椎名さん、逆に人材不足でしょ。葦津珍彦のように後進を育成する人がいないのです(令和2年5月31日)
皇室問題を検討する民間の研究会「時の流れ研究会」(会長=高山享・神社新報社長)が4月19日、「皇位の安定的な継承を確保するための諸課題」と題する見解を発表しました。超難問に関して、保守主義の立場から共同して真摯に取り組み、社会に情報発信する姿勢は一応、評価されます。〈https://www.jinja.co.jp/ycBBS/Board.cgi/00_backnumber_db/db/ycDB_01news-pc-detail.html?mode:view=1&view:oid=107117&opt:htmlcache=1〉
しかし残念ながら、いわゆる国家神道に対する誤解と偏見が根強いからでしょうか、記事に取り上げたメディアを私は寡聞にして知りません。そのなかでデイリー新潮が5月10日、『「愛子天皇」「女性宮家」否定の民間研究会 皇室問題の重鎮参加で波紋』(椎谷哲夫、週刊新潮WEB取材班)と題し、好意的に取り上げているのは異色中の異色というべきです。〈https://www.dailyshincho.jp/article/2020/05100800/?all=1&page=1〉
椎名さんの記事は以前、このブログで取り上げました。前回は「まったく同感」でしたが、今回は違います。「内容もさることながら」「高い見識を有する」「重鎮」たちの「提言は、波紋を呼んでおり、今後の議論に大きな影響を与えることが予想される」との見方は褒めすぎというべきで、逆に保守陣営の人材不足を露呈しているように私には思われてなりません。
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▽1 あり得ないことが起きた
同研究会は、椎名さんが書いているように、所功・京都産業大学名誉教授(モラロジー研究所客員教授)、百地章・日本大学名誉教授(国士舘大学特任教授)などが参画しています。所さんは女系容認、百地さんは男系派です。水と油のようにまったく異なる意見をどう取りまとめるか、まとめられるのか、事務方の苦労はふつうなら測り切れないはずです。
ところが、まとめられた「見解」は、『「女性天皇(愛子天皇)の可能性」や「女性宮家創設」について明確に否定する一方、「元皇族の男系の男子孫(男の子孫)による皇族身分の取得」と「現宮家の将来的な存続を可能にする皇族間の養子」を可能にする法整備を提言している』(椎名さんの記事)のですから、椎名さんならずとも「注目」せざるを得ません。あり得ないことが起きたのです。
ちなみに、「見解」の中身は以下のようなものです。
まず第1に「基本方針」です。皇室の伝統と憲法・皇室典範の世襲主義、男系主義を「基本原則」とし、現在、すでに定まっている秋篠宮皇太弟、悠仁親王、常陸宮殿下への継承順位は変えられないということを「基本前提」として確認しています。
2番目は「具体策の必要性」で、悠仁親王殿下以後の時代を見越して、「皇統の歴史的な正統性(皇統に属する血統)と、法的な正当性が保持されること」を指摘しています。
3番目は、女性天皇、女系継承の否定です。①愛子内親王の皇位継承は想定し得ない、②悠仁親王の結婚後、男子がおられない場合、内親王の即位はあり得る、③女系継承は基本原則の逸脱であり、認めがたい、④いわゆる「女性宮家」創設は皇統史に前例がないことなどから認めがたい、などがその中身です。世論の対立・分裂を招く議論は天皇の権威や正統性などを損ねるとも指摘しています。
4番目は「具体策の提言」で、①皇統に属する男系男子の皇位継承資格者を確保する。そのため、昭和22年に皇籍離脱された旧宮家の元皇族の皇籍取得を可能にする、②皇族間の養子を可能にする。そのため皇室典範特例法を制定することの2点を提案しています。
そして「見解」は、「おはりに」であらためて、①適正規模の皇位継承資格者を確保するため、元皇族の男系男子孫の適任者が皇族の身分を取得されることを可能にすること。②皇族間の養子を容認し、現宮家の将来的な存続を可能にすることの2点を提言し、皇室典範特例法などの制定を期待すると訴えています。
▽2 君子は豹変す
以上から容易に理解できるように、「見解」は、水と油を中和させるものではなくて、男系主義そのものです。となると、所さんの存在は研究会にとっていかなる意味を持つのか、逆に所さんにとって研究会参加の意義は何だったのでしょうか。
椎名さんが仰せのように『これまで「愛子天皇」や「女性宮家」を容認する立場だった』所さんは、女系容認派から男系派へと華麗な転身を図ったのでしょうか。マスメディアから「女性宮家」創設=女系継承容認の言い出しっぺと名指しされた方に、そんなイリュージョンが起きるのでしょうか。
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しかし面白いことは起きるものです。
所さんは東京新聞のインタビュー・シリーズ「代替わり考」(聞き手・吉原康和記者)の第4回(5月24日)に登場し、①皇位継承資格を男系男子限定から男系男子優先に変える、②内廷も宮家も男子がいなければ、女子の一人が当家を相続できるようにする、③相続者不在となる宮家に、旧宮家から養子を迎え、男子が生まれたら皇位継承資格を認める、の3案を私案として提示しています。〈https://www.tokyo-np.co.jp/article/16673〉
平成17年の皇室典範有識者会議のヒアリングで「女性宮家」創設をはっきりと提唱し、秋に報告書が出されると「女性天皇、女系継承、女性宮家の創立なども可能とした報告書の大筋には賛成したい」と翌日の新聞に感想を寄せ、政府にエールを送った「女性宮家」創設のパイオニアの後光はウソのように下火になり、②以外は明らかに「見解」にすり寄っています。奇跡が起きたのでしょうか。
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しかし疑り深い私は半信半疑です。同じようなことが前にもあったからです。それは改元です。
30年前、平成の御代替わりで、所さんは「(新年号の)施行は翌年元旦から」と主張し、古来の踰年改元の考えを踏襲していたのはさすがでした。ところが令和の改元では「践祚日に新元号公表、1か月後施行」に、考えが一変されたように報道されています。君子は豹変す、です。
【関連記事】「翌年元日」改元か、それとも「践祚の翌月」改元か ──30年で一変した所功先生「改元論」の不思議〈https://saitoyoshihisa.blog.ss-blog.jp/2018-10-07〉
それだけではありません。ほかならぬ神社新報(平成29年11月13日)には「践祚前日の皇位継承の儀、践祚当日の改元」を提起するエッセイを寄稿しています。〈https://www.jinja.co.jp/ycBBS/Board.cgi/00_backnumber_db/db/ycDB_01news-pc-detail.html?mode:view=1&view:oid=103304&opt:htmlcache=1〉
むろん主張が変わるのは否定されるべきことではありませんが、変説の理由はきちんと説明されなければなりません。椎名さんはこれが「高い見識」に見えますか。研究会の代表である高山社長は、文明の根幹に関わる重要な皇位継承問題を議論するのにふさわしい人選だとお考えでしょうか。
▽3 問われる研究者としての資質
要するに、学問的研究と政治的主張が乖離しているのです。所さんが優れた研究実績を残されていることは大いに認められるべきで、私も多くを学ばせていただきましたが、残念ながら、それ以上ではありません。
椎名さんが実名を挙げているもう1人の「重鎮」百地さんの場合は、所さんとは逆に、研究不足でしょう。
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30年前の平成の御代替わりで、百地さんは、大嘗祭に国の予算をつけることができたといまも得意げに話します。宮中祭祀一般は皇室の私事だが、大嘗祭には公的性格があるから、公金を支出することが相当だとする法理論を立て、これが政府に受けいられたと自慢げです。
政教分離問題のエキスパートであることの自負が溢れんばかりですが、私はやはり半信半疑です。百地さんの主著『政教分離とは何か─争点の解明』を読んでも、政教分離とは何かがいっこうに見えてきません。本質論は見当たらないからです。あるのは訴訟論です。切った張ったの世界です。
同著には、大嘗祭の実際も意義も見えません。研究書ならいざ知らず、一般向け雑誌記事の引用で、真床追衾論と稲作儀礼の両論が併記されているだけです。むろん私が繰り返し訴えてきた「米と粟」などはどこにもありません。大嘗祭とは何かを知らずに憲法判断するのは、事実認定なしに裁判するようなものです。だから政教分離論ではなしに、訴訟論なのです。
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もちろんそれでもいいのです。30年前はそれでも良かったのです。しかし30年経ったいまもなお、「私は宮中祭祀に詳しくない」などと公言して憚らないとしたら、話はまったく別です。研究者、知識人としての資質が根本的に問われるからです。
もし天皇問題の「重鎮」なら、憲法改正の第一のテーマは第1章に置くはずで、9条のテニヲハ改憲で満足するはずはないのです。天皇の祭祀=皇室の私事論は反天皇派を利するオウンゴール以外の何ものでもありません。気がつかないのでしょうか。
椎名さんはそれでも「重鎮」扱いされますか。高山社長にとって、「宮中祭祀一般は皇室の私事」と断言するような研究者を招聘する理由はどこにあるのですか。神社新報の研究会は主筆だった葦津珍彦先生の学問を継承するものでしょうが、葦津先生は宮中祭祀=皇室の私事説とまさに闘っておられたのではありませんか。敵味方は区別すべきで、それには見識が必要です。
「時の流れ研究会」は神社新報60周年事業の一環で始まったようです。若い研究者への支援も行われているようですが、それならもう一歩進めて、賞味期限切れの「重鎮」ではなくて、若い有為な研究者たちにテーマを与え、多角的、総合的な天皇研究を深めるべきではないでしょうか。次の御代替わりにきっと実力を発揮してくるはずです。神社の奉納品なら完成品が求められるでしょうが、そうではないのです。人斬りよりも人材育成が必要です。
以上、亡き上杉千郷常務が最晩年、病床で私の手を握り、「神道人を批判せよ」と命じられた言葉を胸にあえてきびしく批判させていただきました。
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