国連女性差別撤廃委員会は4年半前から「皇室典範」改正を日本に迫っていた(令和6年11月21日)
国連の女子差別撤廃委員会は先月(令和6年10月)、皇位の男系継承を定める皇室典範の改正を勧告する最終見解を発表した。前回(平成28年)は、見直しを求めるのみならず、女系継承容認をも勧告する最終見解が、ひと月前になって、突如、まとめられようとしていたのを日本政府の抗議によって、ギリギリの段階で該当部分が削除されたと伝えられている。
日本政府の抗議で火種は消えたはずなのに、なぜ今回、ふたたび燃え上がることになったのか、どのような経緯があったのだろうか?
内閣府男女共同参画局のHPに、今回の委員会審議の概要が簡単に示されている。ヒントが隠されているかもしれないので、見てみることにする。すると、意外なことが分かる。皇室典範が女性差別撤廃の標的にされたのは、今年ではなくて、少なくとも4年前に遡るのである。
◇1 2020年3月に作成された委員会の質問票
説明によると、女子差別撤廃条約の締結国は、条約の実施状況について、定期的に報告書を国連事務総長に提出することとされており、日本政府は3年前の令和3(2021)年9月に第9回報告を提出している。
報告書は女子差別撤廃委員会からの事前質問票への回答という形式を採っている。英文はA4判40ページ、日本語仮訳も40ページに及ぶ。
〈https://www.gender.go.jp/international/int_kaigi/int_teppai/pdf/report_9_e.pdf〉
〈https://www.gender.go.jp/international/int_kaigi/int_teppai/pdf/report_9_j.pdf〉
質問は問25まである。皇室典範に関する質問は問2に登場する。それだけ優先順位が高いということだろうが、木に竹を接いだような不思議な文章である。
質問の中身は「女性に対する差別の定義及び法的枠組み」に関するもので、前回の最終見解後の具体的な措置について情報提供を求め、とくにマイノリティ・グループへの女性差別に関して詳述を要求したあと、なぜか突然、「皇室典範」に矛先を向け、以下のように記述している。
「皇室典範に関し、現在、女性皇族には皇位継承が認められないとする規定が含まれているが、女性が皇位を継承することを可能とするために締約国がとろうとしている手続の詳細を提供されたい。」
脈絡のない文章の背後に何が隠されているのか、知る由もないが、それはともかく、委員会の質問に対する日本政府の回答は次のようなものである。
「7 我が国の皇室制度も諸外国の王室制度も、それぞれの国の歴史や伝統を背景に、国民の支持を得て今日に至っているものであり、皇室典範に定める我が国の皇位継承の在り方は、国家の基本に関わる事項である。女性に対する差別の撤廃を目的とする本条約の趣旨に照らし、委員会が我が国の皇室典範について取り上げることは適当ではない。」
委員会の質問票がいつ日本政府に提示されたのか、内閣府のHPには載っていないが、国連のHPを見ると、2020年3月11日づけで質問票が作成されていることが分かる。
つまり、4年半前にはすでに、皇位継承の男系主義が女性差別撤廃の国際的なテーマとなり、これに対して、日本政府は1年半かけて回答を作成したものの、その姿勢は、前に触れたように、①皇位継承は国家の基本事項で、②条約の管轄外とする、いわば逃げの論理でかわそうとするものだったことが理解される。
◇2 かわし戦術に終始する日本政府
前回、8年前の2016年は、ジュネーブ代表部公使が「(皇室典範は)女子差別を目的としていない」「審査で取り上げられていない内容を最終見解に盛り込むのは手続き上、問題がある」などと抗議し、最終見解案には盛り込まれていた「皇位継承」は結局、削除されたと伝えられる。
ところが、おそらく内部からのリークなのであろう、切羽詰まった段階での抗議と削除の事実がメディアに漏れ、報道されることとなり、ひと騒動になったのである。そして今回の一件である。
正式なテーマとなったことから、今年10月の委員会の審議には、日本政府代表団(岡田恵子代表団長)の約30名に宮内庁職員も加わっている。ただし、代表団名簿に宮内庁職員の名前は見当たらない。
前回も、今回も、日本政府当局者は、皇位継承が男系継承である理由には触れてはいない。今回は「国家の基本」と言いつつ、本質論は避けられている。それどころか、今回の審議で、奥田代表団長による30分間の冒頭ステートメントには、「皇室典範」はない。
そして審議では、議事要録(英文)によれば、日本政府代表の1人が、以下のように、3年前の回答書と同工異曲の発言をし、かわし戦術に終始している。
「日本代表の1人は、日本の皇室や諸外国の王族のような制度は、当該国のそれぞれの歴史と伝統に基づいており、その国民に支えられていると述べた。日本では、皇室法に定められた皇位継承は、建国に関わる問題でした。女性に対する差別の撤廃に関する条約の目的に照らして、委員会がこの問題を提起することは適切ではなかった」
◇3 「国家の基本」だから改められなければならないという論理
しかしどうもすっきりしない。
目下の女性天皇・女系継承容認の議論は、平成7年9月に小泉純一郎議員(のちの首相)が自民党総裁選で、「女性が天皇になるのは悪くない」と発言したことに端を発し、翌年、鎌倉節宮内庁長官の指示のもと、庁内で非公式な検討が開始されたことに始まる。
そして10年後、小泉内閣時代の皇室典範有識者会議は、平成17(2005)年11月に提出された報告書の「結び」に、「女性天皇・女系天皇への途を開くことが不可欠」と明記している。
とすれば、日本政府は女性差別撤廃委員会で、前回も今回も、「委員会の勧告を受けるまでもなく、わが国はすでに女性天皇・女系天皇を容認する皇位継承ルールの変更に踏み出している」と回答すべきなのに、国内では「変革」を進めつつ、国連の委員会では「変革」を拒否している。
いや、そうではあるまい。内閣府のHPは、今回の委員会の審議に集まった民間団体、その大半は女系容認派らしいのだが、彼らに対して、次のようにエールを送っている。
「なお、今回の審議にあたっては、多数の日本のNGOのメンバーが現地入りし、審議の模様を傍聴しており、委員会からもその関心の高さが評価された」
「評価」したのは、委員会もさることながら、日本政府自身ではないのか。グローバルに行動する国内の女系派を味方につけ、そのつげ口戦術と、つげ口でパワーアップした国際機関の力をテコにして、「女性天皇・女系天皇への途」を日本政府は着実に歩んでいる。
そういえば、既述したように、今回、日本政府は、委員会の質問に対して「(皇位継承は)国家の基本」と反論したのだが、平成17年の皇室典範有識者会議の報告書に同じ表現が使われている。
「皇位の継承は国家の基本に関わる事項」である。だから、「不安定な状況が続くことは好ましいことではない」。だから、「皇位継承制度の改正は早期に実施される必要がある」という論理であった。
「国家の基本」という表現はけっして委員会への反論ではないのである。「基本は崩すべきではない」ではなく、「基本だから、改めなければならない」というレトリックである。それなのに男系派は、皇室典範改正拒否の「官民協力」を夢想している。つくづく悩ましい。底抜けの人の好さである。どうしてそんなに甘いのか?