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皇位の男系継承は「世界の流れに逆行」。国連の女性差別撤廃委員会「勧告」にエールを送る河西秀哉准教授の「祭祀無視」。起用した朝日新聞の思惑と限界(令和6年12月1日)

(画像は2024年10月30日づけ朝日新聞記事)


国連の女性差別撤廃委員会は10月末、日本に対して、男系男子継承を定める皇室典範の改正を勧告した。すでに書いたように、これについて朝日新聞は、何本もの関連記事を載せている。じつに熱心だ。

今回は、女系継承容認派で知られる河西秀哉・名古屋大学大学院准教授に取材し、「日本は世界の流れに逆行」と語らせた、河崎優子記者(宮内庁担当)の記事を取り上げる。歴史的考察が不十分であるなど、女系派が抱えるいくつかの基本的問題点が指摘できるだけでなく、朝日新聞の熱心な報道姿勢の背景が見えてくる。


◇1 「象徴天皇」研究者に皇位継承論を語らせる限界


1点目は、河西准教授が起用された理由である。先生には、「識者」(記事の見出し)として十分な資格性、適性が疑われるということである。

記事にあるように、先生は「象徴天皇制について研究」している。つまり、前にも書いたことだが、先生の研究は現行憲法が出発点であり、先生がテーマとする天皇は国事行為およびご公務をお役目とする象徴天皇なのであって、126代続く歴史的存在としての「祭り主」天皇ではない


原武史教授の「宮中祭祀廃止論」では天皇の祭祀の存在を認識したうえでの提言だったが、河西先生の場合は、順徳天皇の「禁秘抄」などに示され、歴代天皇が天皇第一の務めと信じてきた祭祀の存在が、最初から視野にない

したがって、「祭り主」天皇と男系継承主義との関係を考究する研究態度が生まれるはずもない。憲法に明記されるように、「国事行為のみ」が天皇のお役目だというのなら、男女の性別は関係がない。女性天皇のみならず、歴史にない女系継承をも認めるべきだという結論が導かれるのは、きわめて論理的で、何の不思議もない。

いみじくも朝日の記事は、126代続く皇位継承が男系主義で貫かれてきたことには言及せず、現行憲法および皇室典範の条文から説き起こしている。女帝・女系継承容認に改正するとすれば、一般の法律と同じ位置づけの皇室典範の改正を国会で決議すれば足りるということになる。

しかし、である。木を見て森を見ずの格言どおり、たかだか80年足らずの「象徴天皇」の歴史をもとにして、文明の根幹に関わる、千年を優に超える、世界最古の天皇の継承ルールを根本的に変えるような議論をすることに正当性はあるのだろうか。日本を代表する大新聞は、そんな底の浅い議論を本気でしたいのか?

◇2 「参照」できない「他国の事例」


2点目は、ヨーロッパ王室の動きである。

記事は「河西氏によると」と断ったうえで、女帝容認、長子優先に改正する動きがあり、「今回の勧告でも、皇室継承にかかわる法律を改正した他国の事例を参照しながら改正するよう言及した」と説明している。

しかし、以前、何度か書いたように、ヨーロッパの女帝論議は参考にはならないのである。各国の王位継承にはそれぞれ固有の前提があるからだ。継承ルールを同じにすべき理由はどこにもない。多様性の時代に、固有の文化をなぜ大切にしないのか?

イギリスは、女系子孫への継承を認めてきたが、その前提には王族同士の婚姻、父母の同等婚という原則があった。女王即位後の王位継承は、王朝が交替し、新たな父系継承が始まることとされた。しかしウイリアム王子の結婚で、同等婚の大原則は崩れている

それどころか、2013年イギリス王位継承法は、「ジェンダー平等」を明確に謳うこととなった。新たな制度によって、イギリス王室はどこへ向かうのか、不思議なことに、ルール改正の過程で、歴史的な検証・検討が行われた気配が感じられない

イギリス王位継承の改革は、「参照」(朝日記事)できるほどのものなのだろうか? スペインの場合は、先日、書いたように、委員会の「勧告」を馬耳東風とばかりに受け流している。これは「参照」した方がいいだろうか?

ちなみに、朝日の記事は、国連の委員会の勧告が「他国の事例を参照しながら」と「言及」したように書いているが、委員会の最終見解にはそのような「言及」は見当たらない。誤報であろう。そこまでして、読者に「参照」を呼びかけたいのだろうか?

そもそもが、小嶋和司教授が指摘したように、皇位継承あるいは王位継承ルールに、男女平等という人権論を盛り込もうとすることが論理矛盾なのである。ジェンダー平等を盛り込んだイギリスの改革は誤った選択だったのではなかろうか? だとすると「参照」には値しない。このことはいずれ詳しく考えてみたい。


◇3 上っ面を撫でる不正確な事実認識


3点目は日本の改革をめぐる動きである。記事が指摘するポイントは以下の6つになる。それぞれ簡単に検討することにする。河西准教授の事実認識は不正確であり、朝日の記事は表面的事実に終始している。

小泉内閣時代に「女性と女系の天皇を認めるべきだ」とする有識者会議の報告書がまとめられたが、悠仁さまが誕生し、議論は先延ばしになった。

皇室典範有識者会議は平成16年暮れに設置されたが、宮内庁の非公式検討が始まったのは鎌倉節長官時代の平成8年に遡ることが知られている。官僚たちによる改革の目的は、男系主義による皇位の安定継承ではなく、「国事行為」をなさる「象徴」天皇の安定化だった。そのための皇室典範改正論議だった。そして女帝容認=「女性宮家」創設論の火種は絶対に消えていない。

その後、有識者会議で安定的な皇位継承について話し合われているが、旧宮家の男系男子が養子として皇族に復帰する案などが出され、「世界の流れに逆行している」(河西先生)。

河西先生は、何をもって「世界の流れ」といい、何をもって「逆行」というのか、この記事では分からない。もともと126代続く男系継承の意味も意義も関心がない、理解しようとしない「象徴」天皇研究者なら、男系の絶えない制度を考えようとはしないのだろう。

議論が進まない背景には、「悠仁さまがいるから何とかなるだろうという考え」や、さらに「保守派の反対が根強く、政治家にとってはなるべく触りたくない話なのだろう」と河西先生は見ている。

ゲスの勘ぐりであろう。とはいえ、男系主義者には男女平等推進に消極的な人がいるのは確かだろう。だから誤解されるのである。男系継承主義の理由、より正確にいえば、妻であり、母である女性天皇が認められなかった理由は何か、説明されるべきであり、河西先生も、朝日新聞もそこを解明すべきなのである。

2016年発表の女性差別撤廃委の最終見解では、原案段階で、皇室典範の見直しを求める記述が盛り込まれていたが、審査での議論がなかったことから日本政府が抗議し、最終見解からは削除された。

朝日の記事は、肝心な事実が抜けている。抗議と削除の経緯が、おそらく関係者のリークがあって明るみに出たこと、そして議論がぶり返されたことである。日本政府が問題にしたのは、手続き論に過ぎない。すでに政府・宮内庁は、女性天皇・女系継承容認に舵を切って久しく、官僚たちが本気で委員会に抗議しているとは思えない。

今回、日本政府は審査会で、「皇位継承のあり方は国家の基本に関わる事項であり、女性差別撤廃条約に照らし、取り上げることは適当でない」と反論したが、最終見解は「皇室典範は委員会の権限の範囲外である、という締約国の立場に留意する」としたうえで、勧告が明記された。

朝日の記事は、表面的な事実関係しか書いていない。「今回」と記事にあるが、委員会が皇室典範の男系主義に言及する質問票を日本政府に提示したのは4年半前の2020年3月であり、これに対して、日本政府が「国家の基本に関わる」と回答したのは1年半後の令和3年9月である。日本政府は管轄権を盾にして、勧告をかわしているだけである。それは当然のことで、日本政府は男系派ではなく、女系派なのである。

河西氏は、「今回の勧告を機に、皇位継承が男系男子に限られてよいのかといった世論は高まるだろう。国会での議論が進むことを期待する」と話す。

委員会の勧告は、むしろ典範改正をもくろむ日本政府にとって追い風となるのだろう。委員会と日本政府は敵対関係にはない。ただし、「国会での議論が進む」かどうかは分からない。その前に「期待する」のは、「識者」(朝日新聞記事の見出し)と呼ばれる人たちの天皇研究の深まりと、報道に関わる人たちの取材活動の深まりである。

◇4 コメントした仲岡しゅん弁護士の願いは天皇制廃止か?


蛇足だが、記事には2人のコメントが載っている。

2人のうち1人は仲岡しゅん・弁護士で、「皇位継承が男系男子に限られているのは、明らかに世界の流れに逆行しているだろう。他方で、私はこうも思う。そもそも血縁に基づく皇位継承という制度それ自体が、生まれながらの「身分」によって人の生き方の自由と個人の様々な権利を大きく制約するものであって、非常に封建的、反人権的な制度なのではないだろうかと。そこに男女で共同参画する意味ははたして何なのかと。タブー視されがちな点ですが、まずそこから問われなければならないと思います」とあり、今日の段階で♡が81ついている。

仲岡先生にも、男系継承主義の意味と意義を歴史的に探ろうという姿勢は感じられない。天皇とは何だったのかという深い考察もない。そして「封建的、反人権的」と決め付ける。君主制に人権論を持ち出す矛盾に気づきつつ、結局、革命論もどきの反天皇制論に終わっている。


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