[話題]「寿命世界一は日本」で済まされない──世界保健機関の年次報告(「神社新報」平成16年1月12日号)
世界保健機関(WHO)は旧臘(平成15年12月)18日、年次報告2003年版を発表した。日本のマスメディアは「日本は平均寿命80・1歳、平均健康寿命75歳といずれも192か国中トップ」「健康寿命の世界一は4年連続」と、さも明るいニュースであるかのように伝えているが、WHOの報告はそれほど呑気なものではない。
194ページに及ぶ報告書は「事務局長挨拶」「概観」のほか7章構成で、「概観」の書き出しは概要、次のように始まる。
▢1 最貧国と単純比較
「日本で生まれた女の赤ちゃんは85年生きられると期待できるが、シエラレオネで生まれた女の子の寿命は36年である。
日本の子供はワクチンの接種や適切な栄養、良い教育を受けられる。母親になれば、高度な妊産婦医療が受けられる。病気になれば、少なくとも年間550ドルの医療を期待できる。
ところが、シエラレオネの少女は予防接種を受ける機会がほとんどなく、少女期を通じて体重不足の高い可能性のなかにいる。思春期に結婚し、助産婦の助けなしに6人以上の子供を産み続ける。1人もしくはそれ以上の赤ん坊は幼児期に死亡し、彼女自身、出産で死ぬ可能性は高い。病気になれば、期待できるのは年平均3ドルの医療品である」
このあと報告は「この対比は、医学と公衆衛生が達成できる水準と、世界的に巨大かつ増大する健康面での不平等を明らかにしている。年次報告は地球健康共同体の主要任務は命の格差を終わらせることだと確信する」と続けている。
西アフリカのシエラレオネは世界最貧国の1つで、第2次大戦後、英国から独立した。人口は500万人。クーデターと内戦が繰り返され、政治は安定していない。1人あたり国民総生産は130ドルという低さだ。
命が軽んじられ、長寿が期待できないのは想像に難くない。その意味ではWHOの報告はまったく正しいが、政治的安定性や経済的貧困への言及と分析なしに、日本のような成熟した平和で安定した社会とを単純に対比させて論じることは説得力に欠ける。
WHOのホームページに掲載されている「1つの星、2つの世界」と題された動画は「概観」以上に単純化され、熊本の中流家庭生まれのアイ子とシエラレオネの首都のスラムに生まれたマリアムを対比させ、マリアムは2人の孤児を遺したままHIVで若死にし、アイ子は老人ホームで80過ぎまで幸せに生きるという内容になっている。
▢2 事務局長は韓国人
WHOのリー・ジョンウク事務局長は「挨拶」のなかで、「今日、健康面での世界の状況は正義に関する緊急の課題を提起している。世界の一部では長寿と人生の快楽が期待できるのに、多くの地域では医療手段があっても病気を管理できないという絶望がある」と確信的に語る。
名指しされた日本人が一様に幸せな長寿を楽しんでいるかといえば、必ずしもそうではないことは明らかだが、先の大戦中に韓国・ソウルで生まれ、医師となり、数々の要職を歴任し、昨年から事務局長の地位にあるリー氏並びに年次報告は、その点に目を向けようとしない。
とはいえ、健康と医療に関する南北格差の是正が緊急課題であることは論を待たない。リー氏が訴えるように、それが「正義」の問題であるならばなおのこと、日本人はその枠外にみずからを置くことはできない。長寿は喜ばしいが、手放しで喜んでばかりもいられない。地球がどんどん狭くなっている現在、世界と共存共栄していけるかが改めて問われている。