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女性神職の時代──大阪・方違神社の神山さん(平成19年6月13日水曜日)
(画像は方違神社HPから拝借しました)
日経ネット関西版に、「主婦から神主、気配り上手」と題する、ホッとさせられる記事が載っています。地域社会のつながりがどんどん稀薄になる今日、古き佳き人間関係を取り戻そうと地道な地域活動を続けている、大阪・堺市の方違(ほうちがい)神社の女性神職・神山さんらのお話です。
http://www.nikkei.co.jp/kansai/women/40446.html
神職の家に二人姉妹の長女として生まれた神山さんですが、サラリーマンと結婚し、神社とは無縁の主婦の生活を始めていました。そんなとき、父親の病気で人生の転機が訪れました。
◇1 一念発起
「私がやるしかない」。
神職の資格を持っていた神山さんは一念発起します。代々、神社をお守りしてきた血がそうさせたのでしょうか。
「女性神職ならではのやり方があるはずだ」
と神山さんは考えます。境内に四季折々の花を植えたり、トイレなどに匂い袋をおいたりなど、参拝者たちが気持ちよくお詣りできるよう細やかな気配りに努めてきました。氏子の家に出向いて神事を行うときは、男性神職より、かえって女性神職の方が歓迎される場合もあるようです。
記事を書いた木寺記者は、もう1人の例をあげ、女性の社会進出とともに戦後、いち早く女性神職が登場したけれども、その存在はあまり知られていない、しかし地道な活動で存在感を示せれば、女性神職が当たり前になる時代がやってくるかも知れない、と書いています。
◇2 男女平等の先駆け
この記事に付け加えないといけないと思うことが一つだけあります。記事を読むと、男性中心の神職の世界もいよいよ女性が進出する時代になったのか、と読めそうですが、じつは逆なのです。
もっとも保守的に見える神職の世界こそ、男女平等運動の先駆けでした。山口・二所山田神社の宮本重胤宮司をリーダーとするその活動は、女性神職登用ばかりでなく、女性参政権獲得、神前結婚式の普及にもおよび、かの平塚雷鳥らよりも早く、しかも国内のみならず世界的に、そして長期間にわたって繰り広げられました。近代日本の女性運動は日本の伝統の中から生まれたのでした。
記事にあるように、終戦直後に女性神職の制度が生まれたのはその成果であり、全国約二万人といわれる神職のうち、女性神職が1割以上を占めているのはその結果といえます。宮司の数でいえば、25人に1人は女性という数字もあります。
世界的に見れば女性聖職者の存在を認めない宗教もあり、日本の神道がいかに進んでいるかが分かります。女性神職の時代は、これからではなく、すでに始まっているのです。