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何も変わらない中学「歴史」教科書──空恐ろしい教師用指導書の中身(「神社新報」平成13年9月10日)
来年度(平成14年度)から使用される小中学用教科書の採択手続きが先月(平成13年8月)中旬、終了した。
今回の検定・採択の過程で周辺諸国とくに韓国との深刻な外交問題が発生したが、きっかけともなった「新しい歴史教科書をつくる会」が主導して編集された扶桑社発行の教科書の採択は予想外の少数にとどまった。背後には反対派の組織的な妨害があったと指摘される。
一方では、採択状況に大変動が生まれた。たとえば東京23区の中学歴史教科書は、従来は
「自虐度が強い」
などと批判されてきた日本書籍の教科書の独占状態にあったが、今回は採択が2区に激減し、代わって東京書籍が過半数の12区で使用されることになった。
それなら、好ましい教育環境が整えられたのかといえば、そうではない。何も変わっていないというのが実態なのだ。
▢ 「年号」記載のない現行教科書
▢ 「韓国国定教科書」的歴史理解
中学校ではこれまでどのような歴史教科書が使われ、どのような歴史教育が行われてきたのか。そして、来年からどのように変わるのか?
実際の教科書を読まずに議論しても始まらないので、東京・江東区にある財団法人教科書研究センターを訪ねた。現行の教科書と来年度から使用される新しい教科書が常設展示され、閲覧できる、図書館機能を持った一般向け施設は、東京ではここしかない。
文科省による検定の内容は結果発表までは非公開だが、4月の合格発表後は「修正表」がここで公表されている。
これは今回、新たに導入された制度で、来年度からの教科書が「白表紙本」の原稿段階でどのような指摘を受け、どう修正されたかが「一覧表」で公開されるようになった。夏までには順次、白表紙本と見本が閲覧できるようになっている。
来年から使われる教科書を読む前に、まず現行の中学歴史教科書を開いてみる。東京23区では、ほとんどが日本書籍発行の『中学社会 歴史的分野』である。
ページをめくって最初に気づくのは、年号の記載がないことである。西暦表記だけなのだ。
記述内容、とくに韓国などから強く批判された近代史の中身はどうか。三浦朱門編著『「歴史・公民」全教科書を検証する』などを参考に、読んでみる。
大日本帝国憲法の発布については、起草は国民には秘密に進められ、天皇中心で国民の自由・権利は制限付きだった、という批判が先行する。
文科省の「学習指導要領」は、アジアで唯一の立憲制国家成立と議会政治開始の意義について気づかせるようにする、と明記されているが、この教科書ではその指摘はない。
しかも欄外には、東京市民が憲法の中身を知らずに空騒ぎしているのは滑稽だ、とするドイツ人医師ベルツの日記が参考資料として載っている。
明治憲法の歴史的意義を、執筆者は認めたくないということだろうか?
明治の国会開設から第一次大戦までは「日本の大陸侵略」としてひとまとめにされ、日清戦争の引き金となった「東学党の乱」は、韓国国定教科書風に「甲午農民戦争」と既述されている。
日露戦争がアジア・アフリカ諸国などの独立運動に影響を与えたことには言及がなく、逆に膨大な戦費と犠牲者の数が強調されている。
韓国併合までの歴史については、力づくの「侵略」に朝鮮の民衆が抵抗したとする、これまた韓国国定教科書風の記述がなされ、韓国が大国の狭間で揺れ動き、国の体を失っていった経緯については触れられない。
植民地統治下の朝鮮は「日本式に姓を名乗る(創氏改名)」「神社強制参拝」が進められたとし、中国では「日中全面戦争」勃発後、南京事件で15〜20万人の中国人が虐殺され、華北では「殺し尽くす・焼き尽くす・奪い尽くす」の「三光作戦」が展開されたと記述されている。
▢ 野放しの「教師用指導書」
▢ 「15年戦争史観」を要求
この教科書をもとに、実際にどのような授業が行われてきたのか、を考えるのに最適の資料は「教師用指導書」である。
各教科書に準拠して、教科書会社が編集・発行する。年間指導計画、1時間ごとの授業の展開、指導上の要点、テストの作り方に至るまで、懇切丁寧に示された「先生の虎の巻」である。
「これさえあれば、ずぶの素人でも授業ができる」とまで言われる。
科目によっては3万円もするが、個人で購入する教師はほとんどいない。戦後何十年もの間、慣例的に「教室の備品」として公費で購入され、教師に提供されてきた。
たとえば人口4万人の、ある地方都市では、小中学校の指導書購入のため年間2600万円余の予算が組まれている。
教師の懐は痛まない、教科書の採択が決まれば自動的に購入される、とあって、教科書会社にとっては最大の「ドル箱」だ。採択競争が熾烈化する主因ともいわれる。
「大半の先生が使う」
という学校教育の要でありながら、教科書とは違って検定の対象とはなっていない。編集・発行に文科省はいっさい関与しない。
あくまで教師向けであるため市販されておらず、国会図書館にも納本されないから、一般の目に触れることもない。野放しであるばかりでなく、密室の存在なのである。
とすれば、中身が気になるところだが、これが凄まじい。「偏向教育の温床」とも指摘される。
日本書籍の場合、序文には、「つくる会」の主要メンバーである東京大学教授に対する名指し批判が載っている。
「自由主義史観研究会なる団体が、右翼的な諸勢力と呼応して、国家主義的イデオロギーの立場から、歴史教科書に悪辣で非学問的な攻撃を仕掛けてきている」というのだ。
およそ教育の場には相応しくない個人攻撃を書いているのは、教科書の執筆者で、慰安婦問題、部落問題の研究者でもある都立大学教授である。教科書採択に関しては、中傷・誹謗が法律で禁止されているが、この場合は許されるのか?
本文はどうか?
日清・日露戦争、韓国併合までの「第九章 日本の大陸侵略」では、「指導の目標」として
「日本のアジアへの侵略と、それに抵抗する朝鮮、中国の民衆の動きをつかませる」
などとある。
激動の時代を生きた先人たちへの温かいまなざしは感じられず、むしろ韓国国定教科書の「韓国抵抗史観」を彷彿とさせる。
「第十一章 第二次世界大戦と日本」では、「指導上の留意点」に、
「満州事変から太平洋戦争までを帝国主義の十五年戦争としておさえ、とくに『太平洋戦争』はアジアでの戦争(アジア諸国民との戦争)と同時進行であったことをとらえさせる」
と記され、いわゆる「15年戦争史観」に基づく授業を教師に要求している。
巻末の参考文献には、千田夏光、家永三郎、大田昌秀、大江志乃夫ら左翼人士の名前がずらりと並んでいる。
こうした教科書と指導書がまかり通っている実態からすれば、制度的には文科省の教科書検定や指導要領に基づき、口では
「事実に立脚した歴史認識・叙述」
といいながら、特定の歴史観に縛られた、バランスに欠ける歴史教育が学校を支配するようになることは容易に想像される。
▢ 来年度から使用の歴史教科書
▢ 執筆者も内容も大枠変わらず
都心の公立中学校は、大半が来年度(平成14年度)から東京書籍発行の『新しい社会 歴史』に変わる。さっそく教科書を開いてみる。
明治国家の基本方針である「五箇条の御誓文」については、明治天皇が公家・大名を率いて、みずから天神地祇にお誓いになるという形式の記載が今回は削られた。
また、欄外に掲げられた五箇条は、5番目が切り落とされている。
韓国併合については、当時の国際情勢や韓国内部の状況についての言及なしに、力づくの植民地化が推進されたという表現になっている。日韓は加害者—被害者の関係に描かれている。
学問的にいまだ論争の対象になっている「南京虐殺」については、日中戦争が始まり、戦火が拡大し、首都南京が占領される過程で、
「日本軍は女性や子供を含む中国人を大量に殺害した」
と疑いのない史実として記述されている。
朝鮮での創氏改名は、朝鮮の姓名の表し方を日本式に改めさせることとして記され、家族制度を「家」制度に再編させるための「氏」の創設であり、朝鮮伝統の「姓」の廃止ではなかったという理解はうかがえない。
この教科書をもとに、来年からどういう授業が行われるのか。教師用指導書を読んでみたいところだが、まだ発行されていない。
しかし大方の中身は予想がつく。教科書執筆者の顔ぶれがほとんど変わらず、教科書の内容もそれほど変化がないからである。
そこで現行の指導書を開くことにする。
たとえば「朝鮮の植民地化」については、学習指導の「ねらい」は、
「植民地化の過程を、朝鮮民族の抵抗運動を背景にとらえさせ、支配の実態を考えさせる」ことだとする。
「学習課題」は、
「わが国による朝鮮の植民地化の過程には、どのような抵抗と支配があったのか」
を学ぶこととされ、やはり韓国国定教科書的歴史観が浮かび上がってくる。
「慰安婦」問題については、「補充資料」として授業の展開例が3ページにわたって微に入り細に入り、説明されている。
きわめつきは「アジア太平洋戦争」である。
最近、歴史研究者の間で使われるようになった新語で、日本書籍の場合は今回、白表紙本段階で数カ所、この用語を用い、
「一般的とは言いがたい」
という検定意見に従い、削除しているくらいだが、東京書籍は現行の指導書で堂々と使われている。
先の大戦はアジアの民衆との戦争でもある。したがって大日本帝国崩壊の日は朝鮮人民にとっては「解放の日」である。その認識があって、はじめて戦争の本質を理解することができる──というのだ。
今回の教科書検定・採択は、東京23区では、中学歴史教育に関して一見、大変動が生じたかのように指摘されているが、実態の本質は何も変わっていない。