啼き声は闇に溶ける ① 斎藤緋
「そう言えば、まだ、竜馬が帰ってきてい ないわねえ」
初秋の夜。俺は十二歳の小学六年生だった。二学期が始まって数週間が過 ぎていた。のんびりとお母 さんが言った。家族と夕飯を食べていた。七人家族の食卓にいないのは、俺の双子の弟の竜馬だけだった。
竜馬がいない。
「陽馬。今朝は?竜馬は何か言っていなかったのか? 」
お父さんもこれまた、のんびりと言った。五人も子どもがいると、 一人くらいいなくても、気にならないのか。
そもそもうちの 両親は子どもたちの変化に気が付くのが遅いと思う。双子 の末っ子はおまけみたいな存在なのかも 知れない。
「何も聞いてないけど」
俺は、座ったままお母さんを見上 げた。
「今朝はいつも通り、二人で登校したよ」
家族の中で、一番物静かなお父さんも心配そうに眉をひそめていた。
「遅すぎないか」
「そうよねえ。いつも通りの時間にラ ンドセルを背負って二人一緒に学校には 行ったのよ。あら、嫌だわ。八時半じゃ ないの。陽馬、本当にあんたは竜馬から、
「何か聞いていないの」
俺はカレーライスを食べながら、
「ああ、聞いている。そう言えば、竜馬は 放課後に行くところができたから。だ から俺だけが一人で帰って来た」
俺は、吞気なお母さん に呑気な返事をした。
「下校中の寄り道は禁止でしょう? 」
「そうだけど、竜馬は先生から、学校を 休んでいた江口くんに宿題を渡してくれ って頼まれていたから、先生公認の寄り道 だよ。それに、その子から本を借りてい たみたいで返しに行くついでがあったんだ」
俺が言うと、
「竜馬がお友達の家。竜馬はあんたより内向的な子なの に、そんなに親しいお友達ができたの? 最近? 」
オ レは社交的なタイプだけど、竜馬はオ レ俺と比べて少し幼く友達と楽しく遊ぶようなタイプではじゃない。
そのとき、夕食の場でしゃべっているのはオレ 俺とお母さんだけで他の皆は 黙々と夕飯を食べていた。
「江口勇気くん」
「その、江口くんに聞いてみたら何か分る かしら。遅すぎるわ」
「そうだね」
お母さんは眉をひそめている。
「竜馬のことだもん。ボケーっとしなが ら、ただいまあーって、吞気 に帰ってくるんじゃないの? 」
杏お姉ちゃんが野菜サラ ダに添えてある、冷たいトマトを食べな がら適当な感じで言った。
多分、杏 お姉ちゃんはこんな会話を聞い ているのも面倒なんだなと思う。
お年頃 の杏お姉ちゃんには両親 公認の宗次郎さんと言う同級生の恋 人がいて、そっちの方が忙しいみたい だ。
年の離れた、ガキくさい弟に、 使う時間がもったいないのかも知れな い。
「陽馬と違って竜馬は、危なっ かしいわよねえ」
響お姉ちゃんが言った。
「まあねえ。宗次郎もいつも竜馬のことを心配 しているわ。宗次郎は小学校の先生 になりたいって言っているから。陽馬と 竜馬のことは気になっているみたい 」
お姉ちゃんは多分宗次郎さんと結婚すると思う。
「陽馬、竜馬を探しに行ってくれ る? 」
お母さんが俺に言った ので、
「探しにいくよ」
俺は、深く考えずに お母さんの言葉にこたえた。うちの お母さんは、竜馬のことは 双子の兄貴の俺に丸投げをし てくる傾向がある。まあ、一応、俺は兄貴だし。
「部屋から、上着を取ってくるね。今か ら、竜馬を探しに行くよ、カレー、ごちそうさまー 」
俺は持っていたスプーンをカチャ ンと置いて、カレー皿や他の食器をシンクに持って行った。
「遅いわ。また、道にでも迷っているの かしら。竜馬は極端な方向音痴だから」
また、のんびりと言った。お父さんは、さっきから、無言だった。元々、子ども時代から口数が少ない 子だったようだ。このことを知らなかっ たときは、
「お父さんは俺や 竜馬に関心がないの か? 」
そう思うこともあったけど、態度でお 父さんが接してくれているのはよくわか る。安心しているのか本当に興味がない のか。
「お父さんはどっちなんだろう」
そう、思った時期もあったけど今はわかる。二人のお姉ちゃんたちのことは、
「年頃の女の子だから」
そう言って、連絡もなしに少しでも帰りが遅いと大騒ぎになる。お姉ちゃんたちが年頃だから心配なのかも知れな い。
「心配だから俺が一緒に行くよ。俺も陽馬、一人では危ないと思う。今の世の中、何が起きるか見当もつかないよ」
横から、カレーライスを食べ終わった、お兄ちゃんが言ってくれた。
「ありがとう。陸も、心配よねえ」
家族でお兄ちゃんが一番好きだ。両親は、五人の子どものうち、上の二人の姉妹と跡取り息子のお兄ちゃんには愛情を注いで育て たようだけど、双子で末っ子の俺たちには突き詰めて考える程関心はないようだ。 佐々木家は今どき珍しい、子沢山の五人兄弟だ。
サラリーマンのお父さんと、パートに出ている。お母さん。五人の子どもたち。二十二歳の長女、二十歳の次女、高三の陸( りく) お兄ちゃん、十二歳の次男の俺、陽馬(はるま) 弟の竜馬(りょうま) という兄弟構成だ。末っ子の俺と竜馬は小学校に通う小学六年生で、子どもが少ないから、一学年に一クラスしかない。だから、俺と竜馬は六年間、同じクラスだ。少子化の影響影陽馬 で一クラス、二十五人しかいなかった。最近、江口くんが転校してくるまでは二十四人だった。
「陽馬、行こうか」
お兄ちゃんが言ってくれた。
「うん! 」
「外は真っ暗よ。陸と陽馬だけではいかせられないわ。お母さんも一緒に竜馬を探しに行くわ」
お兄ちゃんは、
「いいよ。お母さん。二人で行ってくるよ。俺と陽馬だけで大丈夫だよ。バイクで竜馬が通りそうな道や行きそうな場所を探して見るから。 道に迷って泣いているかもしれない」
お兄ちゃんから、お母さんに言ってくれた。
「陽馬の双子アンテナもあるし、多分、竜馬はすぐに見つかるよ。お母さんは家にいて」
「それなら、陸と陽馬に頼むわ、お願いね」
「お母さん、俺が探してくるから」
「陸、陽馬と竜馬を頼むわね」
「分かった」
俺はとにかく竜馬のことが心配だった。 世の中には一卵性の双子でも仲の悪い双子がいるけど、俺と竜馬は、
「あんたたち、気持ち悪いわよ。何歳まで、二人でぺたーっとくっついているつもり? 」
お姉ちゃんたちに言われるくらいに、ベタベタと仲良しで、いつも一緒だった。 見た目はそっくりでも性格が真逆だから補い合っていると思う。だから、俺と竜馬は仲がいいのだと思う。
「陽馬。兄ちゃんと一緒に竜馬を一緒に探しに行こうな」
お兄ちゃんが笑顔で言ってくれた。お兄ちゃんといると、安心する。お兄ちゃんは年齢の離れた、俺たち二人をとて もかわいがってくれる。俺も竜馬も六歳年の離れた、お兄ちゃんのことが大好きだった。
お兄ちゃんは生まれてから六年間、二人のお姉ちゃんに頭が上がらなくて、毎日、シンデレラみたいにこき使われていて弟が欲しかったと言っていた。
だから、ずっと、
「お母さんに赤ちゃんが生まれるなら、絶対に弟が欲しい。絶対に可愛がる! 」
そう、思っていたようだ。 俺はものすごい、お兄ちゃんが好きな子どもだった。生まれたら念願の弟で双子で二人だったから、俺たちの誕生を一番喜んでくれたのはお兄ちゃんだったと聞いたことがある。
「夜道は危険だ。オレとバイクで探す方が自転車よりも広い範囲を探せる。陽、お兄ちゃんがいるから大丈夫だよ」
お姉ちゃんたちは、それぞれのペースで勝手気ままにやっているけど、お兄ちゃんは、いつも、弟の俺たち双子の弟たちのことをかわいがってくれる。俺も竜馬もお兄ちゃんのことが大好きだ。
「陽馬は竜馬の行きそうなところとか、心当たりはないか。さっき、本がどうとか言っていたよな」
俺は、
「いつもは二人セットで一緒に行動しているけど、毎日、学校と家の往復だよ。たまに、図書館に行くくらい。竜馬の行き先って言われても図書館くらいしか思いつかな い。今日は別行動だった」
「別々に帰ったのか」
「正門までは一緒だったけど、校門を出て、そこからは二手に別れたよ。竜馬が江口くんの家に行くって言ったから、俺はまっすぐに帰って来た」
「江口くん? 」
「同じクラスの子」
そう言えば、お母さんには、江口くんのことはまだ話していなかった。
「今日の放課後に、竜馬が江口くんの家に行ったのは確かだよ。本を返して担任の先生に宿題のプリントや、連絡ノートを届けて欲しいと頼まれていたから」
「その、江口くんの家から帰る途中にどこかに寄ったか、何かがあったのかも知れないな」
「初めて聞く子ねえ」
「江口くんは、最近、竜馬が仲良くしているクラスメイトの子で転校生だよ」
「お母さんは、竜馬から江口くんの話を聞いたことがないわ」
お母さんも不思議そうに言った。
「江口勇気くんは、最近、転校してきた子だから」
「転校生なんて珍しいわね。その子はどこから引っ越してきた子なの? 」
「確か、えーっと、あの子は北海道からの転校生だったかな。竜馬は江口くんと仲がいいから。席が前後で楽しそうに話をしているよ」
「えー。北海道から引っ越して来たの。随分と遠いわねえ」
お母さんが言った。
「お父さんの仕事の都合で、引っ越してきたって言っていた」
俺は思った。
「あれ。おかしいな」
そう言えば江口くんの話している言葉には北海道なまりみたいなものがない。ニュース番組に出ているアナウンサーみたいなキレイな標準語を話す。北海道から 引っ越しをしてきた標準語を話す転校生。何だか、とても、不思議な気がした。
「不思議だよなあ」
俺が呟くと、お母さんが、
「何が不思議なの」
俺に言った聞かれた。
「小さなこと」
俺が呟くと、お母さんが、
「まあ、そうなのかしら? 」
のんきに言った。
「陽馬は江口くんの自宅の固定電話の電話番号までは、知らないわよねえ」
「そんなの、知らない。でも、江口くんはスマートフォンを持っているみたいだよ。学校がある日は家に置いてきているって言っていた。うちは、まだ、買ってもらえな いって言ったら、江口くんがびっくりしていたって竜馬から聞いたことがある」
俺はお母さんに、
「探すしかないよね。だいたいの位置は分かるから、江口くんの家に聞きに行ってくるよ」
そう伝えた。
「陽馬。陸、お願いするわ」
お父さんが、
「見つからなかったら、警察に相談しに行こう」
具体的な提案をしてくれた。①終
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?