触り始める男たち。いやだ。
 何も見えない分、気持ち悪い男たちの顔を想像してしまう。

「顔は撮らないので、撮影だけさせて下さい」

 動けない。

「後、痛いことと汚いこと以外なんでもOKなんで、その点よろしくお願いしまーす」

「はーい」


 誰かが返事をする。
 いつもの満足気な先生の顔が見える気がして来た。痴漢に会うってこんな気分なのかな。
 私と私に群がる男たちの声が聞こえる。

「次はスタイルのいい、もっと若い子をお願いしますよー 」

 オーナーの声だ。

「常連さんに、やってもいいっていう若い子いないんですか? 」

 と、先生の声。

「それが、いなくてねえ」

「一人も? 」

「吹っかけてくるんですよね」

「金ですか」

「三十万円は欲しいです、とかね」

「オーナー、年増で太っている無料のブスで当分我慢しましょうよ、お互い」

「そうですね」

「あはは」

 年増で太っているブスで悪かったわね。痴漢プレーは、きちんと三時間で終わった。

「オーナー、僕、忘れていました」

 先生は秘薬を手に取り、

「今日はこれを使う予定だったんですよ」

「では、また次回のお楽しみと言う事で」

 楽し気に笑う男二人。
 何の前触れもなく、私の世界がぐにゃりと曲がった。もうだめ、立っていられない。

 私は前向きに倒れた。

「救急車だ! 」

 叫んでいるのは? 
 先生の声ではない。オーナーの声だ。

「どうしましょう、佐々木さん」

「店の前で倒れた事にでもして、こいつの旦那に連絡してやってください」

「はい」

「これ、こいつの旦那の電話番号です」

「旦那さんの連絡先ですか? 」

「俺が電話すると声でわかって、ヤバいんで」

「お知り合いとか? 」

 オーナーは聞いている。

「こいつの旦那、永田さんって言うんですが、オレの高校の一つ先輩なんです」

「分かりました、至急連絡します」

 夫が来てくれて私は搬送された。ビタミン剤を打たれ、過労だと診断された。

「過労か」

 優しい夫は私の背中をなでながら言った。

「俺が、ひろみを無理させてきたのかな? 」

 違う。先生が私を。私が先生の言う事に逆らえなかったから、私の身体が悲鳴をあげていたんだと思うの。
 兄さんは関係ない。言いたかったけど、うまく言葉に出来なかった。
 後から聞いた話だが、私が救急車に乗るのを見る事もなく先生は急いで帰って行ったと言う。
 先生、かかわりたくなかったんだね。


 先生が好き。
 七年前はもっと何もかもがキラキラと輝いていた。こんなに人を好きになったのは初めてだった。
 初めてのキスのあと、

「不倫で良ければ、付き合わない? 」

 舞い上がっていた。

 こんな、日が来るなんて思わなかった。
 刺し殺してしまいたいほど、捻じれた恋愛感情。

 先生の返り血を浴びたい。
 また、木曜日がきた。私は車でいつもの公園に向かう。

「お待たせ」

「元気か? 」

「一応」

「行こうか? 」

「今日はその前に」

 そう言って、私は持っていた包丁で先生の心臓を一突きに刺した。
 先生は死んだ。
 即死だ。

「先生、私のことを馬鹿にしてそんなに楽しかったの」

 私はつぶやいた。意外にあっけなかったな、この人の最後も。私の恋も。 

 私は警察に電話をした。

「男の人を殺しました。大麻も覚せい剤もずっとやっています」

 警察の人がすぐにやって来た。

「名前は? 」

「私の名前は梅田ひろみ。今は結婚して永田ひろみです、年は三十四歳。主婦です。一緒に大麻と覚せい剤をやっていたのは、私が殺した彼、佐々木和樹、佐々木印刷会社経営者、年は三十九歳です」

 私は更に言った。

「この人を殺しました。私は覚せい剤も大麻もやっています。この人もやっていました」

 現物を見せた。

「お願いです、私を、逮捕してください」

 こうでもしないと、先生と離れられなかった。二の腕の針の後を見ながら、警察の人が私に聞く。

「佐々木和樹さんの家族に連絡は取れますか? 」

「はい」

 私は覚えていた先生の会社の電話番号を言った。

「ここに電話をしたら、ご家族に繋がると思います」

 残ったのは、私。
 自分自身を使い果たした私という女。

「永田ひろみさんですね? 」

「はい」

 そこには、安い服を着て、子宮もない、中身のない、空っぽの女がいた。
 何と言われてもいい。私は恋をしていただけだから。
 もう、どうしようもない。相手の男まで殺してしまった馬鹿女。
 それが、私という女。兄さん、ごめんなさい。

「永田さん、佐々木さんとの間に何があったんですか? 」

「一方的でしたが、恋がありました」

 私は小さな声で答えた。
 泣いてばかりだった。死にたいと思った事もある。

 でも、好きだった。先生の全てが。好きだった。

 私は顔を上げて言った。

「不倫でもなんでも良かったんです。相手がこの人ならなんでも」

 そうだ。

「たとえ、モノだと言われても」

「永田さんにとっては? ですか? 」

 私にとっては。

「そうです。少なくても私にとっては、どんなに辛くても、大切な、恋でした」

 

                             完

 

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